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三十一話 出立の前に

「七家?」

 馴染みのない言葉に聞き返すと、禍福は「あぁ」と支度の手は止めず頷いた。

「帝国を興した大帝と、それに助力した名士たち。その血筋に連なる七つの家を呼ぶ名だ」

「つまりは、すごい人たちということか」

「当時の七人は、な。今の帝室と六つの公爵家と同一視すべきじゃない」

 どこか忌々しげに話す禍福だが、彼女は帝都出身と聞いた。

 帝の都と書くのだから大帝もそこに暮らしていたに違いない。横暴でもあったのだろうか。

「大帝は嫌われているのか?」

「……貴様、その発言は色々と危ういからな。もう少し慎重に口を開け」

 まさか嫌われているかどうか訊ねるだけで罪になるとでも?

 だとしたら横暴なんて言葉じゃ足りないくらいの暴君なのだが、どうやら違ったらしい。

「エレカさん、大帝とは帝国を興したその人のみを指す呼び名です。それ以外の全ての者は帝位を継いでも大帝は名乗らず、皇帝を名乗るのが慣例となっています」

 見るに見かねたのか、横から緋色が教えてくれる。

 難しい話だ。

 そういう妙な成り立ち、妙な慣例を持つ国がヒュームには幾つもあって、その国々の住民からすれば常識なのだろうが、部外者も部外者のエルフである私にしてみればややこしい上に興味が湧かない。

 それでも覚えておかなければ、巡礼者の振りはできないのだという。

「イスネアは現在の……ここ百年かそこらの帝室や公爵家に不満を持つ者たちが集う国だ。皇帝批判は当たり前にされるが、大帝批判は違う。大帝だけはイスネアの連中にとっても別格であり、敬意を払う者も少なくない」

 面倒臭い。

 けれど、これから向かう国の事情だ。面倒だからと知らずにいたら、もっと面倒なことになりかねない。

「まぁ七家といっても一枚岩じゃないし、イスネアの人間だって誰もが親子供を殺されたわけじゃない。当然、どこが特に嫌われるとか、どこの誰なら別だとか、そういう話にもなる」

「そんなこと言われてもな……。最低限覚えておくべきことだけ教えてくれないか」

「では、こんなのはどうでしょう?」

 一足早く支度を終えていた緋色が芝居掛かった所作で外套を羽織り、左手の人差し指をピンと立てる。

 彼女は寝る時や食べる時などを除けばいつでも右手に錫杖を持っていて、だから左手を動かすことに慣れているのだろう。

 私も、早いところ慣れなければいけない。

 姿消しの魔法の応用で重みも感じなくなっていた左腰の長剣だが、昨日から上手く魔法がかからず、通常の剣と同様に左腰にずしりと重みがある。

 今もそうだ。

 何か言いかけていた緋色がそっと私の右肩に触れ、微かに力を込めてきた。左右でバランスを取ろうとする余り、右側に重心を傾けすぎていたらしい。

「焦らなくていいんですよ」

「すまない」

「いえ、それより、先ほどの話ですが」

 緋色はそのまま私に近付き、耳元でそっと囁くように言った。

「六公爵の中で最も尊敬を集めるのがシュトラウス家です。彼らは常に厳格で、時に帝室にも意見するほど。ゆえにイスネアでも、シュトラウス家だけは別だと言う人がいるんですよ」

「おい、緋色」

 どこか苛立ったような声音で禍福が呼ぶと、緋色も抗わずさっと身を引いた。

 まるで禍福をからかうのが目的だったようにも見えるが、どうなんだろう。分からない。そして今、私が考えるべきはそこじゃないはずだ。

「細かいことはいい。とにかくイスネアでは七家……帝室と六公爵が嫌われていることを覚えておけ。他のことも道中話す」

「分かった。……ちなみに、七家とオールドーズの関係性は?」

「良くもなければ悪くもないな」

「いえ、シュトラウス家はかなり協力的な方ですよ? フルート家の現当主……今は領主もされている彼は話の分かる方です。帝室は常に中立的な立場を崩しませんが、ブッフバルト家とデーニッツ家は代々敵対的で困りますね」

