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四十一話 跡地

「これは……」

 しばらく前から見えていた。

 それは進行方向にあって、いくらルネの背で前傾姿勢になるといえど、視界に映らないわけがない。

 しかし、それでもなお禍福たちとともに竜馬の背から降り、立ち止まってまじまじと眺めてみるまで信じられなかった。

「これは、確かに跡地だ」

 石組みの残骸。

 それらは等間隔とは言えないまでも、規則的に並んでいた。

 内側が空洞の四角を形作る石組みは、人が住んだり物を保管したりする建物以外に用途を思い浮かべることなどできない。

 かつて街があった場所。

 街の、跡地。

 まさかこれほどとは思わず、開いた口も塞がらない。

 まさしく街だ。アーロンとは比較にならず、必然、帝国にしても大都市らしいメイディーイルと比較せざるを得ない。

 石造りの家々が想起させるのは駐屯区の光景。

 防壁こそないが、火災にはよほど強かったことだろう。

「ここは……、ここも軍の施設か何かだったのか?」

 ようやく落ち着いてきた思考でもって言葉を紡ぐ。

 確か禍福は、帝都でも多くの家が木造だとか、そんなことを言っていたはずだ。

「いいや、違う。位置関係を考えてみろ」

 位置関係?

 教えてくれれば手っ取り早く済むものを、と思わないではない。ただ試されている気がして、だったら応えてやろうじゃないかと張り合いが勝つ。

「メイディーイルからイスネアに向かう道中、……っていうのは私たちの勝手な発想か。もっと単純に、両者に挟まれる格好になっていた街?」

 言ってはみたが、それはあくまで目に見える事実を並べたに過ぎない。

 反目し合う都市と国の間で朽ち果てた街。

 意味するものが、どこかにあるはずだ。

「やはり防衛拠点か何かじゃないのか? 干魃続きで戦争どころじゃなくなったから放棄され、朽ち果てた」

「それも違うな。見てみろ、ただ放棄されたにしては壊れすぎている」

「なら魔神か」

「思考停止だな」

 即答し、即答され、思わず両手を上げてしまう。

 あれこれ考えてみたものの、答えに近付く気配すら感じられなくなってきた。

「降参だ、降参。私には分からないな。あまりに情報が足りない」

 仕方ないという気持ちの中に、僅かながら悔しさが滲んでしまう。

 それを汲み取ってくれたわけでもないのだろうが、禍福は楽しそうに笑って頷いた。

「あぁそうだ、それが正解?」

「正解? 何が?」

「情報が足りない、と貴様は言った。その通りだ」

 どういうことだろう。

 まさか太古の、それこそ前の時代の街の名残だというならともかく、今の時代において街が街でなくなったのならオールドーズが知らないとは思えない。

 重ねて訊ねていいものか、首を傾げながら逡巡していると、横から第三の声が聞こえた。

 第三も何も、緋色以外にいるはずないのだが。

「気付いてください、剣閃。これは禍福の意地悪ですよ、意地悪」

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

 否、正直に言おう。それが私に向けられた言葉だとさえ、咄嗟には理解できなかった。

 剣閃。

 それはフルート公爵が私に、オールドーズの巡礼者に付けた呼び名である。

「……誰かいるのか、この街に」

「いる。だが、まだ出てくる気配がないな。聞き耳も心配しなくていいだろう」

 フードだけは気を付けろよ、と禍福が笑う。

 その笑い声が途切れるか途切れないかといった頃に、緋色がまた口を開いた。

「一番はじめ、ここは宿場町だったんですよ」

 話が急に戻っている。

 まぁ私が逸らしただけで、緋色は最初からその話をするつもりだったんだろうけど、誰とも知らぬ何者かがいると聞かされては落ち着いて話もできない。

「落ち着け」

 それを目敏く見抜かれ、鋭い声を向けられてしまう。

「だけどな――」

「じゃあ、代わりに考えてみろ。ここは宿場町だった。何故滅びた?」

 また唐突である。

 しかし何をどう警戒すればいいかも分からないものに神経を尖らせるよりは、まだしも意識の逃げ場を作ってもらえたのは楽だった。

 不意に禍福が歩き出す。

 知っていたかのように緋色が続けば、リューオとフシュカものっそのっそと後を追った。私もルネの頭を撫で、二人と二頭に続く。

 そういえばルネたちがいたな。

 彼らは竜馬。細かくどんな生き物なのか知らなくても、聴覚や嗅覚が優れているのは分かる。警戒するなと言ってもしそうな彼らがいるのだから、私まで変に警戒する必要はなかったのだろう。

 そう思うと、少し気が楽になった。

 楽になった心の中で、宿場町が滅びた理由を考えてみる。

 やはり真っ先に浮かぶのは干魃だ。宿場町というからには行商なりなんなりが行き来しないと成り立たない。干魃で、それはめっきり減っただろう。いくら近くにメイディーイルという大都市があっても……。

 いや、待て。

 メイディーイルは大都市で、森と呼ぶべき規模の果樹園まであった。

 それに帝都があるのは北。私たちが進んでいる東側……つまり今いる跡地を経由して向かう先なんて、敵国たるイスネアしかないはずだ。

 宿場町が栄えるほどの行商が行き来しただろうか?

