66話 旅先の夜
「わー、ベッドがふかふかだね!」
「あぅ!」
ユスティーナとノルンがそれぞれベッドにダイブして、ふかふかの感触に心地よさそうに笑顔を浮かべていた。
まるで子供みたいだ。
まあノルンは子供と言えなくもないが。
結局、俺はユスティーナとノルンと一緒の部屋になり……
こうして三人で夜を過ごすことになった。
「ねえねえ、アルト」
「うん?」
「同じ部屋だね。ドキドキする?」
「いや、特には」
「えー、なんでなんで!? ボク、女の子としての魅力ないの?」
「そういうわけではなくてだな……」
「じゃあ、どういうわけなのさ?」
「今の状況、学院の寮にいる時と大して変わらないだろう?」
「あ」
そうなのだ。
ユスティーナとノルン、二人の女の子と一緒の部屋。
普通ならドキドキして意識してしまいそうなものだが……冷静に考えれば、学院の寮ではいつもそうなのだ。
これがアレクシアやジニーだったら、また違う結果になっていたかもしれないが……
ユスティーナとノルンが相手になると、今更という感じが拭えない。
がーん、とショックを受けたような顔をして、ユスティーナが頭を抱える。
「な、なんてことだよ……せっかくアルトと同じ部屋を勝ち取ったっていうのに、まさかこんな落とし穴が待ち受けているなんて」
「あう? うー……あうあう」
肩を落として本気で落ち込むユスティーナ。
そんな彼女をノルンは不思議そうに見た後、ぽんぽんと肩を叩いた。
どうやら慰めているらしい。
「うぅ、ノルンは優しいね……ボク、君のことを見直したよ。君ならいいかな……うん! がんばって一緒にアルトを誘惑しようね!」
「あう!」
ユスティーナがノルンを抱きしめた。
ノルンはよくわからない様子ながらも、元気な笑顔を見せるのだった。
――――――――――
馬車に乗っているだけだとしても、意外と疲れるものだ。
俺たちが利用した馬車は振動対策はしっかりとされていたが、それでも微細な揺れは消すことはできない。
それに長時間さらされると、竜であるユスティーナでも疲れを覚えてしまう。
なので今日は遊びに行くことはしないで、ゆっくりと過ごすことにした。
部屋に荷物を置いて少し体を休めた後、宿の周囲を軽く散策。
潮風をたっぷりを体に浴びながら、海の街の風景、情感をたっぷりと味わった。
日が暮れ始めたところで宿へ戻り、少し早い夕食を食べることにした。
海の街だけあって海産物が豊富で、料理もバリエーションが豊かだ。
初めて食べる料理も多いが、どれもこれもおいしく手が止まらなかった。
そうして腹をいっぱいにして、しばらくの間、みんなで雑談をして……
しばらくしたところで、それぞれが部屋に戻った。
――――――――――
「……あふぅ」
部屋に戻ったところで、ノルンが大きなあくびをした。
目は半開きで、うつらうつらと頭が揺れている。
「眠いのか?」
「あぅ……」
「少し早いが寝るか」
「えー、まだまだアルトとお話したいなー」
「いつもしているだろう?」
「わかってないなー、アルトは。普段の日常と旅行、ぜんぜん雰囲気が違うでしょ?」
「それはまあ……」
「旅先でいつもと違うボクの魅力に気がつくアルト。そしてボクはボクで、旅は女を大胆にさせる。気がつけば二人は見つめ合い、そして……くふっ、くふふふ」
「落ち着いてくれないか……?」
旅行でテンションが高くなっているらしい。
今、女の子にあるまじき顔をしていたぞ。
「もっと話をしたいというユスティーナの希望もわからなくはないが、ノルンはこんな状態だ」
「はふぅ……」
ノルンは立ったまま寝かけていた。
「それに明日は早くから遊びたいだろう? 夜ふかしはしないで、今のうちに寝ておいた方がいい」
「アルト……なんかおじいちゃんみたいだね」
「おじいっ……!?」
悪気はないのだろうが……
ユスティーナの言葉が矢のように心にぐさりと突き刺さる。
「でも、アルトの言う通りだね。今日はもう寝ようか」
「あ、ああ……わかってくれてうれしいよ」
話がまとまったところで、本格的にノルンが眠気にノックアウトされたらしく、ぐらりと倒れそうになる。
慌ててその体を支えた。
軽いな。
歳は俺たちと同じくらいなのに、その雰囲気のせいか、年下のような感じを受ける。
妹がいるとしたら、このような感じなのだろうか?