 シュトラウスにフルート、ブッフバルトとデーニッツ……。

 これで四家で、帝室も加えると五家になるから……ええと、あと二つの公爵家があって合計七家、ということだろうか。

 私が目を回していると、禍福がこれ見よがしにため息をついた。

「全部まとめて、良くもなければ悪くもない。時に教会を掃除すべきという声が上がり、時に協力関係を築くべきと声が上がり、その度に反対派が潰して現状維持だ。イスネアに入ったからといって特別擁護する必要も、迎合して悪し様に言う必要もない。我々はオールドーズ。それだけだ」

 じろりと睨まれた先で、緋色がくすくすと笑っている。

 あぁ、そういうことか。

 つまりは私と禍福が一緒にからかわれたわけだ。私たちをからかって何が楽しいのか分からないけど、緋色は軍人たちが持て囃すほど高潔な人物ではないらしい。昨日の大浴場でもそうだが、禍福に対しては特に気遣いがない。いっそ露悪的ですらあった。

 なんていうか、悪戯好きのお姉さんって感じだ。禍福より年上なのかは知らないけど、私より下ということはないだろう。

「ほら、もういいだろう。いい加減行くぞ」

「え。ちょっ、ちょっと待ってくれ」

 肩を怒らせ出ていこうとする禍福を引き止め、なんだと睨まれる前に背中を見せる。

 正確には、背中ではなく腰の後ろだ。

「固定はこんな感じでいいのか?」

 と言って見せたのは、ベルトに固定した横長のポーチ。

 これは昨日、禍福の新しい外套のついでに緋色が手配してくれた品だった。

 胃に消えた保存食の他、魔法道具も多くを換金していくことになったため、嵩張るばかりか安定しない背嚢の代わりにと用意してもらったのだ。

「自分で違和感がなければ大丈夫だろう」

「いや、こうも小さくて安定されると逆に不安でな」

 そもそも巡礼者用の外套と合わせて使うために設計された品である。

 必然あまりに自然な付け心地で、むしろ左腰の剣の方に違和感を抱いてしまうほどだった。

「大丈夫ですよ、しっかり固定できています」

 禍福ではなく緋色から答えが返され、当の禍福はふんと鼻を鳴らすのみ。

 遂には、行くぞ、の一言もなく部屋を後にしてしまった。緋色が肩を竦めてみせる。

「仲が悪いのか?」

「気難し屋なんですよ」

 二人して後を追いながら囁き合う。

 しかし、そうだったかなと首を傾げざるを得ない。

 確かに一見して気難しそうではあったものの、立場の違いを考えてみると見え方は真逆になる。禍福は良くしてくれた。お節介と言ったら怒られるだろうけど、親切すぎるくらいには親切だったように感じる。

 気難し屋というより、距離感を掴むのが下手な人。

 そんな印象を受けるんだけどな、と声には出さず緋色を見やった。向こうは笑っている。

「だから驚いたんです。禍福が他の巡礼者を連れてきたというのは」

「へ? ……あぁそうか、緋色は先にメイディーイルにいたんだったな」

「えぇ」

 私たちの到着をどこかで見ていて、エルフの私や、そんな私を連れ歩く禍福を監視していたんだとか。

 監視されていたと聞いて気分が良くなるはずはないが、文句を言えた立場でもなかった。

 それに私だって、例えばリクやティルがヒュームを森に引き入れていたら、二人への信頼はともかく一歩引いたところから監視するに違いない。信頼と警戒は矛盾しないし、時には進んで両立すべきものでもある。

