76話 贄・その1
ユスティーナの指差す方向に移動すると、小さな扉と大きな扉が設置されていた。
大きな扉は物資の搬入経路で、小さな扉は人のためのものだろう。
小さな扉に耳をあてて、音を確かめる。
声や物音はしない。
念の為にユスティーナにも確認してもらったが、誰もいないという結論になった。
ゆっくりと扉を開けるのだけど、ギギギッ、と鉄が擦れる音が大きく響いた。
ドキリとしてしまうが、幸いにも誰かに気づかれた様子はなく、敵が現れる様子はない。
ほっと安堵しつつ、体を滑りこませるようにして、扉を抜ける。
「けっこう広いね……ここ、どこだろう?」
ユスティーナの疑問はもっともで、扉を抜けた先にある通路は広く、人が複数人、並んで歩けるほどの幅がある。
高さもそれなりにある。
3メートルほどだろうか?
通路は長く伸びていて、いくつか曲がり角が見える。
大きな音が響いても誰も来ないことを考えると、それなりに長さがあるのだろう。
「コルシアにこんなところがあるなんて……いや、もしかして?」
「アルト、なにか心当たりが?」
「アルモートが昔、戦火に晒されていたことは知っているか? 周囲の大国に狙われて、戦争が続いていたという」
「あ、うん。知っているよ。学院の授業で習ったからね」
「えっと……ユスティーナは勉強熱心だな」
「えへへー」
褒めてほしそうな目を向けられたので、ついついそんなことを口にしてしまう。
ユスティーナはうれしそうに目を細くして、にへらー、と笑った。
「話を戻すが……ここは戦時中に使われていた場所なのかもしれない」
「秘密基地とか?」
「表現……まあ、あるいは、一般市民の避難所として使われていたのかもしれない。そういう施設は、戦争が終わると完全に封鎖されることはなくて、入り口だけを閉じておくとか、そういう適当な対応が多いからな」
これだけの広大な敷地を持つ施設だ。
完全封鎖、あるいは撤去となると、相当な金と手間がかかる。
放置して問題ない場合は、それらを惜しんでそのままにしておく場合が多い。
「敵はここに目をつけて、潜んでいた……?」
「可能性は高いな」
俺の仮定が正しいとした場合……
アルモートが戦火に晒されていたのは、はるか昔のことだ。
その頃に作られた施設なんて、普通は忘れ去られている。
敵はどのようにしてここを知ったのか?
そこが気になる。
単なる偶然なのか……それとも、あらかじめ知っていたのか。
もしも最初から知っていたのなら、歴史に詳しく、深い知識を持つ相手と言える。
そのことを考えると、厄介な相手かもしれない。
「そもそも、敵の目的はなんなのかな?」
「誘拐といえば、普通は営利目的になるが……」
「でもでも、そういう脅迫はないんだよね? さらわれた子供たちは、みんな、そのまま行方不明になるとか」
「ああ。そのことを考えると、営利目的という可能性は低い」
「なら……こんなこと考えたくないけど、奴隷として売るために?」
「可能性はなくもないが……リスクが高すぎるな」
当然ながら、アルモートでは奴隷制度なんてものは認められていない。
他の国よりも厳しく対処されている。
もしも奴隷の売買などに関わっていたと判明した場合は、問答無用で処刑だ。
そんな国なので、奴隷商人がアルモートで活動することは少ない。
得られる対価も少ないため、この国で活動するようなバカはほとんどいないはずだ。
「うーん、うーん……なんなんだろう? わからないなあ」
「……考えても仕方ない。ひとまず、ノルンと子供たちの救出だけを考えることにしよう」
「そうだね」
考えるのは後にして、施設の探索を急ぐことにした。
俺が前衛、ユスティーナが後衛。
警戒をしつつ、可能な限り急いで、探索を進めていく。
「あれは……?」
ほどなくして、通路の先に明かりが見えた。
部屋があり、窓のようなところから光が漏れている。
それと同時に声も聞こえてくる。
わずかに漏れ出てくるようなもので、はっきりとはわからない。
「ユスティーナ、聞こえるか?」
「うん。ちょっと待ってね……」
ユスティーナは目を閉じて、耳を澄ませる。
「これは……」
「どうだ?」
「子供の泣き声? それにしてはやけに小さいような……」
「子供の? どういう感じなんだ?」
「うーん……ちょっとよくわからないかも。子供っていうことはわかるんだけど……ただ、あまりよくない感じかも。どうする、アルト?」
「……突撃しよう」
少し迷った末に、そんな判断を下した。
部屋の中にいるのは子供だけじゃなくて、敵もいる可能性がある。
どんな装備か?
人数は何人か?
できることならそれを確かめておきたいが、子供の泣き声、という部分がひっかかる。
もしかしたら、時間的猶予がない状況なのかもしれない。
迷っている間に最悪の事態も……という可能性もある。
リスクはあるが、それを踏み越えても突き進むべきと判断した。
ユスティーナにそう伝えると……
「うん、ボクはアルトに賛成だよ。危険があるとしても、誰かのために動く……すごくアルトらしいよ」
「悪い。こういうことに付き合わせて、危険な目に遭わせるかもしれないのに」
「ううん、気にしないで。というか、アルトはボクがバハムートだっていうことを忘れている? ちょっとやそっとのことなら、ボクにとってはなんてことないから」
「……」
「え? その顔、ホントに忘れていたの?」
「いや、すまん。俺にとって、ユスティーナは普通にかわいい女の子という印象が強くて、たまに竜であることを忘れてしまいそうになるというか……」
「ふやぁ……そ、そういうことをいきなり言われたら、ドキドキしちゃうから。もう、アルトったら」
ユスティーナは照れつつ喜ぶというような感じで、もじもじとしてみせた。
そこまで大したことは言っていないと思うが……
そのうち、ユスティーナがチョロインと呼ばれるような気がした。
それはともかく。
「いくぞ」
「うん」
体勢を低く、足音を殺して、光が漏れ出る部屋に近づいた。
壁に背をつけるようにして、じりじりと移動して……
やがて、部屋の前に辿り着いた。
中の様子をうかがいたいところだが、潜入捜査のスキルを持っているわけではないので、中に敵がいた場合、感づかれてしまうかもしれない。
リスクはあるが、やはり、突入するのが正解だろう。
ユスティーナに小声で言う。
「321、で行くぞ」
「了解」
「3……2……1……」
心の中でカウントゼロを刻み、俺とユスティーナは同時に扉を蹴破り、部屋の中に突入した。
そこで見たものは……
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