78話 外法
子供が立ち上がるところを見て、思わずほっとしてしまう。
「よかった、無事だったか」
立ち上がることができるということは、怪我はないのだろうか?
いや、そう決めつけるのは早計か。
重傷ではなくても、軽い怪我を負っている可能性はある。
具合を確認するために、俺は子供のところへ……
「アルトっ、ダメ!」
「え?」
ユスティーナの鋭い声に、反射的に足が止まる。
それが幸いした。
「ぐがぁっ!」
大きく口を開けて、子供が噛みつこうとしてきた。
その速度は予想できないもので、とても子供のものとは思えなかった。
「なんだ……!?」
ユスティーナの警告の意味を理解した。
この子……なにかがおかしい。
ひとまず後ろに跳んで、距離を取る。
その状態で、子供の様子を観察する。
ぱっと見ではあるが、怪我らしい怪我は見当たらない。
服に隠れているだけかもしれないが、現時点では、小さなかすり傷すらない。
ただ、代わりに顔色が悪い。
青ざめていて、血が通っているか不安になるような色だ。
「ユスティーナ? なにを?」
「……」
ユスティーナは無言で拳を構えた。
その拳が向いている先は……子供だ。
「まさか、その子と戦う気か? 確かに様子はおかしいが、しかし……」
「……ダメなの」
「どういう意味だ? ……なにがダメなんだ?」
嫌な予感を覚えつつ、尋ねる。
ユスティーナを俺と目を合わせず……
そのまま小さな声で言う。
「もう……この子は手遅れ」
「……なぜ?」
「その子は、竜の呪いに侵されているの」
「竜の呪い……?」
「ボクたちの間で、禁忌と言われている外法だよ。肉体を強化する代わりに、魂を奪う。簡単に言うと、ゾンビみたいになっちゃうの」
「ゾンビ、って……」
唖然とした。
それじゃあ、この子は……
「疑うわけじゃないが、ユスティーナの勘違いとか、なにかの思いすごしということは……」
「ないよ」
ユスティーナはきっぱりと断言した。
しかし、その顔は……悲痛に歪んでいる。
「竜の技術が使われているから、ボクにはわかるの。これは、間違いなく竜の呪い。この子は、それに侵されていいるの。なんで、こんなことになっているのか……こんなことをしたヤツの目的はなんなのか……それはわからないけど」
「助ける方法は?」
「……ないよ。さっきも言ったよね、手遅れ……って」
「そんな……」
「ボクたちにできることは、ただ一つ。この子を楽にしてあげること」
つまり……殺す、ということか。
それしか方法がないと言われても、さすがにためらってしまう。
ユスティーナも完全に心を定められていないらしく、拳が小さく震えていた。
「本当にそれしかないのか? そうすることだけが、救う方法なのか?」
「うん……そうだよ。呪いを解除する方法はないの。このままだと、この子はゾンビのように暴れて……ボクたちだけじゃなくて、この子の友達、親兄弟も襲うかもしれない。そんなことはダメだよ。だから……楽にしてあげないと」
「それは……いや、しかし……」
もう手遅れ。
だから、殺すしかない。
そうすることが唯一の救い。
そう言われたとしても、簡単に割り切ることはできない。
子供なんだぞ?
まだ俺の半分くらいしか生きていないだろうに、それなのに、こんなところで終わりになってしまうなんて……
そんなこと……
そんなことは……!!!
「……ダメだ」
「アルト?」
「やっぱりダメだ。今回は、ユスティーナの言うことに反対させてもらう」
「でも、呪いは……」
「そうだとしても!」
「っ」
「例え手がないとしても、なにもしないうちから諦めたくない。最後の最後まであがいて……どうしようもないと確信してからでないと、俺は、手を出すことはできない」
俺は弱い。
どうしてもためらってしまい、割り切ることができない。
ギリギリまであがくということも、単なる先延ばしに過ぎないかもしれない。
それでも!
「できる限りのことはやっておきたいんだ。以前のように、どうしようもないことだからと、最初から諦めるような真似はしたくないんだ」
「……アルト……」
「これが俺のわがままということは理解している。その上で、こう言う。頼む、ユスティーナ! この子たちを救う方法を一緒に探してくれ」
「……うん!」
手遅れと言いながらも、ユスティーナは納得していたわけじゃない。
どうにかできないかと、悩んでいたようだ。
その証拠に、俺の提案にすぐに乗り、元気な様子を取り戻した。
「とりあえず、まずはじっくりと考えたい。そのために……」
「ちょっと悪いけど、この子にはおとなしくしておいてもらわないとね」
ユスティーナがいつもの調子で不敵な笑みを浮かべた。
よかった。
やはり、ユスティーナは落ち込んでいるよりも、元気な方がいい。
この顔が再び曇らないように、期待に応えられるように。
きちんと子供を助けて、がんばらないといけないな。
「ぐるぁ!」
子供が獣のように吠えて、飛びかかってきた。
身体能力が強化されているというだけあり、速い。
ただ、それほどの脅威は感じられない。
強化されているといっても、ベースは子供だ。
十分に対処することができる。
「ふっ」
飛びかかってくる子供を、姿勢を低くしてやりすごした。
同時に背後に回り、後ろから羽交い締めにする。
「があああっ!」
子供は狂ったように暴れるけれど、
「はい、おとなしくててねー」
ユスティーナが薬を取り出して、子供に強引に飲ませた。
ほどなくして、子供が眠りに落ちる。
睡眠薬だ。
潜入時に必要になるかもしれないと、あらかじめ用意しておいたものだ。
「よし」
「うまくいったね」
ユスティーナと笑顔を交わした。
それから、スヤスヤと寝ている子供を、起こさないようにそっと床に横にする。
寝顔は、なにも変わらない普通の子供だ。
この寝顔を見ていると、絶対に助けたい、という気持ちが湧き上がる。
「どうするの、アルト?」
「とりあえず、色々と調べてみたい」
心音や脈拍などを測り、ついでに、瞳孔も調べてみる。
セドリックにいじめられていたことで、治療技術が身についたため、こういうことはお手の物だ。
「正確な数値はわからないが、全て正常値だな……」
「竜の呪いは、魂を抜き取るものだからね。身体能力は強化されているけど、それ以外に、大きな変化が与えられることはないよ」
「なるほど」
魂が抜き取られる……か。
その言葉が妙に引っかかる。
ただの直感なのだけど、スルーしていいものではないと、そう思う。
「あ、アルト……」
「うん?」
考え込んでいると、ふと、ユスティーナがくいくいと服の端を引っ張った
何事かと振り返り、ユスティーナの視線を追うと……
「……こ、これは」
他の子供がゆっくりと起きた。
一人、二人、三人……次々と起き上がる。
その動きは、さながらゾンビのようで……
「まさか……この子たち、全員?」
「うん……だと思うな」
だとしたら、相当にやばい!?
「「逃げろっ!」」
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