70話 リゾート地の影
「ククルとの出会いと、夏季休暇の旅行に……」
「「「かんぱーいっ!!!」」」
ククルに教えてもらった店に移動して、さっそく乾杯をした。
たくさん遊んだ後だからなのか、キンキンに冷えた飲み物がうまい。
一気に飲んでグラスを空にしてしまい、店員におかわりを頼む。
一方でみんなは店の料理を頬張るようにして、たくさん食べていた。
この店の料理は他にはない独特なもので、まずフォークやスプーンがない。
特製のソースで味付けした海産物を、直接手づかみで食べるというスタイルだ。
やや行儀が悪いと思うかもしれないが……
逆に気持ちいいところがあり、みんな手や口をベトベトにしつつ、店自慢のソースで味付けられた海産物を楽しんでいた。
「あむあむっ、はむ! んんんぅー、これ、おいしいね!」
「手づかみっていうのは、最初はどうかと思ったけど……」
「これ、意外と癖になってしまいそうですね」
「はむはむはむっ!」
ノルンなどはものすごい食べっぷりだった。
野生の本能が刺激されているのか、両手で料理にかぶりついている。
手はベトベト、口元もベトベト。
時折、ユスティーナが仕方ないなあ……と口元を拭いているが、それでもすぐに汚してしまう。
そんなところも、ある意味でノルンらしい。
「ところで、ミストレッジさんの任務はもう完了と見ていいのか?」
拳を交わしたことで、ユスティーナのことは理解してくれたはずだ。
実際、決闘の後はにこやかな顔をしていた。
ノルンとは拳を交わしていないが、おいしそうに料理を食べるところを優しい目で見ている。
敵意なんてものはまったくないということを理解してくれたと思う。
「そうですね……竜の反応についての調査は終わりと言ってもいいです。エルトセルクさんたちのことを報告して、上がどう動くのか、そこは不透明ではありますが……」
「まさか、討伐ということにはならないよな……?」
「いえいえ、そのようなことはないのであります。安心してください」
最悪の可能性を想像するものの、ククルはすぐに否定してみせた。
「エルトセルクさんたちが人に害を及ぼす可能性はないと、自分が進言するのであります。自分は最年少故に、聖騎士で一番立場は低いですが……それでも、それなりの信頼はあるのです。団長も話のわからない人ではないので、問題ないのであります」
「それはよかった」
「なので、エルトセルクさんたちの調査については、完了であります」
「ついては……っていうことは、他にも任務があるの?」
ユスティーナが手についたソースをぺろりと舐めながら、そう問いかけた。
一時は落ち込んでいたものの、今はすっかりと回復したみたいだ。
「はい。先ほど、追加任務を受けたのであります」
「追加任務とか騎士っぽいな」
「バカ兄さん。ミストレッジさんは本物の聖騎士よ」
「いや、見た目の話で……」
「ますます失礼なことを言わないの!」
横でグランがジニーにはたかれていた。
気を悪くした様子はなく、ククルは笑い……しかし、次に真面目な顔をして言う。
「エステニア殿たちならば、と思い話をしますが……自分が今から話すことについては、内密でお願いしたいのであります」
「わかった、約束するよ。みんなの……」
「ええ、もちろん。みだりに口外しないことを誓いますわ」
「うむ。我が家の名前にかけて誓おう」
アレクシアとテオドールがそう言い、みんなも続くようにしっかりと頷いた。
その様子を見て、ククルが言葉を続ける。
「自分に課された追加任務は……誘拐事件の調査であります」
「誘拐事件……?」
いきなり物騒な言葉が出てきた。
自然とみんなの顔が引き締まる。
……ノルンだけはよくわかっていない様子で、変わらずに料理をうれしそうに食べていたが。
「出自を問わず、主に子供が誘拐されるという事件が起きているらしく……その事件の調査を命じられたのであります。事件の概要の調査……可能ならば、主犯の逮捕。及び、被害者の救出です」
「そのような事件が起きていたのですか……」
「でも、なんでミストレッジさんが調査をするんだ? それって、ウチの問題だろ?」
グランのもっともな質問を受けて、ククルは苦い顔をした。
「身内の恥を晒すようで恥ずかしいのですが……実は、フィリアの者が関わっているらしく……」
「なるほど。そのような問題を放置していたら、大きな外交問題に発展するかもしれない。その時は、フィリアの責任が問われるかもしれない」
「そうなる前に、自らの手で処理しよう、というわけか」
「はいなのです。恥ずかしい話ではありますが……テオドールさんやエステニア殿が言った通りなのであります」
ん?
