表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/121

四十二話 無法者の法

 片目の男、ロベルトに率いられた集団。

 彼らは義賊と自称し、自分たちはローゼン義賊団だと名乗った。

 ローゼンとは人名なのか、あるいは何か特別の意味を持つ言葉なのか。ロベルトの愛称にしては妙な気がしたが、率いる男以外の名を掲げるのはもっと妙だ。

 兄貴などと呼ばれていた禍福に聞けば済む話だろう。

 しかし、そう訊ねるには躊躇せざるを得ない状況だった。

「言っとくが、俺様はあんたらを信用していない。できるわけがない」

 私たちを先導し、屋根と壁があるだけの廃墟まで来たところで、その男は吐き捨てた。

 細身の身体。

 黒い髪に、燃え尽きてなお燻る炎のような深紅の瞳。

 名は知らない。

 だが男は、ロベルトから私たちの案内を任された人物だ。案内とは、即ち監視であろう。

 ロベルトは禍福を知っているらしかったが、それは教団のアジトにいたオットーもそうだった。旧知であることと、信頼できる否かは関係ない。

「貴様は新入りらしいな」

「関係ないな。ここじゃあ力が、力だけが物を言う」

「試してみるか?」

「いいや、その必要はない。今はまだロベルトにも敵わないのが俺様よ」

 俺様、と。

 不遜げに己を呼ぶにしては意外な言葉だ。

「禍福の名を知らない者はいない。ロベルトに、あの今じゃお頭なんて呼ばれてる男に力の使い方を教えた男だと聞く。有名な話さ」

「そうなのか?」

 あの大男に、禍福が?

 今一ピンと来ない話だったけど、メイディーイルで魔物相手に見せた立ち回りを思い返せば、無理のある話でもないか。実際の禍福は私よりも背の低い女だが、力は私の何倍もあるだろうし、巡礼者の外套は顔も声も隠してしまえる。

「昔の話だ。もう何年前になる? 思い出せんな」

 禍福は然もない風に笑ってみせた。

 作り物であることを隠しもしない笑みだったが、男に反駁の気配はない。

「まぁ、別に構わないさ。ただ言っときたかったのは、俺様も他の奴らもロベルトに従うんであって、あんたらに従うわけじゃないってことだ」

 言うと、男は手にしていた革の袋を床に投げ置く。

 乾いた地面が剥き出しのそこを、床と呼んでいいのかは分からないが。

「水だ。何日いるつもりか知らないが、何日いようとそれで全てだ」

「ほう? 巡礼者ごときに寄越す余裕があると?」

「一昨日、雨が降ったろう? あれだ。気味悪がって、飲みたがる奴はいない」

 雨水を溜め込んだのか。

 森では想像もしなかった干魃に、ヒュームは誰しも適応し始めている。

「雨は、ただの雨だと思うが?」

「ロベルトはそれを聞きたがっている。飯はもう少し先、日が沈んだ後だ」

 男はそこで言葉を切って、じろじろと私たちを見回す。

「それまでに回りたきゃ、好きに回ればいい。だが、三人揃ってだ。竜馬は鎖にでも繋いで――」

「鎖なんてない」

 口を挟めば、男は天井を見上げた。

 釣られて見上げると、カサカサに乾いた砂が今にも落ちてきそうに見える。夜は横を向いて寝よう。どうせ夜中も監視は付くだろうし、くしゃみで起きるなんて御免だ。

「なら、好きに歩かせるのだけは勘弁してくれ」

「貴様に一任されていると?」

 続いて口を挟んだのは禍福だ。緋色はずっとだんまりである。

「他にどうしろって? なんでもお頭お頭って、金魚の糞みてえにロベルトの尻追い掛ける奴らと一緒にすんじゃねえよ」

 キンギョ? ……のフンは、糞か?

