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大地が在れば花が咲く。

グラス。

私が愛した、私が創った未来から来た少女。


彼女は手足を失なったが、今の彼女には無くなった筈の手足があり、自身で歩く事も出来るようになった。


その手足は私が魔力により与えている仮初めの身体。

透明な手足。

その私が与える仮初めの手足の部分が……少しずつ延びて来ている。

彼女自身の身体が……徐々に減っていく。


「元々、この身体自体が本物ではないのだもの。水で出来てるんだし。だから痛くもないし、気にしないで。」


彼女は…悲しまない。苦しまない。

有りのままの状態を受け入れ、やがて訪れる時を待つ。


「……気にしないで?…私と……会えなくなる事は……辛くないのか?」


「……どうにも出来ない事を嘆いても意味が無いもの。時間の無駄だわ。それより残された限られた時間を、楽しく過ごしたいの!」


彼女の曇り無い青い目は美しく、前向きで。

私はその前向きな彼女の瞳が……痛い。

私だけが彼女を想っているのだと…思い知らされているようで。




彼女と共に、彼女が見たいもの

触れたいもの、感じたいもの

それらを共に経験していく。


私にとっては全て、馴染みがあるもの。

有り難くも無ければ、今まで何か感情を揺さぶられた事等無かったもの。


だが、彼女と共に識る。彼女と共に経験する。

それだけで、この世界が輝くように美しい物が溢れる世界だと知る。





「ダーリン………海………海に行きたいわ。」


2ヶ月経った頃に、彼女が呟いた。


「………もう……なのか?」


彼女の身体は、私の魔力を以てしても維持出来ない程に縮んでしまっていた。


彼女の希望で、彼女の身体を布で覆い彼女の顔以外が見えないようにしていたが……


「これ以上は…無理。もうじき……話す事も……。」




私は小さくなった彼女の身体を抱き締め、馬に乗る。

彼女の身体を抱いて、馬を歩かせる。

私と彼女は、会話も無く。

ただ私の目から流れ出る涙が彼女の頬を濡らしていく。


「ダーリン…水分、勿体ないでしょ?」

「私も…グラスと一緒に消えて無くなりたい……グラス…君を失いたくない……」


やっと交わした会話が、私の泣き言だなんて…彼女が苦笑した。


「わたし、消えて無くなるのじゃないのよ?帰るだけ……」



海に到着した私は、グラスを抱いたまま共に、海に入った。

小さくなった彼女の身体を、強く強く抱き締める。

彼女の唇に、私の唇を重ねる。

こんなにも愛おしいのに……彼女は、私から去って行く。


「ダーリン………ウィード……わたし…わたし!あなたが好きよ!」


「グラス……」


涙を流す事の出来ない彼女の顔が、泣き顔になる。

彼女の髪が海に解けていく。

彼女が、私の目の前で少しずつ減っていく。


「どうにもならない事を嘆いても無意味だわ!でも、ウィード!わたし、伝えずにはいられなかったの!あなたを好きだって!…でも、ウィード……わたしの、この姿は…偽りなのよ……今まで騙していて、ごめんなさいね…ウィード……あなたが大好き……きっと……愛してる……」


「グラス?…グラス!」


彼女の身体が、氷の塊が水に解けていくように海に同化していく。

彼女を抱き締めた私の腕が、海の中で空になる。


「グラーーーーース!!!グラス!!グラス!!」


私は彼女を失い、発狂しそうだった。

海の中で、無意味に何度も彼女の名を呼び、何度も海面を殴る。

愛してると言った!私を愛してると!!

私もグラスを愛している!なのに彼女は居ない!!


彼女が居ない、こんな世界に、一体何の価値があるんだ!!


こんな世界、必要無い!世界も、私も、全て消えて無くなってしまえばいい!

全て滅びてしまえばいい!


「グラス…君が居なければ私は………私は、私をこの世に留めておく理由がない……グラス……」


グラスの消えた海に浸かったまま、私は涙を流し続けていた。

グラスが消えても、この世界は美しい。

彼女の愛した色のある世界。


「賢者ウィード………」


私をそう呼ぶ、その名が残る未来にグラスが生まれる。

私が、この世を滅ぼせば彼女の存在そのものが無くなってしまうかも知れない。


グラスがこの世に誕生しない…そんな未来を私は創るべきなのか?








「………エリン……おはよう。」

「おはようグラス。どれくらい行ってた?」

「一年…もたなかったわね。半年位かしら?こちらでは?」

「そうね…三時間ほど?あちらは楽しかった?」

「ええ、初めての恋をしたわよ。」


グラスと呼ばれた女はカプセルのような装置から身体を起こして外に出る。


黒髪に青い瞳を持つ彼女は、とりあえず頭の上にくくったボサボサの長い黒髪を揺らしながら眼鏡を掛け笑う。


「あらー?30越えて初めての恋なの?」

「言っとくけど、遺伝子的に相性の合う相手を見付けて交配だけするようなのと違うのよ?異端のわたし達には、あれこそが本物の恋だわ。」


グラスはエリンに微笑み……気付いた。


「エリン……そこに飾られている……」

「え?花?これ、ガーベラよ?」


花がある!?