そういえば今気がついたが……
俺のことは殿付けで呼ぶのだけど、他のみんなはさん付けなんだな。
その違いはなんだろう?
「エステニア殿、どうかしたのでありますか?」
「……いや、なんでもない。話を続けてくれ」
大したことではないだろうと判断して、疑問は飲み込んだ。
「一応、アルモートの上層部とは話はついているらしいのですが……だからといって、他国内で大きく活動をするわけにもいかず、自分に話が回ってきたというわけであります」
「聖騎士を動かすっていうのも、十分に大きなことだと思うけど」
ジニーの指摘ももっともだった。
ククルが苦笑する。
「実のところ、フィリアは人材不足でして……自由に動けて、なおかつ、敵を打ち砕く力を持つ者となると限られているのであります」
「なるほどねー」
「みなさんは事件について、なにかしら知ることはありませんか?」
みんなで顔を見合わせた。
それから全員が首をかしげる。
「残念ながら、そういう情報はないな」
「そうでありますか……さすがに、そう都合よくはいかないですね」
「よければ……」
「いえいえ! みなさんの気持ちはうれしいですが、これは自分の任務ですので」
手伝おうか? と言いかけたら、それを察したククルは先回りして首を横に振る。
「なによりも、みなさんのバカンスの邪魔をすることはできません。自分のことは気にせず、どうか楽しい時間を過ごしてください」
俺たちのことを足手まといとか、そういう風に思っているわけではなくて……
心の底からこちらのことを気遣ってくれているように感じた。
そんなククルだからこそ、力になりたいとは思う。
ただ、善意の押しつけをしても仕方ない。
今は引くことにして……
今後、なにかしら協力できるような場面が出てきたら、その時は力になろう。
「とりあえず……今は食事を楽しむのであります。ここはスイーツもとてもおいしいですよ」
「「「おーっ!」」」
スイーツと聞いて、女性陣が目をキラキラと輝かせた。
ノルンだけはよくわかっていない様子で、きょとんとしていた。
――――――――――
おいしい料理を心ゆくまで味わい、楽しい時間を過ごすことができた。
腹は満たされて、心も満たされているみたいだ。
軽い足取りで店を後にして、宿に続く道を歩く。
ククルが泊まっている宿も意外と近場にあったらしく、途中までは一緒だ。
先頭を歩くのはククルとユスティーナとノルンだ。
竜の調査とかそういうことではなくて……
ただ単純に、ククルは無邪気なノルンのことをかわいいと思ったらしく、ちょくちょくと構っている。
納得だ。
ノルンはどこか子供みたいで、純粋な心を持っているからな。
男女問わず、ノルンのことをかわいいと思うだろう。
そんな三人組の後ろに、グラン、ジニー、テオドールの同じ三人組が続いている。
グランとテオドールがククルのことをかわいいと言い……
ジニーがあんたらには無理と、トドメを刺していた。
そして俺は……
「ふふ、とてもおいしいお店でしたね」
アレクシアと一緒に夜のコルシアを歩いていた。
気がつけば、肩が触れ合うほどに距離が近い。
一歩分、横にずれると、すかさずにアレクシアが追いかけてくる。
どうやら距離が近いのはわざとだったらしい。
「もう……アルトさまはいじわるですね」
アレクシアは子供のように頬を膨らませた。
「別にいじわるをしたつもりはないが」
「十分にいじわるですわ。私から逃げようとしました」
「そういうつもりでは……」
「なら、このままでいてください」
先ほどよりも距離をつめられてしまう。
歩く度に軽く肩が触れる。
「ふふっ」
それがうれしくてたまらないという様子で、アレクシアが優しく笑う。
「今日のアレクシアは積極的だな」
「返事を待っている身ですから、これくらいはよろしいですよね?」
その件を持ち出されると、俺としてはなにも言えなくなってしまう。
無抵抗で降参だ。
「今日のアルトさまは、ミストレッジさんばかり構って……あのようなことをしていると、私としてはひどくもどかしくなるのですよ」
「それは……すまない」
「今こうして、アルトさまが隣にいてくれるので……それでよしとします」
「もしかして、こうすることを店にいる時から狙っていたのか?」
「さあ、なんのことでしょうか」
女の子はしたたかだ。
そんなことを思いつつ、夜の街をゆっくりと歩くのだった。
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