 なんにせよ、短い間とはいえ肩を並べて旅する仲間だ。

「まぁ、よろしく頼む」

「それはもう、こちらこそ」

 当たり障りのない言葉に様々な意味を込め合い、揃って笑う。

「何をしているっ!」

 前を歩く禍福が苛立たしげに叫ぶところまで想像通りで、今度は一人笑ってしまった。



 一晩の宿として用意されたホテルの一室を後にして向かうのは、昨日も訪れた領主邸。

 だったら最初から領主邸の部屋を借りればよかったじゃないか、とは思うものの、そこは帝国と教会の微妙な距離感が許さなかったらしい。

 それにメイディーイルはまだ平時に近い生活を保っているとはいえ、帝国領のそこかしこで干魃の悪影響が看過できない水準に達しているとも聞かされた。必然、大手の行商を相手にするような高級宿泊所は閑古鳥が鳴いており、領主からすれば公的な資金を街のために使いつつ、それでいて教会にも配慮できる絶妙な一手だったわけだ。

 だからといって人通りも疎らな早朝から昨日ぶりに歩く道を逆方向に進んでいると、なんだか無駄なことをさせられている気にもなる。

 ただまぁ、それもしばしのことだ。

 ホテルも領主邸もその性質から街の中心地にあって、たとえ徒歩でもダラダラと考え事に耽るほどの時間はなかった。

 領主邸に着き、門を叩くまでもなく案内された一室には、早朝だというのに見知った顔が揃っている。

 まずは当然、館の主であるフルート公爵。

 彼の斜め後ろには従者の男が控え、反対側の隣には将軍ことザッパー軍団長が立つ。

 また、三者から離れたところに、昨日の密約を交わした席にはいなかった人物が一人いた。

 公爵と緋色がそれぞれ儀礼的な挨拶を終えたところで、彼が口を開く。

「どうも、昨日ぶりで」

 調合師のドニだ。

 昨日、彼の工房まで案内してくれたアッシュはこの場にいない。

 ホテルで聞いた話によれば、フルート公爵も七家と呼ばれる帝国中枢の一角。緋色や禍福の名がどれほどの影響力を持つのかは今一分かっていないものの、実質的に教会側の代表として振る舞っていた。

 そんな帝国と教会が向かい合う場において、ドニはただの調合師にしては異様なまでに落ち着いている。

「後で連絡だけ寄越してくれればって言ったんだけど、どうも当事者の一人として同席しないわけにはいかないって言われてね」

 などと笑うドニには、公爵も肩を竦めて笑うしかない。

「随分と豪胆だな」

 禍福にまで言われてしまっている。緋色がくすりと笑った。

「手間と言われればそれまでだけどね、こうした場において手間は惜しむべきではない」

「勿論、分かっておりますとも。……でも、自分は皆さんを信用してますんで」

 ドニはからからと今にも笑い出しそうな声で言ってのける。

 ここに三者――メイディーイルの領主、教会の巡礼者、そして工房の調合師が集まった理由は一つだ。

 そして、それは私たちの見送りなどではない。

「ひとまず、剣閃様が持ち込んだ魔法道具の鑑定が済みましたので、その結果をご覧ください」

 と言って従者の男……というよりは少年と呼びたくなる人物が数枚の紙を机に置いた。

 緋色と禍福と私、教会側の三人が席に着いたところで、机を挟んで立っていた公爵やドニも腰を下ろす。こういうところにも序列が見えるというが、私にはよく分からない。

 なんにせよ、提示された紙を手に取る。

 そこに名称の形で並ぶ品々は、昨日、魔神侵攻の報を聞きつけた際にドニの工房に置き去りにしてしまった魔法道具の数々だ。

 どれも私がリクから受け取った品であり、当然だけど出処なんて明かせるわけがない。そもそも知らないのだし、知らない理由を明かそうと思えば私の素性まで明かす羽目になる。せめてメイディーイルを出るまでは巡礼者の外套に守られていたかった。

