この苛立ちは何処から来て何処へ?
濡れて砂まみれになった衣服を脱ぎ、違う衣服を身に着ける。
海水や砂で汚れた身体は清浄魔法で綺麗にした。
食堂に向かう為に部屋を出て、先ほど雑草女と話しをした中庭に面した廊下を歩く。
何気無く中庭に目をやると、雑草女がまだ中庭に立っていた。
「雑草、何をしている。今日は城に居る女達は食堂に来るように伝えてあったろう。お前も食堂に来い。菓子を見たいのだろう。」
宙に目を泳がせた雑草は、目で何かを追っている。
夢中で何かを……読んでいるように…。
「……あ、ダーリン…着替えたのね。」
先ほどまで、ピーチクパーチク小鳥がどうのこうのとうるさかった雑草女が妙に静かで、少し落ち込んだようにも見える。
そんな表情をする原因が、先ほどの女達の事とは思えない。
私が私室に居る短い間に一体何が…?
私は廊下から中庭に降り立った。
女の表情が気になったのもあるが、女の目線が宙を泳ぐ様が以前から気になっていた。
「……お前は、よく宙を見るな。そこに、私には見えない何かが見えるのか?」
「……うん、見える。……わたし、あと半年も…持たないかも……。」
誰に何を知らされたのか…。
雑草女の目線の先を見るが、やはり私には何も見えない。
半年持たない、の意味を考える。
持たないのは命か?死ぬ…という事なのか?
いや、この女は海から何処かへ帰ると言った。
だから見送れと。
「見送りは半年以内って事か?『さようなら、また会いましょう』と私がお前に言う時が来るのは。」
「言ってくれるの!?」
「それでお前の顔を見なくて済むなら安いものだ。」
クックッと笑いが零れる。
雑草女は「もう!」と言って頬を膨らませた。
怒りの表現らしいが、間抜けな顔だ。
「食堂に行くなら、エスコートして!ダーリン!」
「…また、女達に責められるぞ?」
「?それが何か困る?コトリみたいにうるさいだけでしょ。」
私は雑草女に手を差し出し、雑草女の手を取ると身を屈めた。
「では、私が麗しのフグリ姫をエスコートしよう。」
「だから!わたしをキ◯タマ呼ばわりするんじゃない!!」
クックッと笑って女の手を取り、食堂に向かい並んで歩き出す。
「……雑草、誰に何と言われたのか私には教えてくれないのか?半年も持たないとは、何の事だ。」
「……わたしの仲間から……もう持たないと言われた…それだけよ。」
「曖昧な言い方をするんだな…。ダーリンの私にも教えられない事なのか?」
随分と図々しくなったと自分に対して思う。
ダーリンと呼ばれる事が腹立たしかった筈なのに、今はそれを利用して、私の好奇心を満たそうとしている。
「そうね…貴方が本当にわたしのダーリンになったら、教えるわ。」
「……本物の恋人になれと?」
本音が表情に現れ、嘲笑を浮かべてしまった私に雑草女が首を振る。
「違う。わたしが貴方の事を離れたく無い位に本当に好きになってしまったらよ。」
「何だ…そういう意味か。」
納得したような顔をした私の内心は、私自身が驚く程に動揺していた。
私をダーリンと呼び、うるさく付きまとう女。
このけたたましい女は、今、ハッキリと言った。
私を好きではないと。
私は勝手に思い上がり、勝手に思い込んでいた。
この女は私が好きなのだろうと。
この女は時間を費やす憂さ晴らしに、ただ私を付き合わせたいと言っていた。
どんなに冷たくあしらっても付きまとう雑草女に、私の認識がすり変わっていた。
突き放しても付きまとう程に私を好きなのだと。
それゆえに、この女を所有物として…何をするのも、命を奪う事さえ私の自由だと思い込んでしまった。
何と浅慮なのだろうか。
