72話 誘拐
聖騎士としての活動中だったのか、ククルは体の各所を守る軽鎧を身に着けていた。
ただ、出会った時に振るっていた巨大な大剣は背負っていない。
さすがにアレを街中で使うわけにはいかないのだろう。
代わりにどこにでもあるようなショートソードを手にしていた。
「はぁっ!」
先に攻撃をしかけたのはククルだ。
その姿が幻のように消えて、気がついた時には覆面の目の前に移動していた。
その場でくるっと回転。
右から左で薙ぐようにして、刃の腹を叩きつける。
ここまでの動作は一秒にも満たない。
俺も完全に視えていたわけじゃない。
ククルの残像などから、なんとなくの予想をしただけだ。
そんな超速の攻撃を避けられるわけもわけもなく、覆面は脇腹を痛烈に打ち抜かれた。
ゴキッ、と骨が折れる音が響いた。
苦悶の声をあげて覆面が崩れ落ちる。
しかし、仲間は動揺していない。
残りの四人の覆面は連携を取り、前後左右からククルに攻撃をしかける。
それぞれが短剣を手にしていた。
刃の先は紫色に染まっている。
おそらく毒だろう。
「しつこいでありますっ!」
前方から襲い来る覆面を、ククルは小さな足で蹴り飛ばした。
馬車にでもはねられたような勢いで覆面が飛び、背中から民家の壁に激突した。
そのまま意識を失い、ぐったりと倒れる。
仲間が二人倒れても、残りの覆面は止まらない。
動揺することなく、むしろ、仲間を攻撃したことで隙を見せたと喜ぶように、ククルに向けて短剣を振るう。
「加勢するぞ!」
背中を守るようにククルの後ろに立つ。
そして右下から左上へと跳ね上げるような蹴りを覆面に見舞う。
いい具合に顔を捉えることができて、覆面はくぐもった悲鳴をあげて昏倒した。
「エステニア殿!? どうしてこんなところに……」
「話は後だ、今はこいつらを!」
「……はいっ、助かるのであります!」
互いの死角をカバーするように、ククルと背中合わせにして拳を構える。
あいにくと槍は持ち歩いていないが、拳で十分だ。
「いくぞ!」
「はいであります!」
――――――――――
俺が加勢に入ったところで、覆面の残りは二人。
俺に背中を預けてくれたことで、安心して戦えるようになったからなのか、ククルはものすごい勢いで攻撃を繰り出していた。
そんな聖騎士の攻撃を防ぐことなんて、普通の人にはまず無理で……
ほどなくして残りの二人の制圧も完了した。
その後、現場をククルに任せて、俺は周囲の警戒をした。
仲間が隠れている可能性もある。
ただ、それは杞憂だったらしく、なにも発見することはできなかった。
「仲間はいないと思う」
「周囲の警戒、ありがとうございます」
現場に戻ると、ククルは覆面たちを全員、縛り上げていた。
行動が早い。
「そちらの情報は?」
「それが……少しやりすぎてしまったようで、全員、気絶していて……」
ククルが気まずそうにそう言った。
まあ、仕方ないと思う。
相手は武器を所持していて、しかも、毒も用意していた。
そんな相手に対して手加減していたら、万が一のこともありえる。
「見たところ、ただのごろつきではないように思えるが……暗殺者か?」
「いえ、それは違うと思うのであります。最初、自分は武具を身にまとっていなかったのですが……」
そう言いつつ、ククルはパチンと指を鳴らした。
すると、ショートソードと軽鎧が最初からなかったかのように消えてしまう。
「亜空間魔法を応用した、武具の収納、展開術式なのであります」
便利なものもあるものだ。
聖騎士……フィリアならではの技術だろうか?
「丸腰の自分を捕らえようとしていたように見えました」
「捕らえる?」
「自分は聖騎士という立場なので、狙われる心当たりはたくさんあるのですが……それにしては、相手の手口などがずさんです。なので、自分が目的ではなくて、たまたま自分が選ばれてだけではないかと」
「ということは、もしかして……」
頭の中で、昨夜、ククルから聞いた話を思い返した。
「こいつらが、噂の誘拐犯? というよりは……その実行犯か?」
「はい、その可能性が高いのではないかと思います」
よりにもよってククルを狙うなんて……
運がないというか、間抜けな犯人だ。
猛獣を狩ろうとしてどうする。
「ところで、少しだけ話は逸れるのですが……昨日のエンシェントドラゴンの女の子は、どちらに?」
「どうしてノルンのことを?」
「その顔、なにかあったのでありますか?」
瞬時にこちらの動揺を悟り、ククルが難しい顔をした。
隠している場合ではないし、ククルは信用できる相手だ。
俺はノルンが散歩から帰ってこないことを話した。
「なるほど、まさかそのようなことが……」
「もしかして、心当たりが?」
「断定することはできないのですが……こいつらの一人が、自分を襲う前に、ぽろりと話をこぼしていたのであります。『今日はついてる、立て続けに上玉を見つけることができるなんてな』……と」
「それは……!?」
ただの偶然なのかもしれない。
しかし、タイミングがよすぎる。
「とはいえ、ノルンさんはエンシェントドラゴン。そこらの人がどうこうできるとは……」
「いや、そうとは言い切れない」
「どういう意味でありますか?」
「絶対に暴れたりしないように、って言い聞かせているんだ」
ノルンは普通の女の子に見えるが、中身はユスティーナと同じ竜だ。
ユスティーナはきちんと自分の力を制御できるが……
ノルンは記憶障害のせいもあり、やや心が幼い。
そのため、感情が爆発して、以前のような暴走を繰り返す可能性もあった。
それを避けるために、常日頃から、許可なく絶対に暴れないように、と言い含めていた。
言葉が通じないので大変ではあったが……
何度も何度も繰り返し話をすることで、なんとかノルンは理解してくれた。
俺の言葉をきちんと守ってくれているらしく、今までに勝手をしたことはない。
そのことを説明すると、ククルがさらに難しい顔になる。
「それは……まずいでありますね。ノルンさんは抵抗することなく、連れ去られたという可能性が……」
「まだ確定したわけじゃないが……最悪の可能性を想定して動いた方がいいな。間違っていたのなら笑い話で済ませられるが、そうでない場合は……くっ!」
「自分も協力するのであります! 一緒にノルンさんを探させてください」
「ありがとう。助かる」
ノルン……頼むから無事でいてくれよ!
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