野菜スープ。
夜になると城の女達は、それぞれにあてがわれた部屋に入る。
女達の部屋は私の私室からは遠く離れている。
誰にも私の空間を侵して欲しくない。
城に連れて来られた女達も、そんな空気を読んで私の部屋に近付く事は無かったのだが…。
「陛下……今夜はわたくしが、陛下をおなぐ…サメ!!」
言い終わらない内に衝撃波で弾き飛ばした。
私の許しも無く、いきなり私の部屋を訪れた女は私の放った衝撃波によって部屋の外に吹き飛んだ。
空気のクッションに受け止めさせたから、怪我は無いと思う。
どんな顔をした、どこの国から来た女かも分からなかったが。
最後に鮫と言っていたな…。
海の近くにある国の者か?
女達だけでなく、恐らく城に居る者全てが今日の私の姿を知っている。
そして、大きな勘違いをしている。
私を、女が強引に迫れば何とか籠絡出来るのかも知れないと。
回りの者は、あの雑草女の持つ未知の力には気付いていない。
知れば、私に対抗しうるかも知れないあの女に接触を図り、何とか取り入ろうとするだろう。
私は…あの女の、その未知の力を知りたいが故に、あの女の言いなりになったのだろうか。
確かに衝撃波は効かない。そして、死なない。
厄介で気味が悪い女ではある。
その謎の力が何なのかを知りたいとは思うが…。
「……あの女と庭を散歩しただけで、こんな気分の悪い誤解を生むとは……」
あの女には近付かない方が良いのかも知れない。
一年の期限付きで何処かに帰ると言うのなら、それまで大人しく一人で雑草とでも戯れていればいい。
この城に居れば、衣食住だけは保証されている。
不便な思いはするまい。
「今日は、わたしの手料理を食べてもらいます!」
「………手料理…だと?」
「新妻の手料理、嬉しくない訳があるまい!!」
いきなり私の私室に現れた雑草女は、長い黒髪を高い位置でくくり、白いエプロンを着けていた。
そして、私を部屋から逃がさないかのようにドアを背にしてジリジリとにじり寄る。
「お前は新妻ではない!恋人でもない!料理人でもない、そんな女が作った物など口に運べるか!」
「いーや、世の中の男どもは彼女の手料理を喜ぶ筈よ!少なくとも、わたしのダーリンになる人にはわたしの手料理を食べて貰うのがわたしの夢なのよ!逃がさないわ!」
昨夜部屋を訪れた鮫の女のように、部屋から弾き飛ばす。
……事が出来ないのが忌ま忌ましい。
私が使う攻撃的な魔法は、この女には全てが無効となる。
「そのダーリンとやらになる者に喰わせるが良いだろう!」
「予行練習だと思って、付き合いなさいよ!」
にじり寄る女は、私の腕を掴むと半ば強引に私を椅子に座らせた。
この女、見た目は華奢なのに、かなり剛腕である。
無理矢理座らせられた私の前のテーブルに、皿が置かれた。
中には、ほぼ切られてない、皮も剥かれてない人参や玉葱が、葉っぱのような物と一緒に茶色い汁に浸かっている。
これを料理だと呼ぶのか…?食事ではない、拷問ではないのか?
「さあ、召し上がれ!」
「食えるか!!こんな物!残飯じゃないか!!なぜ皮を剥かない!切らない!なぜ食えない葉っぱが野菜と一緒に皿の中に浮いている!茶色い汁は何だ!」
雑草女は目を丸くして、驚いた表情をする。
「野菜って、そうやって食べるの…初めて本物を見たから、分からなかったわ。」
野菜を見たことが無い?どれ程貧しい国から来ているのだ。
いや、だが…この女の持つ未知の力が、この女の国の力であるならば、そんな貧しい国である筈がない。
「お前は……この城に居て与えられた食事を見ていないのか?城にいる料理人が作った物を見て、味を知り、少しは料理と言うものを……」
私は何を言っているのだ…。
毎日出される料理に対して、そんな考えを持った事など無かった。
出された分を処分してゆく。そんな程度のものだった。
料理人…そんな存在すら、気に掛けた事など無かったのに。
「……そうね、この城の料理人の作る物とは見た目も違うし…匂いもこんな泥臭くないものね…茶色い汁は泥じゃなかったのね。」
この女…!私に、泥で煮込んだ野菜を喰わせる気だったのか!!
「もうちょっと料理を勉強するわ…」
「当たり前だ!私に料理を食べさせたいなら、人が喰える物を持って来い!」
女は笑う。
口には出さなかったが「言質取りました、料理を食べてくれるのね?」とニンマリ笑う。
女は、色んな笑顔を私に見せる。
笑顔ひとつ取っても、こんなに色んな表情があるなんて知らなかった。
「……雑草……お前は、料理をする中で味見と言うものをしなかったのか…?まさか、味見をした上でこれを出したんじゃなかろうな…」
「味見?味見って?」
「……お前みたいなヤツは、料理をしたら駄目なヤツだ。」
女は、悪怯れる様子も無く「てへ!ごめんね!」と言って泥野菜煮込みを持って部屋を去って行った。
何か知らんが助かった…。
女が去った後のテーブルの上に、メモと共に小さな瓶に入った青い花が置かれていた。
『露草です。キレイでしょう?
わたしの目ン玉と同じ色です。目ン玉ですよ。
キ◯タマではありません。』
「いちいち、その名前を出さんでいい!」
私は女のメモを丸めて床に叩きつける。
目ン玉って何だ!瞳とか、他に言い様あるだろうが!
せめて目だけでいいだろうが!
ン玉を付けるな!
いきり立った私は、部屋の窓に写った私の姿を目にした。
「……なんて顔をしている……」
私は……笑っていた。
初めて見る、自身の笑顔。
初めて見た、無表情以外の私。
いきり立った……声を荒げた、感情をあらわにしてメモを床に叩きつけた。
どれも初めての私だ。