「天球儀をはじめ、幾つかは歴史的価値すら認められるものだ。帝国領の一部を預かる者としては、確かめたいことが山ほどある。……けど、まぁ今は置くとしようか」

 そう言うと、公爵は紙をトントンと叩いてみせた。

「剣閃殿、また教会の知見に照らし合わせて、ここに誤りはあるかね?」

「ないようですね。……どうです、剣閃」

 緋色が即答、そのまま私に投げてくる。

「緋色がそう判断したなら、その通りなんだろう。大声で言えたことじゃないが、私は価値を知らずに持ち運んできたんだ」

 公爵が呆れ顔を精一杯引っ込めるのが見て取れる。

 仕方ないだろう、と言いたくなる気持ち同じく精一杯引っ込め、にんまりと笑ってみせた。

 といっても、外套のフードに隠されて私たちの表情は彼らに伝わらないのだけど。

「一つ、整理しよう。工房への支払い分は火起こしの魔法道具。天球儀と白紙の古地図は、ここメイディーイルにある我々の支部にて一時的に保管。それ以外の魔法道具を公爵が買い取る、という契約でよかったな?」

「違いない。天球儀と古地図に関しては価値を付けかねるけど、他は相場価格を並べてある。如何だろうか」

 白紙の古地図というのは、リクから渡された背嚢の奥に突っ込まれていた、何も描かれていない羊皮紙のことらしい。

 これは特殊なインクと使用者の血を少量ずつ垂らすことで起動し、以降は使用者周辺の地形が自動的に記されていく魔法道具なんだとか。ただ歩き回るだけで、測量などの専門技術がなくとも地図を作れてしまうという代物。

 ……が、肝心のインクを持っていないし、地図を作れたところで森暮らしのエルフには意味がない。

 反対に巡礼者に各地を旅させる教会には垂涎の品であり、教会ならばインクも調達できるだろうとの判断だった。

 白紙の古地図のみならず、ほとんどの品は私が持っていても宝の持ち腐れ。

 かといって、どこかで売ろうにも干魃の影響で蒐集家も音を上げている。端的に言えば、上も下も物不足に喘ぎ、物があっても常識外れの価格高騰に道楽が二の次になっているのが現実だった。

 そこで昨日提案されたのが、領主や教会という巨大な資金を持つ相手に売ってしまおうというもの。

 実際にはそこまで直截な言い方ではなかったものの、禍福から「無用の長物を処分する良い機会だろう」とまで助言されてしまえば、首を縦に振らない理由はなかった。

 用意してくれたリクには悪いけど、実際問題、森に持ち帰っても使い道がない。だったら換金できる時にしてしまって、必需品の仕入れに使った方が森のためになるだろう。

「さて。それで、こちらがメイディーイルからの支払いとなる。金貨と手形で半々、ご確認を」

 言われるがまま視線を投げた先には、見たこともない金貨の山と、これまた初めて見る銅板らしき鈍い輝きの束。

 金貨はまだしもエルフの森で見る。

 これほどのまとまった量は森長でも生涯に一度目にするかどうかだろうが、ヒュームの行商とのやり取りは決まって金貨か物々交換だった。

 しかし銅板の方は、先に説明されていなければ全く理解できなかっただろう。

「失礼」

 そう言って緋色が受け取る数枚の銅板が、目の前で山と積まれた金貨と釣り合うほどの価値を持つなどとは夢にも思わなかったはずだ。

 なんでもヒュームは、金貨の他に独自の『貨幣』なるものを持つ国が多いという。

 これはエルフの視点から言わせてもらうと、不便な金貨に等しい。

 金貨はそれ自体が価値を持つし、季節や年によって採れたり採れなかったりする山菜と違って価値が安定している。だからヒュームとのやり取りにも使われてきた。

 一方で貨幣なるものは、それ自体は銅など比較的価値に乏しい金属からできているらしい。

 行商相手には滅多に使うことのない銅貨だけど、それが千枚だか一万枚だか集まってようやく金貨一枚と同じだけの価値になる。言うまでもなく嵩張るから、行商も銅貨での支払いには首を縦に振らない。

 だがメイディーイル、延いては帝国において、主に使われているのはユール硬貨……銅貨と同じく銅から作られた貨幣なんだとか。

 ユール硬貨には大中小の三種類があり、大硬貨が銅貨百枚分、中硬貨が五十枚分、小硬貨が十枚分。なのに大硬貨と小硬貨のサイズは倍も違わず、どちらも重さで数えると銅貨五枚分にもならない。

