9話 待ち伏せ
竜騎士学院は広大な敷地を必要とするため、街のはずれに建設されていた。
学生寮は同じ敷地内にあるが、校舎からは10分ほど歩かなくてはいけない。
ユスティーナは夜の学院の敷地内を一人で歩いて……
そのまま敷地の外に出た。
開発が終了していないため、郊外は平原が多い。
学院の敷地の外も平原で、街に続く道があるくらいで他になにもない。
魔力が込められた石……魔石が使われている街灯が等間隔で設置されており、明かりには困らない。
月も出ているため、周囲の光景もうっすらと見えた。
ユスティーナ以外の人影はない。
竜国アルモートの王都とはいえ、治安が完璧というわけではない。
悪いことを企む者はいるし、魔物が入りこむという事件もないわけではない。
そのため、夜に出歩く人は少ない。
彼女一人だ。
ユスティーナ一人だ。
それなのに……
ユスティーナは他に誰かいると確信している様子で、周囲に向かって呼びかける。
「出ておいでよ」
返事はない。
それでも、ユスティーナは言葉を飛ばし続ける。
「ボクが寮にいる時から見張っていたんだよね? 気配、完全に殺しきれていないよ。そんなのがずっとボクの後ろをついてきたら、見張っています、って自白しているようなものだよ」
「……くくくっ」
二度目の語りかけの後、応える声があった。
夜の闇に不気味な笑い声が響いた。
やがて、暗闇の中から一人の男が現れる。
竜騎士学院の制服を着たその男の姿は……セドリックだった。
「どうやら僕のことに気づいてたみたいだが、それならどうして一人でこんなところに来たんだ? もしかして、わざと誘い出されたとでも言うつもりか? ふざけやがって……その傲慢な考えを、この僕が……」
「あー、はいはい。うだうだと前口上はいいから。どうせ、ボクにやられたことを逆恨みして襲ってやるとか仕返ししてやるとか、そんなところだよね? なら、さっさと終わりにしてあげる」
「ぐっ、貴様……!」
セドリックはユスティーナの不意を突いて、驚かせたつもりだった。
しかし、ユスティーナにとっては想定内もいいところで、計算外ということはまったくない。
余裕たっぷりの態度に、セドリックはますます苛立ちが募る。
しかし、焦る必要はないというように、今度はセドリックが余裕の笑みを見せた。
「今朝の恨み、忘れてないぜ……治療は終わったけどな、まだてめえに殴られたところがうずくんだよ。竜だろうが姫だろうが、この僕に手をあげておいて、タダで済むと思うなよ?」
「……それはボクのセリフなんだよね」
ユスティーナがセドリックを睨みつけた。
一瞬、大気が震えた。
それほどの圧を感じて、セドリックは思わず、一歩、後ろに下がってしまう。
「キミがアルトをいじめていたんだよね? ボクの大好きなアルトを苦しめていたんだよね? それ……許さないよ」
冷たく、鋭く、刃のように言い放つ。
生物の頂点に立つ竜。
その中でも、さらに上に立つ竜種、バハムートが怒りに震えていた。
並の人間であれば失神してしまうか、恐慌状態に陥ってしまうだろう。
それほどの威圧感だった。
しかし、セドリックは学院では上位の成績を誇る優秀者だ。
怒るバハムートを目の前にしても、その場に留まり、相対するだけの胆力は持ち合わせていた。
「今すぐにボクたちの前から消えて、二度と姿を現さないっていうのなら、見逃してあげるけど?」
「はっ、そんなくだらねえ話を聞くとでも?」
「だよねえ……そんな殊勝な人なら、ボクを闇討ちしようとしないよねえ……でも、ボクに勝てるつもりでいるの? 今朝、あれだけの力の差を見せつけてあげたのに」
「普通なら勝てないだろうな。てめえは竜で、しかもバハムートと来た。僕のような見習い竜騎士が勝てる相手じゃねえ」
「ふぅん。ちゃんと自分と相手の戦力差を把握できているんだ? それなのに、どうしてこんなバカなことを考えたのかな?」
「そいつはな……コレがあるからだよ!」
セドリックは刀身に文字のような模様が描かれた短剣を取り出して、それを地面に突き刺した。
短剣を起点に光が広がり、ユスティーナを囲むように光の円が形成された。
さらにその内に魔法陣が浮かび上がり、光の粒子が湧き上がる。
「これは……!?」
「竜の力を封印する結界だ。どうだ、力が出せねえだろ?」
竜は人よりも澄んだ魂を持ち、高潔な精神をその胸に抱えているが……
全てが清らかな存在というわけではなくて、悪に身を堕とす個体も存在する。
そういった竜を捕らえるために開発されたのが、セドリックが使用した結界だ。
竜の力を大きく減衰させて、その能力に大きな制限をかける。
一方で人に与える影響は皆無。
なかなかの優れものだ。
もっとも、セドリックのように悪用するものが現れないとも限らないため、結界は厳重に保管されており、特定の者しか使用できないようになっているのだけど……
「くっ……どこでこれを!?」
「僕の家の力を甘く見たな。僕くらいの家になると、結界を持ち出すことくらい簡単なんだよ。僕の家に逆らうことの愚かさを、誰もが知っているからな!」
「つまり、これは……キミに協力した人がたくさんいる、と?」
