はじまり..5
それは、時に激しく。時に静かに、鳴らされるピアノの音色は、荒々しい冬の海の代表曲みたい。
ノクターン先生が、前に弾いてくれたっけ。
「…幽霊ですかね?」
「信じられん」
ユウくんは、一々様になるかっこよさで呟く。
やはり、これはそうか。闇から生まれし者の仕業か。
だとすれば……。先生の足元を見る。先程見た時と、同じ違和感。
「…先生だったんですね?」
私の静かな問いかけにきょとんとするノクターン先生とみんなは、いつの間にかピアノの音が鳴り止んでるのに気づいた。
「?なにを言ってるハシマ?先生には、ピアニカがお似合いとでも、言いたいのか?」
「そんなこと言ってませんよ」
「なら、カスタネットでも叩いて、小躍りしてろと?」
「………」
やっぱりおかしい。いつもなら、こんなおかしな発言しないのに。
先生の足元の影は、なにやら慌ててるように蠢いている。
私に、出来るだろうか?ドキドキする。迫り来る不安。
「闇から生まれし者!姿を表せ!シャインアロー!」
基礎中の光の魔法を放つと、影からなにかが出てきて、天井に張りつく。外した!先生のせいってことにして、油断させたのに!
ごめんね、先生。その先生は、影を見てポカンとしている。
「……なんにゃの、アレ!?」
天井に張りつく闇から生まれし者。ヤミノモノは、地面に降り立つと、恭しく一礼した。
「ワレは、コンサートヤミ」
「コンサートヤミ?」
サトケンが、ハコちゃんを、かばうように立っている。緊張して、マンの端を触っている。
「コンサートヤミだかなんだか知らんが、学校の許可なく演奏してはいかん」
いやいや、連れていこうとしないで!
「放せ!ワレはコンサートがしたいのだ!」
「それは、私だってだな。コンサートくらいしたいものだ」
良い淀み俯く先生。どうしよ?今の私には、払う力がない。
「ならば、演奏してもらおう!」
ノクターン先生、なにを言ってるの?
みんな、戸惑ってるじゃん。
暫く打ち合わせするからと、追い出されてしまった。
「どうする?」
「うん。ここは、先生に任せて見よう。あのヤミノモノは、攻撃してこなかったから」
「あれが、ヤミノモノ?」
口に手を当てて、びっくりするハコちゃん。
「歴史の授業で習ったね」
サトケン、平静を装いつつ、膝が震えている。
「さっきの科学室でのことも、そうなのか?」
ユウくんの質問に答えたのは、私ではない。
「ヤミノモノ!」
「そうです。先程は失礼した光の巫女と愉快な仲間たち」
ヤミノモノは、どこから現れたのか。しかし、敵対する気は無いみたい。
「愉快なのです」
「ワレはイタズラヤミ。最近の子供たちのストレスから生まれたのです」
「あなたたち、しゃべれるの?」
「ええ。生まれても、人々の生活に上手くとけ込んでいたのでね」
「にゃら、ノクターン先生から生まれたのも、ストレス?」
「そうです、白猫さん。ヤミノモノは人々のストレスから生まれているけれど、個人的には、敵対したくない」
「そうにゃの?」
「少なくとも今の所はね」
ヤミノモノは、チラリと渡しを見ると、音楽室の扉をノックすると、ノクターン先生が出てきた。
やっは、あれだよね。あいつが目を覚ますのかなー?
「さあどうぞ、みんな」
ノクターン先生が、私たちを招き入れると、私たちは恐る恐る中へ。ピアノのあるとこには、ヤミノモノたちが並んで、こちらに一礼する。
てか、結構の数ですね。
私たちは、並べられた椅子に座り、ノクターン先生が、演奏してくれるかと思いきや、指揮者のようだ。
私たちに、一礼するとコンクールヤミの元へむく。
「演奏してくれるのですかー」
「つむじ、シッ!」
ミルクちゃんに窘められ、ノクターン先生の指揮の元、演奏が始まった。
緩やかな演奏から、激しいピアノのソロ。孤独だが、激しく抗うかのように強く弾く。
様々な楽器の演奏に、私たちは感動した。ヤミノモノにこれだけの美しい演奏が出来るなんて。
本当に、我々人間の敵なのだろうか?
同じ、人々から生まれた感情なのだから。
演奏はまた、壮大な全体での演奏になり、最後は静かな演奏になって終わる。
「わあ、すごーい!」
私たちは、思わず拍手喝采。眠ってたつむじが、目を覚ますほど。
「あ、もう終わりなのですか?」
「もう、寝てたのね?」
「えへへ」
「見ろ、ヤミノモノが!」
ユウくんの驚きの通り、ヤミノモノたちは、消えていく。きっと、満足したのかな。
「この曲は、光り巫女…のこれからの旅路のために……演奏させて…もらった」
コンクールヤミが、消えながら私を見て喋る。
「え?どういう……」
「ありがとう」
そう言って、最初からそこにいなかったように消えてしまった。
「さて、こうなったら先生も、頑張るぞ!」
ノクターン先生は、今の演奏でまたコンクールに出る意欲が、沸いたようだ。きっと、夢が生きる糧になるのだと思う。
なにもなくても、夢があれば生きていける。
先生のその言葉は、まだよく分からなかったけど、いつか、分かるときが来るのかな?
オレンジに世界が染まる黄昏時。私たちは仲良く帰る。
「なんか、不吉なこと言ってたな」
「やだよ、ミカちゃん、いなくならないよね?」
「大丈夫だよ、ハコちゃん!私は明日も学舎に来るよ、うん」
不安を打ち消すように、私は笑顔で言った。
この時は、まだ、いきなりの旅立ちになるとは思わなかったんだ。
みんなで、いつものように登下校出来るものだとね。
つづく