「……意地悪、と言ったか?」

「えぇ」

「情報も足りないらしいな」

「あぁ」

 緋色と禍福がそれぞれ頷く。

 それが答えだった。

 そもそも答えようがない問いを投げられ、出るはずのない答えを追い求めていたのだ。

「イスネアは元々、帝国の一部だった」

 禍福が然もない風に呟いた。

「しかし領主だったデーニッツの、当時の次男坊だかがやらかしたんだ。民に働かせ、自分は遊び呆け、文句を言う者は処罰する。そんな暴君を帝国本土は放置した。結果、反帝国感情が高まって武装蜂起だ。イスネアは内部から陥落し、帝国ではなくなった」

 デーニッツ……。

 デーニッツ…………。

「あぁ、思い出した」

「何がだ?」

「デーニッツだ。七家、の中の六公爵……のうちの一つだっけか」

「よく覚えていたな」

 禍福が笑う。

 覚えていないと思うなら当たり前に出さないでほしい。

 だけど緋色が妙に楽しげに話し、それに禍福が苛立った様子だったから覚えている。フルート公爵も、公爵というからには六公爵のうちの一つだった。あとはシュトラウスとかいう家がイスネアでもそこまで嫌われていないとか。

 ともあれ、今でいうフルート公爵とメイディーイルの関係性だったのだろう。

 フルート公爵は親しみやすいとはお世辞にも言えなかったけど、決して暴君という印象はなかった。

「まぁ、百年以上前のことだ」

 またしても、なんでもないことのように禍福は言った。

「当時は言うまでもなく、メイディーイルとイスネアの間で物のやり取りがあった。そのために宿場町が幾つも作られ、中でも最も栄えたのがここ、オルサというわけだ」

 というわけだ、と言われても……。

 敵国だと教わっていたイスネアが実は帝国の一部だった。だから人々が行き来し、宿場町も賑わった。

 そんなこと、いきなり聞かれて答えられるわけがない。

 そもそも、だ。

 宿場町だったという話も緋色から聞かされるまで知りようがなかった。

 私に知り得たのは、今こうしていても見える景色。

 跡地と呼ぶに相応しい、石造りの建物の残骸だけであって……。

「……ん?」

 宿場町に、石造りの建物?

 百年以上前の、しかもヒュームの文化なんて知りようもない。もしかしたら木材ではなく石材が手に入りやすく、それで石造りの家が多かったのかもしれない。

 だが、もっと単純に考えると妙な話だった。

 あれほどの規模を誇るメイディーイルでさえ、建物全体が石でできていたのは軍の施設が並ぶ駐屯区だけだ。極端な話、馬を休めて御者が寝起きできればいい宿場町で、わざわざ大変な石組みなど造るだろうか。