「エリン、グラスは起きたかい?」

「ええ、あなた」


あなた!?


「ブロン……?あなた達…交配…相手だっけ?」


「やぁね!私達は夫婦よ!…でも、グラスの言う事も分かるのよ。私達には、もう一つ記憶が残されているの。……残されたと言うか……。」


「ああ、グラス。賢者が呼んでいるよ。」


!!!!!!賢者!!まさか…まさか…まさか!?


グラスは走り出した。

いつの間にか頭にある、もう一つの記憶。


戻って来たら確実に変化していた、この世界に関する記憶。

灰色の建物を出れば灰色の道がある。

それは以前と変わらない。


だが、空は青く歩く人々の顔は様々だ。


表情がある。会話がある。

そこには、賢者ウィードが排除したがっていた争い…に近い、こぜり合いみたいな会話も。


その灰色の道を走り抜けた所に


急に開けたように現れた土の道。

わたしには分かる…前は無かった!こんな道無かった!

でも、ウィードに意識が戻って来た瞬間、わたしの中に新しい記憶があった。


この土の道の先にある


それこそ、雑草が生い茂る広い広い草っぱら。

オオイヌノフグリが、青い絨毯のように広がるその草っぱらに来て、わたしがいつも大きな声で言う。


「辺り一面、デカイ犬のキ◯タマって何だソレ!!」


「仕方ないだろう?それがグラスの好きな花の名前なんだから。」


青い空の下に、青い絨毯。

その中に立つ白髪の青年は、優しい眼差しでグラスを見詰める。


「……ウィード……」

「おかえり、グラス……私にとっては……500年ぶりの君だ。」

「わたしにとっては…一時間前ぶりよ…あ…わたし…見ての通り、貴方の知っているグラスとは…違うのよね…若くないし、髪ボサボサだし…あはは…」

「若くない?私はもう500歳を越えるが…それが何か?」

「えー?実年齢より見た目かな?こんな可愛げないの…あはは!関係無いか!」


賢者ウィードは、ありとあらゆる自身の記憶を人々に残し、

国境を無くし、

だが以前はしていた、記憶にあるのだからと不必要だと排除する事をしなかった。

同じ物を同じだけ与えても、人には嗜好が生まれ、執着が生まれ、戦争とまではいかなくとも争いは生まれる。

以前の世界と比べれば、絶対的な平和な世界ではなくなっていた。

「それでも…私一人が人類の行く末を決めるなどおこがましい。私は、私の為だけに…今の世界を創った。だから、この先は今の時代を生きる者達に委ねる。…私はここに居て見守っていくだけだ。」


この広い広い草っぱらの中央に、500年前からあるという大樹ウィード。

その木の精のように、そこに佇む青年はグラスに触れる。


「グラス…君に会いたかった…ただ、それだけが私がここに居る理由だ。」

「……わたしも……ウィードに会いたかったわよ……もう、離れたくないもの……」

「だが、私はもう…この場所から離れられない。この木が私自身だから…君と色んな世界を見て回る事は…」


「あなたが、わたしの世界になってくれたらいいのよ!あなたの全てを教えて?知りたがりのわたしに!」

「グラス……」


「ああ…素敵だわ!…わたしの情報が更新されたわよ!」



『ウィードの学者グラス。過去に意識を飛ばし賢者ウィードに会い、愛された少女の本当の姿。大樹である賢者ウィードの妻。』



向かい合い、互いの手のひらを合わせ指を交差させる。


「愛してる…グラス……」

「わたしもよ!ダーリン!!」


唇を重ね、抱き締め合う。


「……木と同化した割には、人間と変わらないのね……意外。」

「……うむ、この木の側から…と言うか、この草地から離れられないだけで、この草地の中なら人と変わらない生活を送れる。」

「へー……そうなんだ……じゃあ、ここに家を建てたら…。」

「……普通に暮らして……君を抱く事も出来る。」


グラスの顔がボッと赤くなる。思わずウィードをバンバン叩いてしまう。


「やっだぁ!!ダーリンっ!エッチねぇ!!……でも、素敵ね……」







抜けるような青空の下に、オオイヌノフグリと言う残念な名前の雑草が織り成す青い絨毯が広がる広大な草地がある。


その地の中央にある大樹は、かつては賢者ウィードと呼ばれ、白髪の青年の姿に変化(へんげ)し、人間の妻と暮らしていたという。


大樹は亡くなった妻の身体を自身の内側に抱き締めるように飲み込み、青年は姿を現さなくなった。



「パパ!ママ!わたしが世界を見て来るわ!バカなケンカをしてる奴はぶん殴って来るわよ!見てて!」


「わたし達だ。俺も居るから。偉そうにいうな。バーカ。」


黒髪に赤い瞳の少年と、白髪に青い瞳の少女が大樹に手を振る。


「行くぞ!花!」「待ってよ!大地!」


去って行く二人の背中を後押しするように、大樹の葉が揺れた。


妻が愛した世界を、自分も愛せた世界を、子供たちに残せた事を誇るように

いつまでも優しく揺れていた。





終り

























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