8話 同棲
一日の授業が終わり、放課後が訪れた。
今日は波乱万丈の一日だった。
ユスティーナが転入して、俺に一目惚れをしたと宣言して……
クラスメイトになり、セドリックが瞬殺されて……
相当に濃密な時間を過ごした。
学院に入学して一ヶ月と少し経ったけれど……
間違いなく、今日が一番濃い時間であったと断言できる。
しかし、騒動の時間はまだ終わっていない。
まだまだ続いていたのだった。
――――――――――
寮の部屋に戻る。
「ただいま」
「うん、おかえりなさい♪」
なぜかユスティーナが一緒についてきて……
なぜかそんなセリフを口にした。
「あれ? どうしたの? もしかして、ボクがただいま、って言った方がよかった? アルトは、おかえりなさい、って出迎えたい派?」
「なんの話だ?」
それよりも……
「どうして、ユスティーナがここに? それと、その荷物は?」
ユスティーナの隣に、自分と同じくらいの巨大な鞄が置かれていた。
「ボクの荷物だよ」
「なんでここに?」
「もちろん、ボクがアルトと同じ部屋だからだよ」
「……待て。言っていることが理解できない」
答えのない問題を出されたように、混乱してしまう。
「どういうことなんだ? 寮は一人部屋のはずなんだが……」
「ボク、遅れて入学したでしょ? そのせいか、空き部屋がないんだって。だから、誰かと同室にならないといけないんだけど……」
「……俺の部屋を選んだ?」
「正解♪」
当たってほしくなかった……
「というわけで、これから、部屋でもよろしくね」
「いや、ダメだろ」
「えー、なんでー。アルトは喜んでくれないの? ボクは、学院だけじゃなくて寮でもアルトと一緒になれて、すごくうれしいよ」
「俺たちは男と女であって、同じ部屋で暮らすなんてこと……」
「うん、同棲だね」
「うれしそうに言わないでくれ……本気か?」
「もちろん!」
とても元気よく頷かれてしまった。
最初出会った頃は、まったくわからなかったけど……
今日一日、色々と話すことで、多少はユスティーナのことを理解した。
彼女はとても強引で、目的のためには手段を選ばないところがあり……
もう一度繰り返すことになるが、とにかく強引だ。
そんなユスティーナが決めたことを、一度撤回させるには、とんでもない労力が必要だろう。
というか、たぶん、無理だ。
「……わかった。ユスティーナが俺の部屋に来ること、受け入れるよ」
「ホント? ありがとう!」
色々と大変かもしれないが……
子犬のように懐いてくるユスティーナを突き放すことは、どうしてもできなかった。
「荷物、持つよ」
ユスティーナの荷物を持とうとするが、まるで岩のようにピクリとも動かない。
なんだ、この異常な重さは?
「これ、なにが入っているんだ……?」
「ボクの着替えとか日用品とか……色々だよ。女の子には、秘密のアイテムが多いんだ。いくらアルトでも、全部を教えるのはちょっと。あと、人間にはさすがに厳しい重さだから、普通にボクが運ぶよ」
ユスティーナは何事もないように、ひょいっと巨大な鞄を持ち上げた。
……片手で。
「……ユスティーナといると、驚いてばかりだな」
「ボクをびっくり箱みたいに言わないでよー」
「すまん」
ユスティーナを部屋に案内する。
幸いというべきか、日頃から部屋は綺麗にしている方だ。
家具も少ない。
家具を移動させて、ユスティーナの荷物を置く場所を用意した。
ユスティーナは巨大な鞄から、分解式のベッドやタンス、棚を取り出してテキパキと組み立てた。
そんなものが入っていたなんて……道理で重いはずだ。
それらを部屋に配置して……引っ越し完了。
部屋は元々十分な広さがあるため、二人でも問題なく使うことができた。
「ふう、もうこんな時間か」
さすがに数分で終わるようなものではなくて、引っ越しを終えた時には、窓の外は暗くなっていた。
「そろそろごはんにするか。今日は食堂にしよう」
なるべくなら、人が多い食堂は避けたい。
セドリックがいなくても、他の連中に絡まれる可能性があるからな……
ただ、もう時間がない。
引っ越しで疲れたこともあるし、今日は簡単に済ませようと思った。
「ねえねえ、アルト。あのね……よかったら、ボクがごはんを作ろうか?」
「え? ユスティーナ、料理ができるのか?」
「ぶー、なにその反応。ボクのこと、料理ができないダメダメな女の子だと思っていたの? もう、傷つくなー」
「す、すまん。ただ、なんていうか……ユスティーナは竜だろ? 人の料理なんて知らないと思ってたし、あと、姫さまって呼ばれてたからさ。そういう立場の人は料理をする機会なんてないと思っていたんだ」
「確かに、ボクは竜でお姫さまだけどね。でもでも、その前に一人の女の子なんだよ? いつか好きな人に手料理を食べて欲しい、って思って、料理の練習をしててもおかしくないでしょ?」
「その……好きな人、っていうのは……」
「もちろん、アルトだよ♪」
真正面から好意を告げられてしまい、さすがに照れた。
赤くなる俺を見て、ユスティーナはうれしそうな顔をする。
「ふふっ、アルトの照れ顔、かわいいね」
「からかわないでくれ」
