81話 罠
「くっ……!」
男は全速力で施設内を駆けて、10分ほどで目的の部屋に辿り着いた。
小さな部屋に、無数のガラスの瓶。
その中には光の球体……魂が収められている。
「変わった様子は……ありませんね?」
はて? と男は首を傾げた。
侵入者の知らせを受けたのに、侵入者どころか、虫の一匹もいない。
もう逃げた後なのだろうか?
それとも、魔道具の誤検知なのだろうか?
不思議に思いつつも、とにかく、男は部屋に入り、侵入者の痕跡を探る。
「これは……」
光の球体が収められたガラスの瓶の配置がおかしいことに気がついた。
ガラスの瓶を棚に収めたのは、他でもない男だ。
だからこそわかる。
万が一のことを考えて、ガラス瓶の配置は詳細に、全てを覚えていたのだから。
「まったく、侵入者がこの部屋に……忌々しい。まあ、全ての魂は問題ないようだから、その点については安心できますね」
安堵の吐息をこぼしかけた、その時だった。
背後に人の気配を覚えて、反射的に振り返る。
しかし、向こうの方が早い。
「ぐっ!?」
顔に衝撃が走り、一瞬遅れて、ビリビリとした痛みが広がる。
そのまま後ろに吹き飛ばされて、男は床の上に倒れた。
そんな男の動きを封じるように、アルトとユスティーナが現れて、彼を拘束した。
――――――――――――
「抵抗するな。するのならば、容赦はしない」
倒れた男の眼前に槍の矛先を突きつけた。
さらにユスティーナが、男が身動きできないように、胸元を踏みつけた。
もちろん、そのまま踏み潰さないように加減はしている。
「君たちは……例の竜騎士見習いと神竜か。ちっ、まさかこんなところにまで潜り込んでいるなんて」
俺たちのことを知っている?
俺は、ここ最近で勲章を二つ、もらっている。
ユスティーナは神竜なので、その知名度は抜群だ。
知っている人がいてもおかしくはないが……しかし、このタイミングというのが気になる。
偶然ではなくて、以前からマークしていたのではないか?
ひとまず、今は疑問は放置しておこう。
気になることは山ほどあるが、それよりも、やらなくてはいけないことがある。
「お前が、子供たちの魂を抜き取り、この部屋に保管した。あるいは、その外法に関わっている。間違いないな?」
「なぜ、そう思うのですか?」
「この部屋にやってきたからだよ」
さきほど、俺はわざと警報装置を鳴らした。
そうすることで、この部屋に出入りしている者が慌てて駆けつけてくるだろう、と予想したのだ。
魂を扱っているし、警報装置も点けているのだから、誰にでも解放しているわけじゃないだろう。
限られた一部の者しか利用していないはずだ。
故に、ここに現れたこの男は、関係者と判断する。
そう説明してやると、男は苦々しい笑みを浮かべた。
「やれやれ……神竜ばかりに気を取られていましたが、あなたの方が厄介なのかもしれませんね」
「次はこちらの質問に答えてもらおうか。魂を抜き取る……その外法に手を染めているのは、お前か? それとも、お前の関係者か? 答えろ」
「ええ、僕ですよ。僕が外法を使い、魂を収集していたのです」
「やけにあっさりと話すんだな?」
「この状態では、勝ち目はありませんからね。ある程度は、素直になるのが普通だと思いませんか?」
男は降参すると言うように、自由に動く両手を頭の上にやる。
しかし、そんな態度とは裏腹に、その目はまったく笑っていない。
隙あれば噛みついてくる、猛獣のような鋭さを宿していた。
このまま終わるとは思えない。
なにか企んでいるに違いない。
いっそのこと、尋問は後にして、こいつを憲兵隊に突き出すという手を考えるが……
いや、やはりそれはダメだ。
魂が肉体を離れていることで、どんな影響があるかわからない。
できるだけ早く、子供たちを元に戻さないと。
そのために、今ここで、こいつから情報を引き出す必要がある。
「余計なことは口にせず、こちらの質問だけに答えろ」
「ええ、なんなりとどうぞ」
「子供たちの魂を抜き取ったな? それを元に戻す方法は?」
