87話 ノルンの魂
ふわふわ。
ふわふわ。
薄暗い施設内に、大きな光の球が浮いていた。
その大きさは30センチメートルほど。
扉の開閉などで発生する、わずかなそよ風に流されるように、ゆらりゆらりと動いている。
その光の正体は……ノルンだ。
(あう?)
声は出ない。
できることといえば、魂を震わせるような感じで、思念を飛ばすだけだ。
しかし、それに誰かが気づいてくれるということはない。
誰もいないのだから、当たり前の話ではあるが。
光の球……魂だけとなっているノルンは、自分になにが起きたのか理解していなかった。
誘拐されて……
同じく誘拐された子供たちを見つけて……
助けようとしたら、妙な男に妙な技を食らった。
そして目が覚めたら、こんな状態になっていた。
なんでだろう?
不思議に思いながらも、ノルンの魂はふわふわと移動した。
(あぅー)
しばらく移動してみたものの、なにも見つからない。
一緒にいた子供たちはどこへ行ったのだろう?
というか、そもそも、ここはどこなのだろう?
早く宿に帰らないと。
アルトに心配をかけてしまう。
というか、アルトに会いたい。
(うぅ……)
ノルンは急に寂しくなり、泣きたい気持ちになった。
アルトの傍にいないと落ち着かない。
アルトの顔を見ていないと寂しい。
そんな気持ちで心がいっぱいになり、情緒不安定になる。
本来ならば……
魂だけという状態は、ありとあらゆる生き物の心に大きな影響を与える。
なにしろ、普段、当たり前のように存在する体がないのだ。
魂だけという状態は、あまりにも不安定なのだ。
普通ならば混乱してしまい、まともな思考ができなくなってしまう。
最悪、自身の状況を理解することができず、発狂してしまう。
そんな状況ではあるが、ノルンは泣きそうになるくらいで留まっていた。
彼女が竜ということもあるが……
それ以上に、その魂が純粋というおかげでもあるのだろう。
ノルンの魂は不安定ながらも、壊れることなく、ふわふわと移動を繰り返した。
(……あぅ?)
ある程度移動したところで、光が見えてきた。
外だ。
ノルンはふわふわと移動して、外に出た。
眩しい太陽の光。
穏やかな風。
大地の匂い。
それらがノルンの魂を落ち着けてくれる。
ただ、これからどうすればいいのか?
そのことがわからず、ノルンの魂は戸惑いを覚えた。
そもそも、なぜこんなことになっているのか?
それすらも理解できない状況だ。
再び不安に襲われる。
さすがのノルンも、恐怖に負けてしまい、不安に襲われてしまい、どうにかなってしまいそうだった。
そんな時だった。
(あぅ?)
少し離れたところから、なにから激しい音が聞こえてきた。
戦闘の音だ。
こんなところにまで響くような、大きな音が聞こえる。
それだけではない。
懐かしい、とても大好きな声も、わずかに聞こえた。
(あう!)
アルトだ。
そう判断したノルンは、音がする方に一気に移動した。
さきほどまでの不安はどこへやら。
途端に元気になり、勢いよく飛ぶ。
こんなこと、普通はできないのだけど……
そこは竜。
魂も規格外なのだろう。
ノルンは一生懸命に飛んだ。
魂だけという初めての経験にも負けず、ふわふわと飛んだ。
そして、目的地にたどり着いた。
ユスティーナがいた。グランがいた。ジニーがいた。アレクシアがいた。テオドールがいた。
そして……アルトがいた。
(あうっ! あうあうっ!)
ノルンはおもいきり叫んだ。
しかし、魂だけの状態なので、当然、声は出ない。
それでも、止められない。
体が、心が勝手に動いてしまう。
何度も何度もアルトのことを呼んだ。
(あぅ……)
しかし、アルトは気づいてくれない。
というか、そもそも、誰かと戦っていた。
戦闘中だった。
それなら仕方ないと思い、ノルンは相手を見た。
そして、混乱する。
アルトが戦っているのは……自分だった。
よくわからない。
いや。
なにが起きているのか、さっぱりわからない。
ノルンは心の中で、???とハテナマークを連打した。
ただ……
何者かが自分の体を勝手に使い、こともあろうに、アルトを傷つけようとしていることは理解できた。
そう理解した瞬間、ものすごい怒りがこみ上げてきた。
自分だけならいざしらず、アルトを傷つけようとするなんて。
許せない。
許せない。
許せない。
ノルンの怒りに反応して、魂の輝きが強くなっていく。
そして、それは限界に達して……
「あうっ!!!」
ノルンの魂は、自分の体に向けて一気に駆け出した。
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