86話 あと一手が足りない
「このぉおおおっ!」
「はははっ!」
ユスティーナとゼノが真正面から激突した。
一方は、バハムート。
一方は、エンシェントドラゴン。
人に変身しているとはいえ、その力は絶大だ。
二人が激突したことで、周囲に衝撃波が広がる。
草木が吹き飛び、放置されていたボロボロの家が吹き飛ぶ。
まるで、荒れ狂う嵐の中にいるみたいだ。
気を抜くと、俺も吹き飛ばされてしまう。
「エルトセルクさん、そのまま押さえていてくださいであります!」
ククルが横から回り込み、巨大な剣の腹でゼノを殴りつけた。
しかし、わずかに遅く、拳でガードされてしまう。
それでも諦めることなく、ククルはさらに連撃を叩き込む。
右から左へ薙ぐ。
次いで、下から上へ跳ね上げる。
最後に、斜め下から斜め上に刈り取る。
見惚れてしまうような、綺麗な連撃だ。
威力も申し分ない。
俺が受けていたとしたら、2つ目の連撃でアウトだろう。
しかし、そんな攻撃もゼノには通じない。
正確に言うと、ノルンの体を奪ったゼノには通じない。
ゼノは全ての攻撃を避けて、あるいは拳で受け止めて、やり過ごした。
ただ、時折、危うい場面があった。
反応が速すぎるというか……
ククルの攻撃に対して、はるか先に防御をしてしまうというような、チグハグな行動を見せていた。
おそらく、まだノルンの体を扱いきれていないのだろう。
人が竜の体を手にしたらどうなるか?
その強大な力をうまく扱うことができず、振り回されてしまうだろう。
ゼノは戦闘のセンスがあるらしく、わりとうまくノルンの体を扱っているみたいだが……
それでも、どうしようもない部分はあるらしく、いまいち、戦い方がなっていない。
ただ、それはこちらにとっての朗報というわけではない。
ゼノを倒すことが目的なら構わないのかもしれないが、こちらの目的は、ノルンの体を取り戻すことにある。
倒してしまっては意味がない。
理想としては、動けないように制圧することなのだけど……
「くっ……なかなかにきついでありますね!」
「あーもうっ、ノルンの体を好き勝手に使ってくれちゃって!」
ククルとユスティーナが焦れったそうにしつつ、ゼノを睨みつけた。
まだ余力が感じられる。
というか、二人共、まだ本気ではないのだろう。
ノルンを傷つけるわけにはいかず、手加減をしているはずだ。
しかし、そのせいでゼノが暴れることを許してしまい……
かといって、本気を出してノルンの体を傷つけるわけにもいかず……
悔しいほどに、悪循環に陥っていた。
「アルト! これ、ちょっとまずいかも」
「敵は、自分たちが全力を出せないことを見抜いているのであります!」
「わかっている。しかも、この状況を利用して、ノルンの体に慣れようとしているな」
時間が経てば経つほど、ゼノの動きが鋭くなってきていた。
ノルンの体に慣れてきているのだろう。
このまま動きがスマートになり……
完全にノルンの体を使いこなしたら厄介だ。
その時は、ユスティーナとククルも本気を出さざるをえないかもしれない。
そうなればノルンは……
「どうしよう、アルト!?」
「どうするでありますか、エステニア殿!?」
「……」
考えて……
決断する。
「……仕方ない。多少、強引になるかもしれないが、一気に勝負を決める」
「しかし、彼女は大丈夫なのでありますか?」
「うーん……ノルンなら、たぶん、平気だよ。ボクと同じ竜で、しかも、エンシェントドラゴンだからね。滅多なことはないと思う。ただ、痛い思いはしちゃうだろうけど」
「それは……むぅ、仕方ないでありますか」
「できることなら、仕方ないで片付けたくない。だが、このまま放置するわけにはいかないし……ノルンの体で好き勝手に暴れられて、なにかしら被害でも出たら、ノルンが責められることになるかもしれない。それは避けないといけない」
「そうなる前に、ボクたちの手でなんとかする、っていうわけだね?」
「そのために、多少、手荒な方法も……わかったのであります! 自分も、全力で協力いたします!」
「助かる」
なるべく手荒なことはしたくないと伏せていたが……
もう迷っているヒマはない。
そう判断して、伏せておいた作戦を二人に話した。
「なるほど、それならば……」
「さすがアルト! よくそんなことを思いつくね」
「二人共、いけそうか?」
二人は同時に、力強く頷いた。
とても頼りになる。
俺一人でできることなんて、たかがしれている。
だから、今は頼りにさせてもらおう。
「いくぞ!」
まず最初に俺が駆けた。
槍を構えて、ゼノに向かい突撃する。
「ただの人間が、竜の体を得た僕に勝てると思っているのですか? だとしたら、おもしろい冗談ですね。はははっ」
「……お前、竜の排斥を謳うカルト集団の一員だな?」
「なっ」
ゼノの高笑いを無視して、こちらの推測をぶつけてやる。
図星だったらしく、ゼノのにやけた笑みが凍りついた。
動揺を誘うことに成功して、その動きが鈍くなる。
その隙を見逃すことはしないで、槍による乱打を見舞う。
手加減しないといけないため、矛先で突くようなことはできない。
柄などで殴りつけるだけだ。
それでも今のゼノには通じるらしく、苦い顔をして、こちらの攻撃を防いでいた。
反撃に移る間はないらしい。
「君は、どこでそのことを……?」
「確証はない」
ただ、以前に出会ったカルト集団の男とゼノは、よく似ていると思ったのだ。
竜に対して、強い執着を持つこと。
他者を傷つけることを、まるでいとわないこと。
己がひたすらに正しいと信じていること。
ここまで類似点があれば、誰でも、おや? と思う。
なので、確認をするために……それと、動揺を誘うためにカマをかけてみた、というわけだ。
結果は、見事に成功。
こちらはまだ確信を抱いていないのに、ゼノの失敗で、その正体が明らかになった。
「なぜこんなことをする?」
「決まっています、竜を排除するためです!」
「……そのために、ノルンの体を?」
「ええ、その通りですよ。この体があれば、僕たちの望みを叶えることは簡単だ。しかも、途中で犯した罪は、全て竜のものとなる。竜はいてはならない存在、共存などできるわけがないと、人々は目を覚ますでしょう! はははっ」
自分に酔ったような感じで、ゼノは高らかに笑う。
相変わらず、このカルト集団は人の話を聞かない。
ただ、それこそが狙いでもある。
「「このぉおおおおおっ!!!!!」」
「なっ!?」
自信の話に酔っていたゼノは、左右から一気に距離を詰めてくるユスティーナとククルに気がつくのが遅れた。
人は、己が気分よく話している時ほど、周囲に対する警戒が弱くなるものだ。
だからこそ、二人の突撃を許すことになった。
俺がゼノと話をして、ヤツの注意を逸らす。
その間に、ユスティーナとククルが一気に接近して、決着をつける。
これが俺の考えた作戦だ。
シンプルではあるが、それ故に対抗するのは難しい。
また、一度ハマれば多大な効果を出すことができる。
「貴様っ……!」
「終わりだ」
俺はゼノに一撃を浴びせつつ、二人の邪魔にならないように後ろに跳んだ。
直後、左右から駆けてきたユスティーナとククルが、ゼノと激突する。
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