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89話 最後の悪あがき

「……ふぇ?」


 ユスティーナがきょとんとして、それから、間の抜けた声をこぼした。

 なにが起きたかわからない、という感じだ。


「む? むむむ?」


 ククルも似たような顔をしていた。

 頭の上にクエスチョンマークをいくつも浮かべている。


「ね、ねえ、アルト。うまくいった、って……え? どういうこと?」

「見ての通り、ノルンの体からヤツの魂を追い出すことに成功した、っていうことだ」


 地面に横になっているノルンの体を、そっと抱きかかえた。

 とても軽い。

 でも、温かい。

 魂がなくても、ちゃんと生きているという証拠だ。

 この温もりを感じることで、ようやくノルンを取り戻すことができたと実感をする。


「え? でも……え? なにをしたの?」

「自分は、エステニア殿が本気でヤツを殺そうとしたように見えましたが……」

「ああ、その通り。本気でやろうとした」

「それが、どうしてこのような結果に……?」

「簡単に言うと、ヤツは土壇場で命が惜しくなった、っていうことだ」


 ゼノはノルンの体を手に入れた。

 しかし、その状態で、致命傷を負えばどうなるか?


 当然、死ぬ。

 体に入っている魂も、肉体と一緒に消滅する。


 だから俺は、賭けに出た。

 ノルンの体に、本気で致命傷を与えるつもりで攻撃をした。

 そうすることでゼノを恐怖させて、ノルンの体から追い出そうとしたのだ。


 ああいう輩は、手前勝手な都合を口にして、自分勝手な正義を公言する。

 そんなヤツは、自己愛が強い。

 死にたくない、と思うはずだ。

 だから、いざ危険が迫れば、使命よりも自分を優先するに違いない。


 そう考えて、脅すことにした。

 結果……ゼノは、自らが消滅してしまうことを恐れて、ノルンの体から出ていった。

 ノルンの体から、異物となっている魂を追い出す方法がわからないのならば、向こうから自主的に出ていってもらえばいい。

 それが俺の策だ。


 危険な賭けであることに間違いはない。

 一歩間違えば、ノルンの体が傷ついていた。


 ただ、賭けに勝つという強い自信があった。

 ゼノから、セドリックに通じるものを感じたからだ。


 他者を愚かだと見下して、わかり合おうとしないで……

 そのくせ、自己保身だけは人一倍に強い。

 そんな匂いがしたから、きっとうまくいくと思っていた。


「ほぇー……アルト、そんなことまで考えていたんだね。すごいや」

「感服したであります。エステニア殿は腕が立つだけではなくて、頭の回転も早いのですね」


 なにはともあれ、ノルンの体を取り戻すことができた。

 あとは……


「ところでアルト……コレ、どうしようか?」


 ユスティーナはにっこりと極上の笑みを浮かべつつ、右手に握った光の球をこちらに差し出してきた。

 ゼノの魂だ。


 光の球は落ち着きなく、忙しなく動いている。

 ユスティーナの手から逃れようとしているらしいが、それは敵わない。

 がっちりと押さえつけられていた。


 ゼノの魂は声を出すことはできないが……

 助けてくれ、と言っているのが今にも聞こえてくるみたいだった。


「よくも、このようなことをしでかして、そして、自分たちを散々振り回してくれたですね。その罪、とても重いのであります」

「ヤッちゃう?」

「ヤルでありますか?」


 二人はとても悪い笑みを浮かべた。


 最初はどうなるかと、ヒヤヒヤする出会いではあったが……

 なんだかんだで気が合うみたいだ。


 いや、まあ。

 こんなことで気が合うというのは、とても複雑な気分ではあるが。


「個人的にどうこうしたいという気持ちはあるが、さすがに、そういうわけにはいかない」


 緊急性ややむを得ない事情がない限り、犯人を私刑にすることはできない。

 そんなことをすれば、法治国家としての機能が停止してしまう。


「そいつは、今回の事件の犯人として憲兵隊に突きだそう」

「まあ、アルトがそう言うのなら」

「わかりました。自分が責任を持って、話を通しておくのであります」

「頼む。それと、みんなは大丈夫だろうか?」

「いつつ……ああ、なんとか大丈夫だぜ」


 あちらこちらに傷を負ったグランたちが、ややフラフラとした様子で立ち上がる。

 自力で歩けるのならば、重傷というわけではなさそうだが……

 それなりの怪我を負っていることに変わりはない。

 心配だ。


「よくわからないけど……そいつが、今回の黒幕?」


 ジニーが、ユスティーナの手の中の光の球を見て、そう問いかけてきた。

 それに対する答えは……


