82話 おぞましい目的
「よかった! ノルン、無事だったんだね」
ユスティーナが笑顔になる。
ちょくちょく嫉妬したりもするが、やはり同じ竜同士、心配していたのだろう。
怪我はないだろうか?
ひどい目に遭っていないだろうか?
そんな心配をするように、ユスティーナはノルンのところへ……
「待った、ユスティーナ!」
「え?」
それを確認して、俺は慌ててユスティーナを手で止めた。
「どうしたの、アルト?」
「……なにかおかしい」
ノルンは声を発することなく、表情を変えることなく、じっとこちらを見ていた。
どこか人形のような印象を受ける。
自分で言うのもなんだが、俺はノルンに好かれている。
俺を見つけると、どんな時でも、ノルンは笑顔を見せて、うれしそうに抱きついてくる。
それくらいに好かれているのだけど……
今のノルンからは、俺に対する感情がなにも感じられない。
人形みたいというか、意思が消えているというか……
空っぽだ。
いったい、なにが起きた?
「……やれやれ」
不意にノルンが口を開いた。
その声はノルンのものだけど、しかし、ノルンのものとは思えない悪意に満ちていた。
表情も不自然で、歪んだ笑みを浮かべる。
その違和感にユスティーナも気づいたらしく、厳しい顔になる。
「あなたたちは厄介だ。できることなら不意打ちをして、一気に倒してしまいたいところだったのですが、こうも早くに失敗してしまうとは。やはり、侮れませんね」
「君……ノルンじゃないね? 誰!?」
「さあ、誰だと思いますか?」
「まさか……お前、ゼノか?」
床に倒れているはずの男の名前を口にすると、ノルンがニヤリと唇の端を大きく吊り上げた。
「正解です」
ノルンの姿で、ノルンらしからぬ顔をして、歪に笑う。
「こうも早く見抜かれるなんて……さすが、と言っておきましょう。そういえば、どこで僕の名前を? ……ああ、身体検査をしたんですね。納得です」
「なんで君がノルンの格好をしているの!? 本物のノルンはどこ!?」
「僕が本物であり、しかし、本物ではない……という回答になりますね」
「なにをわけのわからないことを……もうっ、頭に来たよ! ノルンを侮辱するっていうなら、今度こそ、痛い目に遭ってもらうからね」
「ユスティーナ、待った。あれは……ノルンだ」
「アルト?」
「もちろん、中身は違うが……あの体は、確かにノルンのものだ」
一緒に過ごすようになって、まだそれほどの時間は経っていない。
それでも、中身が違うとすぐに見分けられたように。
ここにいるノルンの体が本物なのかそうでないか、すぐにわかった。
ここにいるノルンの中身は別物だ。
しかし、その体は、確かに本物だ。
そのことから考えられる事実は、ただ一つ。
「おそらくだが……ゼノは自分の魂をノルンの体の中に入れたんだ」
「えっ!?」
ユスティーナは驚きの声をあげて、一度、こちらを見て……それから、再びノルンを見た。
そのままじっと、睨みつけるような勢いでノルンを凝視する。
「……確かに、言われてみれば。中身はノルンとはまったくの別物だけど、体はノルンのものだね。中身が……魂が入れ替わったとしか思えない」
子供たちを誘拐していた犯人であろうゼノは、外法に手を染めていた。
魂を抜き取るという実験を行っていた。
その目的は、まだ不明ではあるが……
ノルンの体から魂を抜き取り、代わりに自分の霊を収めるという信じがたいことも、やってやれないことはないだろう。
「この体は実に良いですね。竜というのがたまらなく不本意でありますが……しかし、その不満点を補って余りあるほどに、強烈な力を秘めています」
「まさか……お前、それが目的だったのか!?」
「アルト、なにかわかったの?」
「おそらくだが、こいつの目的は……外法を使い、他人の体を乗っ取ること」
外法というのは、当たり前ではあるが、国が使用を禁じている。
それ故に、使い手が少なく、なかなか発展しない。
ゼノが使用している、魂を抜き取るという外法も、それなりに扱いが難しいはずだ。
普通の人が、最初から自由自在に使うことなんてできない。
だから、ゼノは子供たちを誘拐した。
外法に対する理解を深めて、その精度を高めるために、子供たちを使い実験をした。
今回の誘拐事件の真相は、そんなところだろう。
「すばらしい推理ですね。正解と言っておきましょう」
こちらの考えを口にすると、ゼノはあっさりと認めた。
魂を無事に移植することができた……すなわち、外法が完成したのだから、隠しておくことはないということか。
「そんなことのために子供たちを……こいつ、サイテーだよ」
「最低? なぜ? 勘違いしてもらっては困りますね。これは、大義のためなのです。多少の犠牲はやむを得ない……いや、むしろ、僕たちの力になれることを、子供たちは喜ぶべきなのですよ」
「……ねえ、アルト。こいつ、ヤッてもいい?」
「気持ちはわからないでもないが、ダメだ。今はノルンの体に入っているし、それに、色々と聞きたいこともある」
「うぅ……すっごい頭に来る」
気持ちはユスティーナと同じだけど、ここで短気を起こすわけにはいかない。
ノルンと子供たちの命がかかっているんだ。
ただ……こいつ、気になることを言ったな?
『僕たち』と口にした。
仲間がいるのか? あるいは、支援者……どちらにしても、厄介なことに変わりない。
こいつは、ここで絶対に捕まえる。
そして、どんなことをしても、魂を元に戻す方法を吐かせる。
どんなことをしても……だ。
「さて……では、僕は失礼させてもらいますね。実験もうまくいき、目的も達成することができた。もうここにいる必要はありません」
目的を達成した?
こいつ、ノルンの体を乗っ取ることを、最初から狙っていた?
「子供たちの抜け殻は適当に好きにしてください」
「ちょっと、ノルンはどうしたの!?」
「あの竜は、魂だけとはいえ、まだ利用価値はありますからね。僕が持っていくことにします。ふふ……綺麗な花火を打ち上げることにしましょう。それをもって、この愚かな国を浄化してさしあげます」
「逃げられると思っているのか?」
俺は槍を、ユスティーナは拳を構えた。
多少、荒くなってしまったとしても、ここでこいつを逃がすわけにはいかない。
ノルンの体を傷つけてしまうかもしれないが……
その時は、後で甘いものをごちそうして、許してもらおう。
「ふむ。そちらこそ、竜の体を得た僕を止められるとでも?」
「ボクも竜なんだけど?」
「もちろん、竜の王女への対策はありますよ」
ゼノは指をパチンと鳴らした。
その音に反応するように、大勢の足音が近づいてくる。
まさか……と、思わず冷や汗をかいてしまう。
予想が外れてほしい。
そう願うけれど、悪い予感ほど的中するものだ。
魂を抜き取られて、ゾンビのように変貌している子供たちが姿を見せた。
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