7話 バハムートが騎竜
竜騎士学院なので、当然、竜に乗る訓練が行われる。
午後はその訓練が行われることになり、体操服に着替えてグラウンドに出た。
先生の合図で集合する。
広大なグラウンドの端に、二匹の竜が待機していた。
あの竜の背中に乗る訓練をするのだけど……
「えっと……エルトセルクさん? どうして、あなたは制服のままなのですか?」
先生が不思議そうに尋ねた。
それもそのはず。
ユスティーナだけは体操服に着替えることなく、制服のままグラウンドに集合していた。
先生の質問に、ユスティーナは不思議そうな顔をして答える。
「え? だって、ボクは竜だよ? 乗る方じゃなくて乗られる方だから、あっち側だよね」
ユスティーナが竜に変身……
いや、元々が竜なのだから、変身じゃなくて元に戻る?
ええい、ややこしい。
とにかくも、竜の姿を取り、二匹の竜の隣に移動した。
「やっほー、こんにちは」
「ひ、姫さま!?」
「我らのようなものに挨拶など……!」
二匹の竜はユスティーナを見て、おもいきりビビっていた。
頭を下げて平伏している。
ユスティーナは竜で、しかも、その頂点に立つ神竜なんだよな。
改めて、そのことを思い知るのだった。
……というか、姫さまって呼ばれているんだ。
新しい発見だった。
「それじゃあ、男子と女子。名前の順に一人ずつ、騎乗の訓練を行うように。時間制限は、一人五分。振り落とされたりしたら、その時点で終わりとするので、注意して、しっかりとやるように」
先生の合図で、最初の男女が二匹の竜に向かう。
「よろしくおねがいします!」
「うむ。我がそなたを鍛えよう」
ユスティーナと違い、人に変身することはできないが……
普通の竜は人語を理解できるし、こうして言葉を交わすことができる。
それに、こうして特訓に付き合ってくれるなど、色々と助かっている。
「先生、ボクは?」
「えっ!? そ、そうですね、エルトセルクさんは……ど、どうしたいですか……?」
逆に聞いてどうするんだよ。
「んー……じゃあ、アルトの特訓に付き合ってもいい? つきっきりで」
「エステニア君の……ですか? えっと……はい、いいですよ」
「やったー! じゃあ、アルト。一緒に練習しよう?」
「えっと……いいんですか?」
俺だけユスティーナにつきっきりで特訓してもらうなんて、いいのだろうか?
先生に尋ねるが、疲れたような顔で肯定される。
「ええ、構いませんよ……エステニア君に問題がなければ、好きにさせてあげてください。それに、エルトセルクさんも、他の生徒を乗せる気はないでしょうし……」
「あ、それはあるねー。ごめんね、みんな。ボク、主と認めた人しか背中に乗せたくないから、みんなの練習に付き合うことはできないや」
ユスティーナがもうしわけなさそうに言うと、クラスメイトたちは、とんでもない、気にしないでほしいと返した。
たぶん、クラスメイトたちも、ユスティーナを騎竜にすることにためらいがあるんだろうな。
なにしろ、竜の姫さまで、神竜バハムートだからな。
「それじゃあ、アルト。ボクに乗って」
「わかった」
俺は……多少のためらいはあるが、ユスティーナと一緒に訓練する道を選ぶ。
強くなりたい。
英雄になりたい。
その思いは今でも変わらない。
だから、ユスティーナを利用するようでもうしわけないのだけど……
強くなれるのならば、できる限りのことはするつもりだった。
「じゃあ、失礼するぞ」
「うん。どうぞどうぞー」
地面を蹴り跳躍して、ユスティーナの背に乗る。
着地する時は衝撃をかけないように、膝を曲げて柔らかく着地。
それから、ぽんぽんと背を軽く撫でてやる。
「これは……」
不思議な感覚だった。
背に乗ると、あれほど大きく見えていたユスティーナの体が小さく見えた。
手綱はないし鞍もない。
それなのに、とても安定していて……
まるで人馬一体。
変な意味ではなくて、ユスティーナと一つになったような気分だった。
「うっ……こ、これはなんていう……お、おとなしくしてください!」
「そんなに動いたら振り落とされるから……きゃあ!?」
他の竜に乗るクラスメイトたちは、それぞれ苦戦していた。
竜を手懐けようとしているが、言うことを聞いてくれない。
あれこれと言葉をかけているが、竜は人語がわからないというようなフリをして、好き勝手に暴れて大きな体を揺らしていた。
別に、竜が意地悪をしているわけではない。
竜が騎士を主と……または、己の背に乗せるに値しないものと考えているため、振り落とそうとしているのだ。
これを防ぐためには、己の力を見せる必要がある。
決して動揺することなく、己の器が大きいことを見せて……
力強い声で命令を下す。
相手が竜であろうと気後れすることなく、真正面からぶつかる胆力が求められる。
しかし、クラスメイトたちはそれを示すことができず……
竜に振り回される形で苦戦していた。
「みんな、大変そうだね」
「俺は……なんというか、申し訳ないな」
「え? なんで?」
「俺の場合、相手がユスティーナだから……そのおかげで、こうしてちゃんと乗ることができる。だろう?」
「んー、そんなことないと思うよ」
「え?」
「アルトは……その、ハッキリ言っちゃうと力は足りないかな。騎士としては、まだまだだと思う」
「うぐっ」
本当にハッキリと言われて、胸に針が刺さったような気分だった。