「素直な感想だよ。とてもかわいいと思うよ。ぎゅう、って抱きしめたいくらい」
言葉通り、ぎゅうっと抱きしめる素振りをしてみせた。
「えっと……それで、料理を頼んでもいいのか?」
「あっ、ごまかした」
ごまかすしかないだろう。
抱きしめてほしいなんて、言えるわけがない。
「もちろん、ボクに任せて。絶対においしい、って言わせてみせるよ」
「じゃあ……頼む」
「うん、頼まれました」
ユスティーナはエプロンを身に着けて、キッチンに移動した。
ほどなくして包丁がまな板を叩く音や、なにかしら炒める音が聞こえてくる。
俺もそこそこ料理はできるつもりだけど……
そんな俺とは比べ物にならないくらい、ユスティーナの手際はいい。
しばらくしていい匂いが漂ってきて……
思わず腹が鳴ってしまいそうになる。
これはかなり期待できるかもしれないぞ。
「はい、おまたせー!」
ユスティーナがおぼんに料理を乗せて、こちらに戻ってきた。
部屋の中央にあるテーブルの上に、テキパキと料理を並べていく。
「今日はお肉を使った丼とサラダだよ。時間が時間だから、手早く済ませちゃった。でも、味は保証するよ」
「確かに……すごくうまそうだ」
「ささ、どうぞどうぞ、召し上がれ」
「……いただきます」
とにかくも食べてみることにした。
肉と一緒にごはんを食べる。
甘辛いタレがかかっていて、かなり濃厚な味だ。
しかし、しつこくないために食べやすく、食欲だけが刺激される。
ごはんに甘辛いタレが絡みつくと、なんともいえない旨味が広がり……
「どうかな?」
「すごくうまい」
「えへへ、よかったー。それなりに自信はあったんだけど、でも、アルトの口に合うかどうかはわからなくて、ちょっと不安だったんだ」
「いや、不安になる必要なんてないぞ。これはすごくうまいし、誰が食べても満足すると思う」
「万人に受けても仕方ないんだよね。ボクは、アルトだけに喜んでほしいんだよ」
「そ、そうか」
ユスティーナからのまっすぐな想いを感じた。
一瞬、味がわからなくなってしまうくらい照れてしまう。
「あ、また照れてる?」
「……そんなことはない」
「今、間があったよ?」
「気のせいだ」
「どうかなー? 本当はボクの魅力にメロメロなんじゃないのかなー?」
「ノーコメント」
「あっ、それずるい」
ぷくーっと頬を膨らませるユスティーナは、素直にかわいいと思う。
なんでこんな子が俺に……と思わないでもないが、その話は昼休みに終わっている。
疑問は尽きないが……
何度もユスティーナに聞くことはできない。
それは彼女の気持ちを疑うような行為であり、傷つけてしまうことになるだろう。
俺はどうするべきか?
その答えはまだ出ていないし、見通しがまったく立っていないのだけど……
ユスティーナに対して、できる限り真摯に向き合おうと、改めて誓いを立てた。
「俺が食べるところばかり見ていないで、ユスティーナも食べたらどうだ?」
「おっと、そうだった。アルトがおいしそうに食べてくれるのがすごくうれしくて、ついつい見惚れちゃった」
見惚れるのは俺の方だ。
「じゃあ、いただきまーす」
ぱくぱくぱく!
ものすごい勢いでごはんを食べて、あっという間に丼を空にしてしまう。
「ごちそうさま!」
「は、早いな……まだ、俺は食べている途中なのに」
「この後、ちょっと用事があったことを思い出したんだ。だから、すぐにごはんを終わらせることにしたの」
「用事?」
「んー……学院にちょっと忘れ物をしちゃって」
「もうこんな時間だ。先生はまだ残っていると思うが、生徒は入れないと思うぞ」
「大丈夫、大丈夫。事情を説明すれば、ちょっとくらい中に入れてくれるよ」
「そうか? まあ、そうかもしれないが……そういうことなら俺も一緒に行こう。心配だ」
「大丈夫だよ。ボクの正体、忘れたの?」
「覚えているさ。竜で、その頂点に立つバハムートだろう?」
「なら……」
「でも、俺にとってはユスティーナという一人の女の子なんだ。女の子をこんな時間に一人で歩かせるわけにはいかない」
「……」
ユスティーナが赤くなる。
「もう……アルトは、いつもボクが欲しい言葉をくれるんだね。ボクのこと、きちんと女の子扱いしてくれて……えへへ、うれしいな」
「それはするだろう。ユスティーナはかわいい女の子じゃないか」
「あう……今のは、さすがに照れたかも」
ユスティーナがうれしそうに、照れくさそうにはにかむ。
そのまま立ち上がり、部屋の扉に向かう。
「あっ、おい」
「大丈夫、大丈夫。ボクのことなら心配しないで。ホント、すぐに帰ってくるから」
「しかし……」
「悪いけど、ボクが出ている間、食器とかの後片付けをお願いしてもいいかな? それじゃあ、よろしくね!」
強引に話を終わらせると、ユスティーナは部屋の外に出た。
追いかけようとするものの、廊下に出ると、すでにユスティーナの姿は消えていた。
「速すぎだろ……」
とにかくも、放っておくわけにはいかない。
鍵をかけて外に出て、俺も学院に向かうことにした。
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