「ああ、そうさ! てめえのような竜を疎ましく思うヤツはたくさんいるからな」
「それは誰のこと……?」
「さてな……そいつを教えてやる義理も義務もないし、そもそも、てめえは自分の心配をした方がいいぜ」
「くっ……!」
「この僕にあんなことをしたこと、心底後悔させてやるよ。犯して犯して犯して、それから殺して、もう一度犯してやるよ」
セドリックは腰の剣を抜いた。
地面に膝をついて、動くことができないユスティーナに歩み寄る。
「力はなくても、人並みに抵抗できるだろうからな。それは面倒だ。まずは手足を切り落としてやるよ。竜だから、それくらいじゃ死なねえだろ」
「キミという人は……!」
「それじゃあ……始めるぜ!」
セドリックは嗜虐心に満ちた笑みを顔中に貼り付けて、剣を振り上げた。
ユスティーナの手を狙い、一気に振り下ろして……
「ユスティーナ!!!」
ユスティーナをかばうように、影が躍り出た。
槍を手にして、セドリックの剣を受け止める。
その影は……アルトだった。
――――――――――
「アルト……? どうして、ここに……?」
ユスティーナの不思議そうな声が聞こえた。
セドリックと対峙して剣を受け止めているため、その顔は見えないが……
たぶん、ぽかんとしているのだろう。
初めてユスティーナを驚かすことができた。
こんな時だけど、ちょっとだけ、やってやった、という気分になる。
「あんな風に突然出ていかれて、気にしないわけがないだろう。学院に行って警備員の人に聞いてみたら、ユスティーナは来ていないって言われるし……あちこち探したんだからな」
「ボクのことは心配いらないって言ったのに……」
「さっきも言っただろ。ユスティーナは女の子なんだから、そんなことを言われても心配してしまうものなんだよ」
「アルト……えへへ、ありがとう」
さてと……
ひとまず、無事にユスティーナを見つけることができた。
しかし、このまま無事に帰れるかどうかわからない。
この間にも、俺とセドリックは剣と槍で力比べをしていて……
セドリックは俺という乱入者に一瞬、驚いた顔をしてみせるものの、すぐに愉悦に満ちた笑みを浮かべて、剣を押し込んできた。
「おいおいおい、誰かと思えばエステニアじゃないか。どうして愚図がこんなところにいるんだよ、なあ、おい? もしかして、僕の邪魔をするつもりか? なあなあ、そんなふざけたことをするつもりなのか?」
「当たり前だ! ユスティーナに手は出させない」
「ったく……今日一日、放置しただけでずいぶんと生意気になったなあ? お前のような愚図の落ちこぼれが、エリートで未来を約束されているこの僕に逆らうだと? ふざけるなよっ!!!」
セドリックの剣圧がさらに増した。
こちらの武器が訓練用の槍という問題もあるが……
それ以上に、悔しいが、俺とセドリックでは力の差があった。
どんどん押し込まれてしまう。
「そうだ、いいことを思いついたぞ」
「なに?」
競り合いを続けながら、セドリックが楽しそうに言葉を紡ぐ。
「エステニア……お前、その生意気な竜の小娘を犯せ」
「なっ!?」
「楽しい時間を過ごさせてやるよ。僕の言うことを聞け」
「貴様……正気か!?」
「なんだ、バレた時のことを心配しているのか? そんな心配はいらねえよ。僕の家をどこだと思っている? 五大貴族だぞ? 相手が竜の姫だろうがなんだろうが、証拠を隠滅するくらいわけないさ」
セドリックの性格なら本当に実行しかねないし……
五大貴族ほどの力を持つ家ならば、証拠隠滅もたやすいだろう。
「好かれているんだから、犯したって問題ないだろ? 僕って良いヤツだなあ、エステニアに良い思いをさせてやるなんて。ああ、そうそう。ヤル時は壊れるまで犯せよ。そいつが条件だ。僕はその小娘が壊れるところを、特等席で見物させてもらうぜ」
「……ふざけるなよ」
「あぁ?」
「ふざけるなと言ったんだ!!!」
マグマが噴火するように、猛烈な怒りが湧き上がる。
体中が熱い。
その熱をぶつけるように、セドリックの剣を押し返していく。
「ぐっ……なんだ、この力は!?」
「ユスティーナを傷つけるようなこと、するわけがないだろう!」
「僕に逆らうつもりか!? エステニアごときが!」
「逆らうさ! お前のようなヤツに言いなりになるのは……もう、懲り懲りだ!!!」
今までの弱い自分と決別して……
ありったけの勇気を振り絞り、セドリックと対峙する。
「ユスティーナは俺を守ってくれた。だから……今度は俺がユスティーナを守るっ!」
そう言葉にした瞬間、不思議と力が湧いてきた。
今までに感じたことのない力だ。
今ならなんでもできる!
槍を反転させて、柄でセドリックの剣を打ち払う。
剣を失い、セドリックが無防備になる。
続けて槍を回転させて、右から左へ薙ぎ払う。
「ぎゃうっ!?」
槍の柄がセドリックの脇腹を強く打つ。
セドリックは虫が潰れたような悲鳴をあげて、地面に転がる。
この瞬間……図らずも、俺は自分の手で恐怖の象徴を討ち倒すことに成功したのだった。
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