でも、下手に気を使われるよりは何倍もマシだ。
今は弱くても……
いずれ強くなってみせる。
「でもね、竜騎士として見た場合、けっこう……ううん。とんでもないレベルにいると思うよ」
「そんなことはないだろ」
「そんなことはあるんだよ」
なぜか、ユスティーナは自信たっぷりに言う。
「確かに、ボクはアルトのことが好きだよ? でも、それとボクの背中に乗せることは、まるっきりの別問題なんだよ。いくら好きな人でも、竜の扱いがなっていない人は背中に乗せたくないもん。だから、アルトならって言ってたけど、実のところちょっと不安だったんだよね」
「そう……なのか? しかし、俺はなにもしていないぞ?」
「そんなことないって。背中に乗る時、ボクのことを気遣って着地してくれたし、あと、ぽんぽんって撫でてくれたし。そういう細かいケアが必要なんだよ。それができるアルトは、竜騎士としての才能があると思うな。竜に優しくして、共に歩む覚悟ができる人は、きっと立派な竜騎士になれるよ」
バハムートであるユスティーナに言われると、素直にうれしかった。
すぐに自信を持つことはできないが……
それでも、前を向いていたいと思う。
「エステニアのヤツ……普通の顔をして、エルトセルクさんに乗っているな。バハムートなのに……アイツ、怖くないのか?」
「普通に話をしているみたいだけど、すごいわね……あたし、竜に乗ってる時はいつも必死なんだけど」
「セドリックに絡まれてるところしか見てなかったけど……こうしてしっかりと見ると、エステニアって、実はすごいのか?」
ユスティーナの背に安定して乗る俺を見て、クラスメイトたちがざわざわとした。
そんなささやき声を聞いて……
未だ、うまく竜に乗ることができない男子生徒が顔を赤くした。
男子生徒は竜から飛び降りて、俺に向けて大きな声をぶつける。
「おいっ、エステニア! お前、卑怯だぞ」
「えっと……なんのことだ?」
「エルトセルクさんに気に入られているから、そんなに簡単に竜に乗ることができるんだろ? ズルみたいなものじゃないか!」
「あのねー……アルトはキミと違って、ちゃんと竜のことを理解してくれているから……」
「……わかった。なら、今度はそっちの竜に乗せてくれないか?」
ユスティーナが反論しようとするが……
ここで女の子を頼りにして、俺がなにもしないわけにはいかない。
好意があるかどうか、それはまだわからないが……
自分のことを好いてくれている女の子の前では、男は格好をつけたいものだ。
いじめられっ子の俺ではあるが、それくらいのプライドはある。
「アルト、大丈夫?」
「ユスティーナの言葉を信じて、できることをやってみるさ」
心配そうな声を出すユスティーナに、俺は軽く笑ってみせた。
そして男子生徒と交代して、竜の背に乗る。
「ふんっ、姫さまに気に入られているというだけで、大した力を持たない人間め……我は手加減などせぬぞ」
竜は不機嫌そうに言い、俺を振り落とそうと暴れた。
男子生徒が乗っていた時よりも激しく、上下左右に体が振り回される。
長くは保たない。
すぐに決着をつけないと。
「落ち着け」
「むっ!?」
竜の背中をそっと撫でる。
「落ち着け」
もう一度、同じ言葉を繰り返した。
相手がいかに不機嫌であり、こちらを排除しようとしてきても……
俺がすることは変わらない。
力を貸してほしいと、背中に乗せてほしいと……
ただただ、まっすぐにお願いするだけだ。
それくらいしか、俺にできることはない。
「力を貸してほしい」
「……」
「頼む」
「……やれやれ」
ほどなくして竜は暴れるのをやめた。
軽く体を動かして、俺が落ちないように姿勢を整えてくれた。
「す、すげえ……エステニアのヤツ、竜を乗りこなしたぞ……」
「エルトセルクさんが贔屓してる、っていうわけじゃなかったのか……」
「あいつ、その……色々あったから、騎乗訓練をするの、これが初めてだろ? それなのに、アレかよ……」
ざわざわとクラスメイトたちが驚いていた。
実のところ、俺自身、驚いていた。
セドリックにいじめられていたせいで、まともな騎乗訓練をするのは今回が初めてだ。
だから、すぐに振り落とされると思っていた。
それなのに……なぜか、うまくいった。
なぜ?
「どうして、俺に力を貸してくれたんだ?」
俺に力はない。
俺より強い騎士なんて、それこそ山程いる。
そんな中、どうして、竜は言うことを聞いてくれたのか?
「ふん……今までたくさんの騎士を我の背中に乗せてきたが、皆、力を見せてきた。我にふさわしい乗り手なのだと、力で屈服させてきた」
「まあ、普通はそうなるよな」
「しかし、お前は違う。我を対等な相手と見て、言葉で語りかけてきた。そのようなヤツは初めてだ。まったく……前代未聞だな」
「す、すまない……?」
「謝るな。それはそれで、悪くないと思ったのだ。騎士と我ら竜はパートナーであり、対等の関係だ。そのことを、お前は誰に教わるわけでもなく、自然と理解している。それ故の行動なのだろうな」
「それは……」
「ふんっ。おもしろくはないが……さすが、姫さまが選んだ相手ということか」
俺の想いが通じた、ということだろうか……?
それは、とてもうれしいことのような気がした。
「さっすが、アルト! ボクも鼻が高いよー」
なぜか、ユスティーナは自分の手柄のように喜び、誇っていた。
本日19時にもう一度更新します。