85話 戦闘開始
「これは……?」
人がいるところまであと少しというところで、ゼノは足を止めた。
竜の体を得たおかげで、感覚が研ぎ澄まされている。
まるで天高くから地面を見下ろしているような、そのような感じで周囲の様子を鋭敏に感じ取ることができた。
「僕を追いかけているのですか?」
ゼノに迫る気配が7つ、あった。
かなりの速度でゼノに迫っている。
迷うことなく、一直線に近づいてきているため、なにかの偶然ということは考えづらいだろう。
明らかにゼノを標的としている動きだった。
「あの男と竜……? 仲間がいるとは聞いていましたが……失敗しましたね。詳細な人数までは聞いていませんでした」
子供たちを斬り捨てたか、あるいは、動きを封じたか。
仲間たちと協力することで、場を切り抜けたのだろう。
そこまでは、ゼノも納得できた。
しかし、解せないのは、なぜこちらの位置がわかるのか、ということだ。
子供たちをエサとすることで、ゼノは、アルトたちを完全に撒いていた。
無論、この体は竜のものであり、ユスティーナならば、なにかしらの方法を使って位置を突き止めることはできるかもしれない。
ただ、それにしては早すぎる。
実験場を後にして、まだ三十分も経っていない。
いったい、どのような手品を使ったのか?
「……考えるのは後にしますか。ひとまず、先にこの体の性能テストをすることができてよかった、と思うことにしましょう」
アルトたちを迎え撃つために、ゼノは足を止めて反転した。
――――――――――
「ほへー」
「どうしたんだ、ユスティーナ?」
走りつつ、ユスティーナが奇妙な声をこぼしていた。
気になって顔を向けると、ユスティーナはじっとこちらを見ていた。
「よくこんな方法を思いつくなあ、って感心していたの」
「別に大した方法じゃないだろう」
「いや、そんなことはないと思うよ。こうなることを想定するなんて、なかなかできることじゃないと思うし」
ゼノを追うために俺が考えた作戦は、至ってシンプルなものだ。
俺たちが潜入の際に使用した魔道具を、あのどさくさに紛れて、こっそりとゼノに持たせておいた。
それだけだ。
あとは、グランたちが持つ、もう一方の魔道具を起動すれば、ゼノの居場所がわかるという仕組みだ。
少し顔を合わせただけではあるが、ゼノは他者を見下す傾向があるように思えた。
だからこそ、自分が罠をしかけられているなんて、思ってもいないだろう。
全ては油断からくるものだ。
「アルトさま、見えました!」
アレクシアが強い口調で言う。
その言葉に引っ張られるように、視線を前に向けた。
人気のない広場が見えた。
元々は住宅地だったらしく、いくつか家が並んでいた。
ただ、すでに廃棄された土地らしく、人が住んでいる様子はない。
代わりに宿などが作られる予定らしく、いくつかの資材が置かれている。
そんな広場の中央に、ゼノがいた。
ノルンの姿をして、しかし、ノルンは絶対に浮かべないような笑顔で。
待っていたと言うように、俺たちの姿を認めると、一礼する。
「よく僕の居場所がわかりましたね。どのような手品を?」
「ノルンの体から今すぐに出ていけ」
答える必要はないと、言外にそう告げてやる。
やれやれと、ゼノはあからさまにため息をこぼしてみせた。
「まったく、会話を楽しむこともないなんて。これだから、竜と一緒にいるような人間は」
その台詞に引っかかるものを覚えつつも、今は無用な言葉は口にしない。
槍を構えた。
ユスティーナも拳を構えて、ククルも剣を抜いた。
それと、他のみんなもそれぞれに武器を手にする。
「もう一度言うぞ? 今すぐに、ノルンの体を返せ」
「断ると言えば?」
「力づくで返してもらう」
「くっ……ははは! おもしろい、竜の力を知る君が、竜の体を持つ僕に挑むというのですか。傑作だ!」
ゼノが構えて……
「さあ、やりましょうか!」
戦闘が開始された。
――――――――――
「うおっ!?」
「きゃあっ!?
グランとジニーは、左右から挟み込むようにゼノに攻撃をしかけるが、剣はなにもないところを薙いだ。
それだけではなくて、痛烈なカウンターを食らった。
それぞれに悲鳴をあげて、吹き飛んでしまう。
「ぐっ……くそ!」
「こんな、ことくらいでぇ……!」
二人はすぐに体勢を立て直そうとするが、体が自由に動かなかった。
たったの一撃。
それだけなのに、かなりのダメージを受けていた。
骨折などという重傷ではないものの、すぐに動くことはできない。
グランとジニーは、もう少し戦えるだろうと考えていた。
それだけの自信はあった。
カルト集団との戦い、操られたノルンとテオドールとの戦い。
二つの激戦を経験したことで、力を得たと思っていた。
ユスティーナほどではないにしろ、それなりに強くなっただろうと思っていた。
しかし、それは勘違いだった。
今、目の前にある現実が全てだった。
「くっ、なんていう力だ……!」
「こんなところで……!」
テオドールとアレクシアも苦戦して、それぞれに怪我を負い、戦線離脱を余儀なくされてしまう。
彼ら、彼女らは、決して弱くない。
むしろ、正規の竜騎士に近い力を持っていると言える。
しかし、それでは。
それだけでは届かない領域というものがある。
相手が人間ならば問題ない。
魔物だとしても、問題はないだろう。
ただ、竜を相手にした場合、難しいと言わざるをえない。
竜は地上最強の生物であり……
基本的に、どんな者であれ太刀打ちできることはない。
ゼノと互角に戦えているのは、同じ竜であるユスティーナと、神の加護を授かる聖騎士であるククルだ。
そして、もう一人。
「アルトさま……すごいです」
アルトだけは脱落することなく、ゼノに食らいついていた。
竜でもなくて、聖騎士でもなくて。
ただの人間。
そのはずなのに、未だ倒れることなく、槍を振るい続けていた。
さすがに無傷というわけにはいかない。
ゼノと激突する度に、体のあちらこちらが傷ついていく。
しかし、致命傷は避けていた。
細かな傷は仕方ないと割り切り、果敢に攻撃を繰り返していた。
その勇姿を見たアレクシアは、アルトに見惚れた。
想いが今まで以上に強くなるのを感じる。
同時に、悔しさを覚えた。
「どうして、私は……」
こんなにも弱いのだろう?
アルトの隣に立つことさえできず、早々に戦線離脱してしまった。
情けない。
悔しい。
もっと強くなりたいと……アレクシアは、強く思った。
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