「……ダーリン?顔色が悪いわ…どうしたの?」
「……久しぶりの乗馬で…疲れたのかも知れない。」
好きでないと言われた事位で、こんなにみっともなく動揺するとは…
好きでもない女に、好きではないと言われただけじゃないか。
「食堂まで抱っこしましょうか?」
「やめろ!みっともないだろうが!」
みっともない。こんなに狼狽えている私は……
なぜだ、身体に力が入らない…。
足元がふらつく私を雑草女が支え、食堂に辿り着いた。
雑草女は城の者に私の身を預け、自身に用意された席についた。
私も自分の席に腰を下ろし、テーブルに並んだ美しい菓子を見る。
菓子の向こうに居る雑草女を見る。
雑草女は、私を見ていた。
心配そうに私を見る青い目が私と合う。
やめてくれ…そんな目で私を見るな…。
情けない………
「日々この城の中を美しく飾って下さる皆様に、陛下からの贈り物で御座います。どうぞお召し上がり下さい。」
料理長がそう言うと、侍女達がそれぞれの席を回り紅茶を煎れる。
女達は、自分の前に置かれた果物や食用の花で彩られたケーキと紅茶を、眺めているが手をつけるのを躊躇っている。
「……私がお前達の為に用意させた菓子だ。毒でも入ってるのかと疑っているのか?…私を何だと思っている…。」
雑草女の事で自身に対して苛立ちを募らせていた私は、その苛立ちを隠す事が出来ず、菓子に手を付けない女達にもその見苦しい感情をぶつける。
「ち、違いますわ!あまりに美しくて眺めていただけですの!」
「そうですわ!陛下からの贈り物だなんて、食べてしまうのが勿体ない位ですもの!」
「ご託はいい、さっさと食え。」
女達が焦ったようにケーキを食べ始める。
私は……なぜ、料理長に菓子を用意するよう頼んだのだった…?
遠乗りに出る前に、何を確かめたくて菓子を………
雑草女は、テーブルに置かれた菓子を見ていた。
見ているだけだ。
「あなた、陛下の優しさを無下にする気!?」
「陛下のお心を疑ってらっしゃるのね!ひどい人!」
「……美しい菓子だろう?なぜ食わない。」
口々に雑草女を非難する女達のさえずりを無視し、遠く離れた席に座る雑草女に尋ねる。
「………わたしは………食べる事が出来ません。」
「まあ!陛下が贈って下さった…」「やかましい!黙れ!!!」
青い目を伏せ小さな声で答えた雑草女の声を掻き消すように、女達が喧しく騒ぎ出す。
私は、その雑音が鬱陶しく、テーブルを思い切り叩いて怒鳴った。
怒りをあらわにした私を初めて見た女達が身を強張らせているのを無視し、私は雑草女を問い詰める。
「お前はこの城に来てから食事を一切取ってないらしいな。お前は何処から来た何者なんだ?そもそもが人間なのか?私をどうしたい?何を企んでいる?」
「わたしが何者かは、今は話せないわ…でも、貴方をどうかしたいなんて思ってない、わたしは、わたしが消える日まで美しい物を見て、楽しい事をしたいだけよ。この世界で。」
「ふざけるな!!」
私は席を立ち、雑草女の元へ行く。
雑草女の腕を掴み椅子から立ち上がらせ、強引に食堂から女を引っ張り出した。
「ふざけてないわよ!ちょっと…!何で怒ってんの!?」
こんなに感情を昂らせたのは、いつぶりだろう。
この女と逢ってからの私は、忘れていた人らしい感情を一つ一つ取り戻していく。
激しい苛立ちも、怒りも、ましてや怒鳴るなんて今までの私には無かった。
認めたくないが認めるしかない。
この女は私にとって特別だ。
なのに、この女にとっての私は、短い期間の暇潰しのパートナー程度なのだ。
「ダーリン!」「その呼び方をやめろ!好きでもない癖に!」