「そのような方法はありませんよ」
「なら考えろ」
男の切り返しに動揺することなく、即座に圧を叩きつけた。
「お前は外法に詳しいんだろう? 魂を元に戻す方法を、今すぐに考えろ。でなければ、どうなるか……わかるな?」
槍を前に押し出して、切っ先をわずかに男の首に触れさせる。
刃が皮を裂いて、わずかに血が流れた。
「やれやれ……獣のように、恐ろしい人ですね。知らないと言った場合、普通は、そんなことはないとかウソをつくなとか、相手の言葉を否定するものですよ? しかし、あなたは違う。僕の言葉を受け入れた上で、すぐに打開策を打ち出した。本当に、まったく……厄介な人だ」
「褒め言葉と受け取っておこう」
余計な言葉はいらない、こちらが求めるものだけを口にしろ。
そういうことを教えるように、男を睨みつけた。
この男、頭は良いように思える。
こちらの要求をすぐに理解して、動くことができるはずだ。
「……わかりました。あなたの要求に従いましょう。本当にできるかどうか、それは確たることは言えませんが、魂を元に戻す方法を考えましょう」
意外というべきか、男は素直にこちらの要求に従った。
いや、従うフリを見せているだけかもしれない。
油断はできない。
「動けるようにしてくれませんか? こんな状態では、きちんとものを考えることができません」
「……いや、ダメだ。お前が本当に降参しているのか、まだわからない。考えるだけなら、このままでも問題はないだろう? 実際に魂を元に戻す時は解放する」
「やれやれ、用心深い人ですね……しかし、もう手遅れですよ」
「アルト! そいつを気絶させてっ」
ユスティーナの言葉を受けて、俺は槍の背で男を殴りつけようとした。
しかし、それよりも男の方が早い。
男は自由に動く手を使い、パチンと指を鳴らす。
俺とユスティーナは反射的に後ろに跳んで、男と距離を取る。
今、なにをしたのか?
わからないが、警戒しなければいけない。
しかし……
「……あれ? こいつ、気絶してる?」
「みたい……だな。なにかしてくると思ったが、意識を失うなんて……どういうことだ?」
男は意識を失っている様子で、力なく床の上に寝ていた。
秘密を守るために自殺、というわけでもなくて、きちんと息をしているのがわかる。
「死んだフリをして、やり過ごそうとしているのかな?」
「まさか」
笑いたいところだが、男のことをまるで知らないために、完全に否定することができない。
この男、なにを目的として、どんな行動に出たんだ?
「とにかく、調べてみようか。危険はないみたいだし、このまま様子を見てても仕方ないよ」
「そうだな……わかった、そうしよう。でも、万が一を警戒して、注意しておいてほしい」
「もう、アルトは心配性だなあ」
「ユスティーナに危険が及ぶかもしれないんだ。心配性にもなる」
「はぅ……そんなうれしいこと言われたら、ボク、別の意味でどうにかなっちゃいそう」
うれしそうに笑顔になるユスティーナと一緒に、男のことを調べた。
なにか持っていないかと身体検査をしてみると、手帳を見つけて、男の名前がゼノ・シュトルヴァーということが判明した。
「アルト、これ!」
「これは……」
ユスティーナが、男のポケットに小さなメダルが入っているのを見つけた。
二匹の蛇が絡み合っている様子が描かれている。
どこかで見たことがある。
そう、これは……
「……思い出した。いつかのカルト集団が身につけていたローブに、同じような模様が描かれていた」
「うん、それで間違いないと思うよ。ボクも同じ記憶があるもん」
「ということは、こいつは、カルト集団の生き残り……? あるいは、親しいところにある者なのか……?」
あれこれと考えていると、背後で物音がした。
槍を構えつつ振り返ると……
「ノルン!?」
どこか虚ろな目をしたノルンの姿があった。
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