 分からぬ言葉に、禍福に視線で助けを求めるも、向こうは上手いこと汲み取ってくれなかった。まぁ伝わっても、こうも当たり前に吐き出された言葉となれば、ヒュームなら皆知っていて当然の話なのだろう。

 どうあれ、答えは望めまい。

「分かったなら、もう俺様には話しかけるな。一々聞かれても面倒だからな」

 男の目が私を一瞥した気がしたが、気のせいだろう。

 しかし、糞か。何かの動物の排泄物なのは分かるが……ふむ、臭くて嫌なやつ、辺りだろうか。黒髪の男は、義賊団の他の者たちを見下している節があった。辻褄は合う。

 たったそれだけのことを指すには随分と汚い例えを持ち出したものだ。

「……剣閃」

 緋色が私を見て、ただ一言呟く。

「なんだ?」

「いえ、その……」

「だから、なんだ? どうした?」

 言い淀み、目を伏せた緋色だったが、やがて意を決して言葉を紡ぐ。

「どうやら的外れな、聞けば失笑を買ってしまうことを考えているようでしたので、聞きはしませんが忠告しておきます。あなたは今、とても間抜けな顔をしていましたよ」

 緋色が申し訳なさそうに言う。

 男は、声もなく訳知り顔で笑った。

 禍福に救いを求めようとして、すんでのところで気が変わってそっぽを向く。

 間抜けとはなんだ、間抜けとは。

 そんな表情をしていたかと顔をフード越しに揉みつつ、まだ楽しそうに笑っていた男を睨む。男は笑みを引っ込めた。そうだ、それでいい。

 緋色も、できれば笑うのをやめてくれ。



 夜はすぐにやってきた。

 飯だ、と告げた黒髪の男に連れられ、砂臭い建物を出る。

 宿場町の跡地にして、義賊団の隠れ家と化した石造りの街。

 この朽ち果てて石と砂しかない街どこに隠れていたのか、ぞろぞろと男たちも姿を見せる。

 しかし、彼らはよくも義賊など自称できたものだ。義賊は単なる盗人とは違ったはず。

 前の時代から知識を受け継いだと謳うオールドーズが終焉を予言する時代、そうでなくとも干魃は貧富を問わず襲い来る。人を助ける余裕のある者も、贅肉がごとく富を溜め込める者も多くはないだろうに。

 大都市から離れ、こんな砂臭い街に暮らすだけで大変そうだ。

 そもそも跡地と言うだけあって、ここではまともに姿を残した建物すら限られている。

「……ん?」

 違和感が不意によぎり、ふと足を止めてしまった。

 いち早く気付いた禍福が怪訝そうに目を向けてくる。いたら同じくらいに不安げな目で見上げてきたであろうルネたちは、今は建物でお留守番中だった。

「いや、そういえば街がこんな有様になった理由を聞きそびれたなと」

 宿場町だった、石造りの街。

 ただヒュームは町と街を明確に区別する。ここが町ではなく街と呼ばれるに至った所以があるはずだ。それを聞く最中、彼ら義賊が姿を見せた。

「剣閃、あなた――」

「はっは、いいねぇ。それについちゃ、俺が教えてやるとしようじゃねえか」

 ぎょっとした。

 いきなり肩を叩かれ、振り返ればなんと大男が立っている。

「剣閃つったか? まさか山奥で獣と暮らしてた、なんてわけねえだろうが、随分と物を知らねえらしい」

 聞かれてはまずい話だったか?

 とはいえ禍福も緋色も、そこまで不用心ではあるまい。聞かれて困ることを敵の根城に入ってから口にはしないだろう。

「おい新入り! 変わった様子はなかったんだな?」

「……当然だ。あったら今頃、こんな堂々と歩けると思うか?」

「違いねえがな……」

 ロベルトの問いに、新入りと呼ばれた黒髪の男が頷く。

 そこに若干の迷いが見えたのは何故か。ロベルトも納得していない表情。他の奴らと違うとは、黒髪自身が言ったことだ。

「まぁいい。物を知らない巡礼者殿に教えてやろう。だが、その前に飯の支度だ」

 この男、どうも好きになれそうにない。

 どんなに睨んでも伝わりはしないと分かっていて、颯爽と他の男たちのもとへと闊歩していく背を睨んでしまう。

「剣閃」

「言うな」

 呆れを滲ませた声で咎めてくる緋色に、返す言葉などあるはずがない。

 そうこうしているうち、広場と呼ぶべきか、建物がない開けた場所に出てきた。

 広場には十や二十では足りない数の者たちが集まっている。驚いたのは、その中に女の姿もあったことだ。広場の中央に据えられ、沸々と何かを煮立たせている大釜の周囲に四、いや五人いる。

