94話 アルトの昔話・その1
「……ねえねえ」
ユスティーナは、アルトと話を終えた女の子を呼び止めた。
向こうは、最初は不思議そうな顔をするが、ほどなくしてアルトの連れと理解して、納得したように頷く。
「あなたたち……確か、アルト君と一緒の学院に通っている、っていう」
「ボクはユスティーナ・エルトセルク。色々あるから、エルトセルク、って呼んでね」
「私は、アレクシア・イシュゼルドです。お好きに呼んでください」
「あたしは、ジニー・ステイル。ジニーでいいわ」
「よろしくね、アルト君の素敵なお友達のみなさん。私は、このシールロックで、子供たちに勉強を教えている、ユリアっていいます」
ユリアはにっこりと笑い、ぺこりと頭を下げた。
ユスティーナたちも同じように礼をして……それから、こっそりと問いかける。
「ユリアは、アルトの友達なの?」
「そうね。友達で……それから、幼馴染でもあるわ」
「……幼馴染……」
「聞いたことがありますわ。幼馴染は、男の人にとってかけがえのない存在なのだと」
「まさか、こんなところに思わぬ伏兵が……アルト君、やるわね」
「えっと……?」
三人が深刻そうな顔になり、ユリアがきょとんとなる。
はて? 自分はなにかおかしなことを言っただろうか。
そんな調子で、不思議そうにしていた。
「えっと……あのね? ちょっと変なことを聞くかもしれないけど、でもでも、ぜひとも答えてほしいな!」
「あ、はい。なにかしら?」
「ユリアは……アルトのことを、ど、どう思っているの!?」
ユスティーナは極めて真剣な顔をしつつ、多少の緊張をにじませて、そう尋ねた。
離れたところにいるアルトに話が聞こえないように、きっちりと声量を絞るという器用な真似もしている。
「どう、と言われても……あっ、なるほど。そういうことね」
ユスティーナたちの心の内を理解した様子で、ユリアはニヤリと笑う。
「村にいる時は、そんな様子はまるでなかったのに。まさか、こんなにかわいい子たちから……しかも、三人も。隅に置けないなあ」
「「「あはは……」」」
ユスティーナたちが揃って苦笑した。
軽く目を逸らして、頬を染める。
どうやら、ストレートに心を指摘されて、恥ずかしくなっているらしい。
「それで……ユリアは、アルトのことをどう思っているの?」
「そうね……とても大事な人よ」
「「「っ!?」」」
揃って妙な顔をするユスティーナたちを見て、たまらないという様子でユリアが吹き出す。
「安心して。物心ついた時から一緒にいるから、家族みたいなものよ」
「そ、それじゃあ、アルトのことは……」
「好きよ。でも、愛しているわけじゃないわ」
「な、なんだぁ……」
まず最初に、ユスティーナがあからさまにほっとした。
それから、アレクシアも同じようにほっとしてみせて……
最後に、ジニーもほっとする。
「「ん?」」
ジニーの様子を見て、ユスティーナとアレクシアが怪訝そうになる。
あなたはアルトのこと、好きじゃないはずだよね?
そんな感じで視線を向ける。
「え、えっと……」
「やっぱり、ジニーもアルトのことが好きなの?」
「もしもそうなのならば、きちんと教えてほしいですわ。私たち、友達でしょう?」
「あー……」
ジニーは迷うような間を置いて、それから、小さく頷いた。
「……その通りです」
「「やっぱり」」
ユスティーナとアレクシアはジト目になるが……
すぐに表情を柔らかくして、仕方ないなあ、なんていう顔になる。
「アルトのことが好きなら、そう言えばいいのに」
「まったくですわ。私達に隠し事なんて……」
「ごめん。でも、二人の気持ちを知っているから、なんだか言い出せなくて……」
「そんなこと気にしなくていいのに。そりゃ、アルトのことを譲る気はないけどね。でもでも、だからといって、ジニーに気持ちを押し殺してほしいなんて、ぜんぜん思ってないんだから!」
「そうですわ。私たちは、同じ方を好きになった者同士。ライバルでもありますが、それ以前に、仲間であり友達なのですから。変な遠慮はなしにしてください」
「その……うん、ありがと。二人共」
三人の間に、乙女だけが持つことができる、特有の友情が生まれた。
微笑ましい瞬間に、ユリアも笑顔になる。
ただ、その顔は、次の瞬間には困り顔になる。
「それで、ちょっとユリアに聞きたいんだけど……」
「アルトさまの幼馴染ということならば……」
「アルト君の過去も知っているのよね?」
ぐいぐいぐい、っとユリアに詰め寄る三人。
その目は、好奇心に満ちあふれていた。
好きな人の過去。
しかも、物心ついた時から一緒にいるというユリアなら、色々なことを知っているだろう。
ものすごく興味のある話だった。
年頃の乙女として、恋する女の子として、絶対に見逃すことはできない。
「あ、あはは……」
腹を好かせた猛獣のような鋭い視線を向けられて、思わずユリアは苦笑した。
それと同時に、ユスティーナたちのことを、少しうらやましく思う。
自分は、まだ恋をしたことがない。
アルトのことは好きだけど、でも、愛じゃない。
ユスティーナたちのように、身を熱くするような恋をしてみたいものだ。
そんなことを思うユリアは、ユスティーナたちのことを好ましく思った。
友達になりたいと思った。
なので、とびきりの笑顔で応える。
「アルト君の昔のことが知りたいのね? ええ、いいわよ」
「「「やった!」」」
三人は思わずばんざいをして……
「どうしたんだ?」
「「「なんでもない!」」」
アルトに不思議に思われてしまい、三人は慌ててごまかすのだった。
――――――――――
「ここならいいかな?」
アルトの前で、アルトの昔話を聞くわけにもいかない。
そんなことしたら、きっと止められてしまう。
そう考えた三人は、自分たちが泊まる部屋にユリアを招いた。
ユスティーナ、ノルン、アレクシア、ジニーの四人が泊まる部屋だ。
ノルンは、やはり、ごはんを食べ続けていたため、ここにはいない。
「アルト君の昔話だよね? うーん、どこから話したらいいか迷うね……あなたたちは、どんなことが聞きたいの?」
「「「恋愛関係!」」」
三人の意見がピタリと一致した瞬間だった。
「あはは……でも、そっか。アルト君の昔の恋愛に興味があるんだ。まあ、当たり前だよね。うーん」
「もしかして、ないの?」
「あるというか、ないというべきか……うん。三人になら話してもいいかな? ただ、このことは他言無用でお願いね」
思っていた以上に、真面目な話が出てくるのかもしれない。
三人はしっかりと頷いた。
「実は……アルト君の初恋の人は、もうどこにもいないんだ」
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