「……黒幕の一人であることには、間違いないと思う」

「どういうことなのですか、アルトさま? その言い方では、他にも黒幕がいるような……」

「いや……イシュゼルド嬢。アルトの読みは正しいかもしれないね」

「そうだな。この場合、他にも黒幕がいる、って考えるのが妥当だな」

「ま、まさか、兄さんがそんな結論にたどり着くなんて……偽物?」

「うるせえよ!?」


 テオドールとグランが察しているように、ゼノ一人の単独犯とは思えない。


 大規模な施設。

 外法に関する研究。


 それらを全て一人で行っていたなんて、普通に考えてありえない。

 実行犯はゼノだろうが……

 その後ろに、援助をしていた、もう一人の黒幕がいるはずだ。


 そいつは……絶対に捕まえる!


「でもさ、コイツを問い詰めるにしても、素直に吐くかな? 往生際は、すごく悪そうだよ」

「自分も尋問に関わり、どのようなことをしても吐かせるのであります。これだけのことをしでかしておいて、逃れようなどと、そのようなことは許されないのであります」

「……それは困るなあ」


 突如、第三者の声が割り込んだ。

 慌てて周囲を見るが、俺たち以外の人の姿はない。


「彼は大事な同胞だ。そういうことをされると理解していたら、見逃すわけにはいかないね。ほら、よく物語であるだろう? 失敗した者には死をとか、役に立たない者は仲間じゃないとか。私たちは、そういう低俗な組織ではないからね。彼は取り返させてもらうよ」


 姿は見えないまま、声だけが響く。


 姿は、変わらずに見えない。

 気配も感じない。


 動揺する俺たちを嗤うように、声が続く。


「ただ、君たちを相手に、力づくで彼を取り戻すというのは、なかなかに骨が折れそうだ」

「……誰か知らないが、ならば、どうするつもりだ? 素直に引き下がるのか?」


 おそらく、相手はゼノの仲間であり、もう一人の黒幕だろう。

 ここで会話を途切れさせるのはまずいと思い、あえて相手の話に乗る。


「いいや、それはありえないな。言っただろう? 私たちは、同胞をとても大事にするんだよ」

「なら、どうする?」

「取引といこうじゃないか」

「取引だと?」

「彼を解放してくれないか? それが、こちらの望みだ」

「それに応える、こちらのメリットは?」

「私たちは、素直にこの街から手を引こう。そして、今後一切、この街で活動しないと約束しよう」


 俺の個人的な感想になるが……

 声の主はウソを言っていないように見えた。

 ゼノを取り戻すために、できる限りの譲歩をしているように思えた。


 しかし。


 ウソをついていないだけで、こちらと真摯に向き合っているとは、到底思えなかった。


「断る」

「……ほう。あっさりと決断するのだね。今後、引き起こされるであろう事件を考えたことはないのかな? 今後、出るであろう犠牲者のことを考えたことはないのかな? それは、本当に正しい決断なのかな?」

「当たり前だ」


 俺は胸を張って、堂々と言う。


「テロリストの要求に従うなんてバカなこと、認められるわけがないだろう。そんなことをすれば、お前たちはつけあがるだけだ」

「平和的に解決しようとしたのだけどね」

「暴力を取引材料にするヤツが平和を語るな」

「……ふむ」

「第一、お前は本音は口にしていない。この街で活動しないと言うが、それは、このコルシア限定の話だろう? 他の街では、今まで通りに活動するという意味だろう? そんな言葉遊びをして、真摯に向き合っていないのはどっちだ」

「……くっ、ははは」


 楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 子供のように無邪気なものだけど……

 しかし、子供特有の残酷な感情が見え隠れしている。


「君は賢いな。とても頭の回転が速い。敵ではあるが、敬意を払うほどだ」

「敵と認定したか」

「ああ、そうだ。君は……君たちは敵だね」


 声しか聞こえてこないのだけど、強烈な敵意を感じる。

 敵意が実体を持って絡みついてくるようだ。


 ゼノと同じくらい……いや。

 それ以上に厄介な相手かもしれない。


「残念ながら私はその場にいないため、すぐにどうこうということはできないが……無事にこの街を出られると思わない方がいい」

「その台詞……」

「そっくりそのまま返しますわ!」


 ユスティーナとアレクシアが吠えた。

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こちらも読んでもらえたら嬉しいです。

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