 それでも帝国の人々は当たり前にユール硬貨を使い、暮らしている。

 銅として相応の価値を持たぬユール硬貨が貨幣たりえる理由は至極単純、国や地域の長たる公爵が価値を保証し、求められれば同価値の銅と交換すると決められているからだ。

 そして今回の支払いに使われる手形とは、その最たるものだった。

「確かに、フルート家代々の印ですね。……禍福も確かめますか?」

「構わん。一目見れば分かる。そもそも七家にとって金貨の百枚や二百枚、信用に比べれば安いものだろう」

「いやはや、いくら僕でも金貨百枚は安くないんだけどね。代々築き上げてきた信用と比べられたら、命であっても足りないのは確かだ」

 帝国の常識に慣れた三人のヒュームが笑っている。

 数えてみれば、たったの五枚の銅板。

 手の平に乗せれば端が少し飛び出てしまうサイズで、厚みに至っては数ミリもなかった。銅板一枚で銅貨十枚にはなるだろうけど、二十枚にはなるまい。

 しかし、そんな小硬貨と似たり寄ったりの銅の塊でしかない銅板一枚で、なんと金貨十枚分の価値を持つのだという。さっぱり意味が分からない。

 これが金貨十枚になるんだ、なんて言って持ち帰ったら、ヒュームの文化に詳しかったリクでも唖然とするだろう。お父様だったら激怒するかもしれない。ティルなら騙されたのだと思い込んで、曖昧に笑いながら慰めに来てくれるはずだ。

 未だ半信半疑なれど、森の皆の反応を思い描いてみると中々楽しみにもなれた。

 なんだかんだ金貨は嵩張るし、百枚もポーチに詰め込んだら重心が後ろに傾きすぎる。その半分を薄い銅板で済ませられるなら旅が楽になるし、どの道、これら金貨や手形を使って仕入れるものはドニの調合薬になるだろう。

 いずれ受け取るであろうドニが同席し、手形の価値をともに確かめてくれるのであれば構うことはない。むしろ道中、価値を知らぬ輩に狙われないだけ安心か。

 まぁ、安心だろうとポーチの口はしっかり閉じておかなければいけないが。

 まだ金貨も銅板も仕舞っていないポーチの代わりに自分の口をきゅっと締めた直後、ふと見やった先で公爵と視線が合う。

「如何かな、剣閃殿」

 一瞬、脳裏に疑問符が浮かんでしまった。

 いけない、いけない。

 これは魔法道具に対する支払いであって、魔法道具の持ち主は私だ。魔法道具にしても手形にしても価値が分からないからと二人に丸投げしていたものの、最後には私が頷かなければ話が前に進まない。

「問題ない。そこの二人より目が良いなどと自惚れるつもりはないからな」

 そもそもが形式的なやり取りだ。

 細かな調整を事前に済ませている以上、この場に求められるのは予定通りの締結。

 握手の代わりに笑みを投げれば、――フードに隠され表情など見えていないだろうに、公爵もまた笑みを零す。

 交渉成立。

 禍福が五十枚もの金貨をまとめて専用の革袋に詰め、私に手渡してきた。次いで緋色から手形を受け取り、それらを後ろ手にポーチに仕舞う。ずしりと感じるのは、何も金と銅の重さだけではあるまい。

 だが、この重みが森を救う。

 追加の調合薬は勿論、細った森で食料が手に入らなくなればヒュームとの取引を始めなければいけない。そうなれば金貨は命綱だ。

 残念なのは物理的な重量を減らすために半分を手形……金貨に交換する一手間を要する形で受け取るしかなかったことだが、これも見方を変えれば七家の一角たるフルート家の信用を得たと喧伝することに使える。

 なんにせよ、だ。

 最早、四の五の言っていられる段階は過ぎた。

 野となれ山となれ、などと言うつもりはないけど、残された道はただ一つ。

 森へ帰るのみだ。

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