 女たちは皆、かなりの薄着だった。腹や腕を出し、足もほとんど付け根まで露出している。オットーとともに地下アジトにいた……名前はなんだったか、ともあれあの女と違って頭を剃ったり顔を隠したりもしていない。

 周囲に集まる男たちからの視線は必然、見るに堪えないものだった。

 ぞっとしない。悪趣味が過ぎる。

「あの人たちは……」

 知らず零れていた言葉に、声を返してきたのは一人だけだった。黒髪の男だ。

「イスネアからの出稼ぎ女だ」

「出稼ぎ? こんなところで?」

「ここにはイスネアで手に入らないものがある。腐っていない肉、カビていないパン、泥の混じっていない水だ。金も出す奴は出す」

 食料に、水に、金。

 得難いものでは、あるのだろう。アーロンの町を思い出せ。口減らしまで行うと、禍福は言っていた。確かに代え難いものではある。

 だが、……だが。

「それにイスネアじゃあ、何より足りないものがある」

 聞きたくなかった。

 何を言われるか想像もいないのに、ろくでもないことだとは嫌でも理解できてしまう。

「西に帝国、東に竜寧山脈、挙げ句に南に逃げたってエルフどもが住む森に阻まれるのがイスネアだ。この時世、何がどこから攻めてくるか分かったもんじゃない。だのにイスネアには、力がない。あそこは最早、虚勢も張れない老犬の国だ」

