95話 アルトの昔話・その2
幼い頃のアルトは、竜騎士によって命を救われた。
そのことがきっかけとなり、自分も、誰かを助けられるような竜騎士になりたいと願うようになった。
その日から、アルトは竜騎士になるための努力を始めた。
面倒と思っていた勉強もしっかりと取り組むようになり、また、独自にトレーニングなどもするようになった。
全ては、胸に抱いた夢と憧れを叶えるために。
ただ、事が順調に運んだわけではない。
田舎故に、どうしても勉学は遅れてしまう。
まだ、体を鍛えるトレーニングも独学でしかないため、効率的な方法を選ぶことはできない。
それでも、アルトは熱心に、一途に励み続けた。
そして……
ある日、運命の出会いを果たすことになる。
それは、アルトが10歳の誕生日を迎えた日だった。
自分の誕生日だというのに、その日も、アルトは朝からトレーニングに励んでいた。
村の中をランニングして……
それから、腕立て腹筋背筋などの筋力トレーニングを行う。
体を鍛えるだけでは竜騎士になることはできない。
戦うための技術が必要だし、もっと言えば、様々な知識も必要だ。
しかし、子供故にそんなことはわからなくて、アルトはひたすらに体を鍛えていた。
いつか、それが夢に繋がると信じて。
「よう」
筋力トレーニングの2セット目に入ろうとした時、幼いアルトに声をかける者が現れた。
アルトが顔を上げると、綺麗な女性がいた。
細身で背が高く、凛とした顔つきをしている。
女性特有の輪郭をしていながらも、眉がキリっとしているなど、どことなく男らしさも感じるという、どこか矛盾した雰囲気を持つ女性だ。
女性はにかっと、晴れやかな笑みを浮かべながら、アルトに問いかける。
「ちと聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「はい、どうぞ」
「宿を探してるんだが、知らねえか? この村に来るのは初めてなんだ」
「宿なら、ちょうど俺の家がやってますよ」
「おっ、マジか? いやー、ちょうどいいな。こんなことがあるなんて、やっぱり、日頃の行いがいいんだな」
自分で言うか?
アルトはそんなことを思いつつ、顔には出さず、言葉を続ける。
「よかったら、案内しましょうか? 小さな村ですけど、それ故に、案内がないと迷ってしまうかもしれないので」
「いいのか? じゃあ、遠慮なく頼もうかな」
「こっちです」
アルトは女性を案内するために、先に歩き出した。
その隣に女性が並ぶ。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺は、ランだ。よろしくな」
「アルト・エステニアです」
「へー、アルトか。良い名前だな」
「ありがとうございます」
子供らしからぬ様子で、アルトは冷静に受け答えをする。
この時から、すでにアルトはこんな感じであった。
しかし、だからこそ、ランはアルトに興味を持った。
子供とは思えないくらい落ち着いていて……
しかも、なにやらトレーニングに励んでいるではないか。
どんな子供なのだろう?