微笑ましく思いながら、ノルンを両手で抱えた。
そのままベッドに運び、寝かせてやる。
「……いいなあ」
気がつけば、ユスティーナがじっとこちらを見つめていた。
大好きなお菓子を目の前にした子供のような顔をしている。
「どうしたんだ?」
「お姫様抱っこ」
「え?」
「ボク、まだしてもらったことないのに……アルトにお姫様抱っこしてもらったことないのに……それなのに、ノルンにだけするなんて……ずるい」
「そんなことを言われてもな……」
「じー」
「ノルンはほぼほぼ寝ていたからこうしただけで、特に他意は……」
「じぃーーー」
「これくらい大したことはないわけで、そんなに気にすることは……」
「じぃいいいーーーーー」
「……ユスティーナを運んでもいいか?」
「もちろん!」
キラキラとした瞳のおねだりに負けて、俺はそんなことを口にした。
「えっと……じっとしててくれ」
「うん!」
そっとユスティーナを抱き上げた。
「わぁ……!」
ユスティーナは感激するような声をこぼした。
そのままこちらの首に腕を回して、抱きついてくる。
「お、おい?」
「えへへー。アルトにお姫様抱っこしてもらっちゃった、してもらちゃった♪」
「……こう言うのはなんだが、今のユスティーナ、すごい顔をしているぞ?」
「仕方ないよー。だってだって、好きな人にお姫様抱っこをしてもらっているんだよ? これは女の子の憧れだからね! 人間も竜も関係なく、心がとろけちゃうシーンベスト10だよ!」
ものすごく興奮していた。
きゃーきゃーと言いつつ、手足をバタバタとさせている。
「ちょっ……そんなに暴れたら……!?」
「え? ひゃ……!?」
突然のことに対応できず、バランスを崩してしまう。
このまま床に倒れることだけは避けないと!
咄嗟に体を捻り、ユスティーナと一緒にベッドの上に倒れ込んだ。
「っ……ユスティーナ、だいじょう……ぶ、か……?」
「あ……」
気がつけばユスティーナを押し倒すような格好になっていた。
俺が上。
ユスティーナが下。
二人の距離は近く、吐息が触れてしまいそうだ。
「……」
「……」
互いになにも言えなくなり、妙な沈黙が流れた。
「ひ……」
ややあって、ユスティーナが小さく口を開いた。
その顔がみるみるうちに赤くなる。
「ひゃあああああっ!?」
「す、すまない!」
ユスティーナが悲鳴に近い大きな声をあげて、俺は我に返り、慌ててどいた。
「あっ、ううん、その! アルトが謝ることはないんだよ? その、事故だっていうのはわかるし……」
「そ、そう言ってもらえると助かるが……」
「あーうー……こ、こういう時こそチャンスなのに、既成事実を作るターニングポイントなのに! それなのに、なんでこんなに恥ずかしくなっちゃうんだろ……あーうー」
頼むから、既成事実とか言わないでほしい。
ただ、いつもグイグイと来るユスティーナのことだから、このタイミングでさらに迫ってくるのかと思ったが……
そんなことはなくて、普通にびっくりして照れていた。
正体がバハムートとか、そういうところに意識が向いていたが……
ユスティーナも年相応の女の子なんだよな。
改めてそのことを認識させられたというか、思い直したというか……もう少し、普段の接し方を考えた方がいいかもしれない。
「……んにゃ」
互いに気まずい思いをして、俺とユスティーナが顔を赤くする中、呑気に寝ているノルンの寝言が響くのだった。
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