 同じ人間だろうに、エルフさえもヒュームにとっては敵でしかないのか。

 ありもしない脅威に怯え、挙げ句――。

「こんなクソみたいな時代で弱者に許されるのは恭順だけだ。恭順すれば守られ、与えられる。抗えば奪われ、殺される。あの女どもは、頭が良い」

 最悪な話だ。

 反吐が出る。女たちに向けられるのに比べれば幾分も少ないが、じろじろと眺めてくる奇異の目がなければ実際に唾を吐いていたかもしれない。

 弱者を貪り、何が義賊か。

 大釜から少し離れ、相当に熱いだろう飛沫が届かない場所。

 そこに擦り切れた絨毯を敷き、ふんぞり返るように座るのが頭目たるロベルトだった。

「禍福の兄貴、それから緋色に剣閃。あんたらはこっちだ」

 行きたくはない。

 腹の底から沸き起こる感情に従えば、むしろ踵を返してルネたちとともいることを選んだだろう。

 留守番の彼らに与えてきた餌は、とても人間が食べられたものではなかったが、何も食べずとも静かに座っているだけで随分違ったはずだ。

「豪勢だな。らしくもなく見栄を張ったか」

 禍福が紡ぐ、平素と変わらぬ声。それさえも神経を逆撫でる。

「そう言うな。帝国は来ねえ、イスネアは死に体。巡礼者に牙見せねえで、他の何に目を光らせるって?」

 これは示威行為か。

 普段の様子など分からないが、こんな荒野の中で暮らすにしては妙に男たちの機嫌が良かった。今日はご馳走なのかもしれない。

 女の一人が木製の椀を手に近付いてくる。ロベルトのものらしかった。

 覗いてみるも、中身はよく分からない。白く濁った汁に、白い粒が浮かんでいる。肉と野菜だろうか、茶と緑も僅かながら見えた。それだけの品だ。

 女が恭しくスプーンを差し出すと同時、ロベルトが吠えた。

「見て分からねえかッ!」

 何がだ。

 いきなりどうした。

 しかし驚いたのは私と、その女だけだった。周囲では男たちがやんややんやと騒ぎ、釜の近くにいた他の女たちも手で口を隠して笑っている。

 禍福は、ふんと鼻を鳴らした。

 笑っていた女たちが手早く椀とスプーンを用意し、一人が一つ、もう一人が二つ持ってやってくる。

 そのうちの一つが私に差し出され、ようやく意味を悟った。

「まさか食えねえとでも言うつもりか? 食い扶持が減るんだ、別に構わねえがな」

 戸惑い、すぐには受け取れずにいた私にロベルトが笑いかけてくる。

 いっそ突き返してやりたかった。

 椀を持ってきた女に、あるいは罪などないのかもしれない。

 黒髪の男が言った。頭の良い弱者。泥を啜るがごとく、生き延びるために荒野の只中、男たちに媚びへつらっているだけかもしれない。

 だが――。

 もしも椀をひっくり返し、その湯気を上げるものを女の頭に引っ掛けられたら、どれほど胸がすいただろうか。

「……いただこう」

 腹の底が捻れる思いで吐き捨て、椀を受け取る。

 己の吐いた言葉が、耳の奥で反響した気がした。

 ここで感情に身を任せて何になる? まだ旅は終わっちゃいない。イスネアに行き、森に帰る。そのために必要なのはなんだ? ただでさえ切り詰めている食料を、ただ気に入らないからと擦り切れた絨毯にくれてやることか?

「物は知らねえが、道理は弁えてやがるか」

 ロベルトがつまらなそうに呟く。

 その両脇には、今しがた追加の椀を持ってきた二人の女がべったりとくっついて座った。最初の女は禍福と緋色に追い払われ、黒髪の男に近寄っている。

 これが、生き抜く術とは。

「オールドーズ教会は女遊びも禁じるんだっけか?」

 女を除いてはただ一人、椀を手にしていない黒髪がおもむろに言った。

「女を侍らせても邪魔なだけだろう」

 とは禍福の言。

「これでも聖女の錫杖を継いだ身。節操がないとでも?」

 苛立たしげに言い、さっさと椀に口を付けたのは緋色。

 次は私の番かと思ったが、考えてみれば払い除けるまでもなく女は寄ってこなかった。手間が省けたし、そうでなくとも今口を開いて理性的な言葉を紡げたとは思えない。

 黙って椀にスプーンを突っ込み、持ち上げたそれを熱いと承知で口に運ぶ。

 味など分かったものではなかった。ただただ熱い。痛みの後から、甘く酸っぱく塩辛い何かが襲ってくる。なんだこれは。人間が食べていいものなのか。

「折角の飯だ、味わって食えよ」

 黒髪が言ってくる。

「そういうお前は?」

「あんたらのうちの誰かが外套の中に短剣なりなんなり隠してたとして、この木偶の坊が自分で身を守れるように見えるか?」

 木偶の坊。

 揶揄と呼ぶにも直接的すぎる言い草を、ロベルトは肩を竦めるだけで受け止めた。

 彼の両脇には女がいる。両手も椀とスプーンで埋まっていた。隠した短剣どころか、私が剣を抜く余裕すらあるだろう。この縛られた剣を、だ。

「折角の飯なんだ、そうカリカリしなくたっていいだろう」

 私の心中を見透かしたわけでもあるまいに、ロベルトが苛立ち混じりの声で言う。

「気に入らないもんは気に入らないのさ」

 応じたのは黒髪だった。

「だったら寝首でも掻きゃあいい」

「そんなことして取った首で、誰が俺様の言うこと聞くものか」

 ロベルトと黒髪の関係性が見えてくる。

 新入りと呼ばれながらも私たちの監視に付けられたのは、雑用というより重用に近いのか。

 恭順のみを許され、抗えば奪われ殺されるという弱者。それは女に限った話ではないのだと、周囲の男たちを見れば嫌でも理解できた。

 恭順せず、反抗心を隠しもしない黒髪の男は、いずれ殺すか殺されるか。

「嫌な街だな、ここは」

 声に出すつもりはなかった。

 だが幸か不幸か、聞き取れなかったはずもないであろうロベルトは、呵々と笑うばかりで欠片たりとも嫌悪感を覗かせはしない。

 嫌な予感がした。

「そうだとも、ここはクソったれの街だ」

「今も昔も変わらず、クソったれに支配された街、そう言った方がいいな」

 不遜に笑う黒髪の男に、ロベルトはむしろ楽しそうな笑い声で応えた。

「ここオルサは帝国に捨てられ、将軍に裏切られ、遂には義賊の手に落ちた街なのさ」

 早く夜が明け、朝にならないものか。

 願えば願うほど、それは遠のくものだ。

 そう知っていてなお、願わずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