疑問に思うまま、ランは尋ねる。
「さっき、アルトはなにをしてたんだ? 筋トレしてたように見えたが……」
「はい、その通りですよ」
「なんだって、そんなことを?」
「俺、竜騎士になりたいんです」
「……へー、竜騎士に」
「それで、そのための特訓を」
サラリと言うアルトだけど、内心はビクビクしていた。
竜騎士になると志して、そのことを家族や友達に話したことがある。
しかし、誰にも本気にしてもらえなかった。
大人には、子供の他愛のない話と片付けられてしまい……
同世代の子供たちには、そんなの無理だと否定されてしまった。
そんな経験があるために、アルトはランの反応が気になった。
「なるほどな……良い夢じゃねえか!」
ランは笑うわけでもなく、適当にあしらうわけでもなく……
心底感心した様子で、にっこりと気持ちのいい笑みを見せた。
「笑わないんですか?」
「あん? んなことするわけねえだろ」
「でも、俺は子供だから、竜騎士になれるわけがない……って」
「確かにアルトは子供だな。でも、男だ」
「あ……」
「男の夢を笑うなんてこと、できるわけねえよ。それに、俺は人を見る目はあるつもりでな。アルトはウソをついていないし、真剣に竜騎士になりてえと思ってる。それがわかる。だから、俺は応援するぜ」
「……ありがとうございます」
初めて、自分の夢を認めてもらうことができた。
そのことがとてもうれしく、アルトは涙さえ浮かべてしまうのだった。
それに気づかないフリをして、ランは適当な話をした。
――――――――――
「よう」
翌朝。
アルトがいつものようにトレーニングに出かけようと外に出ると、そこにはランの姿があった。
アルトを待っていたらしく、手招きをする。
「おはようございます」
「おう、おはよう。今日は良い天気だな」
「挨拶をするために、俺のことを?」
「いや、そんなんじゃねえさ。ちと、提案したいことがあってな」
「提案?」
「アルトは竜騎士になりたいんだろ? なら、俺の講義を受けないか? 実は俺、元竜騎士なんだよ」
「えっ!?」
思わぬことを告げられて、アルトは、ついつい大きな声を出してしまう。
まさか、憧れの竜騎士が目の前にいるなんて。
普段は子供らしからぬ冷静なアルトではあるが、今この時ばかりは、年相応に興奮してはしゃいでしまう。
「本当ですか!? ランさんは、本当に竜騎士なんですか!?」
「元だけどな。本物だぜ。ほら」
ランは懐から記章を取り出した。
それは、竜騎士に就任した者に送られる記章だ。
「わあ……す、すごいです! 俺、本物の竜騎士と話をしているんですね!」
「いや、だから元だって言ってるだろ」
ランは苦笑しつつ、話を続ける。
「で……アルトさえよけりゃ、講義をしてやろうかな、って。案内してもらった礼と、宿で世話になってる礼だ」
「いいんですか?」
「構わないさ。俺としても急ぐ旅でもないからな。ここらで、のんびり過ごすのも悪くない」
「じゃあ……お願いします!」
「おうっ」
アルトはうれしそうにしつつ、その場で屈伸などをして、体をほぐし始めた。
そんなアルトを不思議そうに見つつ、ランが宿に入ろうとする。
「なにしてんだ、お前?」
「え? 稽古をつけてもらえるんじゃないんですか?」
「ばーか。俺は、講義をしてやる、って言っただろ。人の話はちゃんと聞け」
「講義……ですか?」
アルトは不思議そうな顔をした。
竜騎士になるために知識がいらない、なんてことは思っていない。
しかし、それはあくまでもオマケ的な要素で……
魔物を打ち倒す力がなければ、竜騎士になることは叶わないのではないか?
アルトはそう考えていた。
しかし、そんな考えをランは否定する。
「強いに越したことはねーけどな。でも、それなら竜騎士である必要はねえんだよ。騎士なり冒険者なり、それらをやった方がいい」
「それは……そうかもしれないですね」
「お、今の話を理解するか。アルトは才能があるかもしれねーな」
「そうなんですか?」
「大抵のヤツは、力ばっか求めるからな。その他に目を向けねー。でも、竜騎士の場合はそれじゃあダメだ。力だけじゃなくて、竜のことを見ないといけない」
「竜を……?」
「そうだ。竜騎士は、俺ら人だけで完結しない。竜と共に歩まなくちゃいけねー。そこら辺をしっかりと心に叩き込んでおかねーと、良い竜騎士になることはできねーのさ」
「なる……ほど?」
アルトは真面目に話を聞いて、その結果、軽く首を傾げた。
ランの言うことは正しいように思えるが、ただ、なぜそう思うのか、過程が自分でも理解できない。
なんとなく、そう思っただけなのだ。
悩むアルトを見て、ランが笑う。
「ははっ、今は深く考えなくてもいいさ。その感覚を大事にすればいい。知識やら心構えは、アルトなら、後々で自然と身につくだろ」
「がんばります!」
「じゃ、さっそく講義をするか」
「はいっ、お願いします! 師匠!」
「師匠か……こそばゆいが、まあ、悪い気分じゃねえな」
この日……
アルトはランに弟子入りをした。
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