「なぁ、禍福――」

 言いかけ、違和感で声が詰まった。

 なんだろう。

 反射的に違和感の正体を探ろうとした意識に、しかし邪魔が入った。

「さて、二問目だ」

「二問目? いや、それどころじゃ――」

「百年以上も前に用済みになった宿場町が、どうして街なんて呼べる規模にまで発展したと思う?」

 あぁ、そうだ。

 言われてみて、ようやく気付いた。

 ヒュームは街と町を明確に区別する。私たちエルフが、ただの森とエルフの森と区別するのと同じで。

 脳が最大限の警鐘を鳴らす。

 違和感の正体は、もう一つあった。

「フゥシュルルルル――ッ!」

 ルネが不意に飛び出し、唸り声を上げる。

 リューオとフシュカもいつの間にか私たちから離れ、左右それぞれに鋭い眼差しを向けていた。四六時中すぐ近くにいた彼らがいないと、それだけで妙な感じがするものだ。

「禍福、答えを」

「簡単な話だ。国家が寄り付かなくなった土地に、お誂え向きに無人の町だけ残されていたら、どんな輩が居着くと思う?」

 防衛拠点というのは、あながち間違っていなかったのかもしれない。

「フシュァっ!」

 ルネが一際鋭い声で鳴き、石組みの奥から覗いた影に飛び掛かった。

「なっ!? なんだ、こいつら……っ!」

「竜馬ども! 食うんじゃないぞ! それは人間だ!」

 禍福が叫んだ。

 ルネが裂けたように大きな顎門を一瞬にして閉じ、男が手に持っていた……あれは長剣だったのか? ともあれ剣を半ばで噛み砕き、男のすぐ足元に吐き捨てる。

 物陰からこちらを盗み見ていたらしい男はその場にへたり込み、泣き言も零せないまま呆然とルネを見上げていた。

「出てきなさい、無法者! 竜馬の鼻を誤魔化せるとは思わないことです!」

 次いで緋色が叫べば、趨勢は決した。

 何が起きているのか……いや、何かが起きているということさえ分からないうちに始まっていた戦いは、そうと気付いた矢先に幕を閉じる。

「随分と珍しい客人だと思ったが、こりゃあ最初から出迎えた方がよかったみてえだな」

 どこからか野太い男の声が聞こえた。

 と、次の瞬間、そこら中に点在していた石積みの陰から無数の人影が歩み出てくる。何人いるんだ。少なくとも十や二十では足りない。

 臨戦態勢のまま下がってくるルネの、その背を禍福が叩いた。

 ルネはビクンと驚いた様子だったが、禍福は一瞥もせずにどこにいるとも知れぬ男に声を投げ返す。

「屋根と壁のある建物、余っているなら食料と水も欲しい。交渉しようじゃないか」

「余ると思うか」

「なるほど、貴様ら流の交渉をお望みなわけだな? 貴様に暴力と武力の違いを教えてやった者が誰か、思い出させてやろう」

 無法者の交渉術など、想像に難くない。

「分かった、分かった、そちらの交渉に応じよう」

 パン、パン。

 あまりに重い響きは、しかし、ただ手を叩く音だった。

 正面――、ルネの前に腰を抜かした男がいた物陰から出てきた、別の男。

 将軍……じゃなくて軍団長ほどの上背はないが、代わりに横幅と厚みがあった。まるで樽だ。だがブクブクと贅肉で肥えたわけじゃないことくらい、丸太のように太い首や腕を見れば分かる。

「俺はロベルトだ。覚えておいてもらえると助かるんだがね」

 ロベルト。

 そう苦い顔で名乗った男には左目がなかった。

 代わりのつもりなのか、顔の左半分にはびっしりと刺青が彫られている。

「俺は、もう思い出したらしいが禍福だ」

「わたくしは緋色、あなたのことは存じ上げませんね」

 二人が名乗り、ほんの僅かな間、沈黙が漂った気がした。

「あ、私か」

 男……ロベルトが表情を変えた気がしたのは、これも気のせいだろうか?

「私は剣閃だ。知らぬ名だと思うから、そのまま忘れてほしい」

 剣閃なんて名前、誰にも知られないまま闇に葬りたかったんだけどな。

 しかし現実とは、ままならないものである。

「……ったく、禍福の兄貴だったとはな」

 ロベルトがニヤリと相好を崩した。

「剣閃ってぇのは確かに聞いたことねえが、緋色は聞き覚えがある。禍福の兄貴に、聖女の錫杖を受け継いだとかいう巡礼者に、新しい名有りか。世も末ってわけだな」

「ゆえに我々が旅をする。貴様らとて、利用する」

「違いない。水も食料も余裕はねえが馳走しよう。代価は情報だ」

「仕方あるまい。それで手を打とう」

 勝手知ったる調子で話を進める二人が、握手の代わりに笑みを交わした。

 フードに隠された禍福の笑みが見えた者は誰もいなかったはずだけど、言葉の通り交渉が成立したことは伝わったらしい。あるいはリーダーと思しきロベルトの権限がそれほどに大きいのか。

「気を緩めるなよ、剣閃」

 禍福が笑った。

 馬鹿にするなと言い返しそうになって、ロベルトをはじめ男たちが私たちの一挙手一投足を見定めんとしていることに気が付く。嫌だな、これは本当に気が抜けないじゃないか。

「大丈夫だ。私が気を抜く代わりに、彼らが常に目を光らせてくれている」

「フシュシュっ!」

 驚くことに意を察し、ルネが吠えてみせた。

 ロベルトが笑みを引っ込める。

「何が剣閃だ。獣使いとでも呼んでやろうか」

「それは光栄だな。……だが、私の指示を待つとも思わないでくれよ」

 精一杯の意地悪な笑みを作ってみて、慣れないことをするもんじゃないと思い直す。隣で緋色が、どうせ見えないのにとニヤニヤ笑っているのが見えてしまった。

 効き目はないと知りながら、横目で睨んでおく。

 男たちもそうだが、実は緋色も油断ならない相手なんじゃなかろうか。

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