65話 影
一人の男がいた。
それ一つで一般的な家庭が一年は食べているだけの額になりそうな家具、調度品を山程揃えた部屋の中。
深いソファーに座り、ゼンマイ仕掛けのオルゴールの音色に耳を傾けている。
初老の男だ。
顔にしわが刻まれて、白髪が混じっている。
その身にまとう服は過剰なくらいにきらびやかで、品性、趣味を疑われてしまう。
しかし男が着ていると、わりと似合うという感想になるものだから不思議だ。
男の持つ余裕や貫禄などというものに合わせるために、服も自然と派手になっていったのかもしれない。
「~♪」
オルゴールの音色に合わせて、男は鼻歌を歌っていた。
とてもリラックスした表情で、全身で穏やかな時間を堪能しているのがわかる。
そんな時、コンコンと扉をノックする音が響いた。
男は特に顔色を変えることなく、静かな声で言う。
「どうぞ」
「失礼しますよ」
現れたのは若い男だ。
まだ成人しておらず、15歳くらいだろう。
とても綺麗に整った顔をしており、中性的な印象を受ける。
街を歩けば無数の女性が彼を見て振り返ることだろう。
「やあ、同士よ。元気にしていたかい?」
「見ての通り、なにも問題はありませんよ」
初老の男が軽快に語りかけて、対する若い男は淡々と答えた。
二人の態度は正反対だが、それはいつものことらしく、特に問題が起きることはなく話が進む。
「今日は君が来ると聞いて待機していたのだけど、どうかしたのかい?」
「おもしろい情報を手に入れまして」
「君がおもしろいと言うか。なるほど、それは興味深いね」
「例の監視対象の竜……バハムートが王都を離れました。行き先はコルシアのようです」
「ほう」
初老の男がおもしろそうな顔を作る。
「私が持つ情報では、確か、今そちらにはフィリアの聖騎士が向かっていなかったかい?」
「ええ。僕の情報でも同じことを掴んでいますよ」
「なるほど、なるほど。それはおもしろいことになりそうだ……邪魔な竜と聖騎士、一緒に掃除をするいい機会だと思わないかい?」
「同意見ですね。なので、こうしてあなたのところに足を運んだ、というわけですよ」
「納得だよ。用事もなしに君が私に会いにくるわけがないからね」
「それは当たり前のことでは?」
「私としては、君とは友好を深めたいと思うのだけど……」
「そのようなものは必要ありませんね。僕らの悲願が成就した時は、まあ、祝杯をするくらいは考えてもいいですが」
「やれやれ、相変わらず君は固い男だ。まあ、そこが君の良いところだと思うけどね」
初老の男は苦笑しつつ、手で席に座るように促した。
その合図に従い若い男は対面のソファーに座る。
「そういえば、この前の仕事はご苦労だったね。大丈夫だったかい?」
「ええ、問題はないですね。エンシェントドラゴンを問題なく操ることができたし、もちろん、人に対しても有効です。あなたがくれた道具は最善の効果を発揮しました」
「それはよかった」
「ただ……」
「どうかしたのかい?」
「いえ、思っていた以上に、簡単に事を収められたことが引っかかるところでしてね」
「ふむ、それは確かに……君のことは?」
「僕の正体には連中は辿り着いていないでしょう。竜騎士の装備を身に着けていたので、顔もわからないはず。念には念を入れて魔法で細工もしておきましたから……まず問題はないかと」
「なら、今はそれでよしとしよう。エンシェントドラゴンを暴走させて、さらに竜騎士も暴走させる……これはあくまでも実験だ。完璧を求める必要はない。一定の成果が出ているのだから、そこで満足しておこう」
「それもそうですね」
「もちろん、検証の必要はあると思うけどね。まあ、後でいいだろう。それよりも今は、次の策を考えようか」
初老の男がにやりと笑う。
それに応えるように、若い男も軽く唇の端を釣り上げた。
「それでは、話をしようか。我らの敵を排除するための話を……」
――――――――――
馬車に揺られること4日……俺たちはコルシアに到着した。
荷台から降りて、続けて荷物を下ろす。
御者に礼を言い、乗り場を後にした。
「おーっ、ここがコルシアなんだね!」
空を見上げれば輝く太陽と青い空。
その中をゆっくりと流れる白い雲。
街全体が傾いているらしく坂道になっている。
その道幅は王都よりも広い。
二倍はあるだろうか?
ただ道のあちらこちらに露店が並んでいて、活気に満ち溢れていた。
下り坂の向こうに海が見える。
砂浜にたくさんの人影が。
沖に無数の船が。
海沿いの街らしい光景だ。
「んー」
ユスティーナがわくわくしたような顔で、すんすんと鼻を鳴らした。
それを見たノルンが真似をして、同じくすんすんと鼻を鳴らす。
「潮の匂いがするね。なんか新鮮な気分」
「あぅ!」
二人共、風に乗って流れてくる海の香りを気に入ったらしく、すぐに笑顔になった。
楽しそうな二人を見ていると、俺も楽しい気持ちになる。
ユスティーナやノルンは、周囲の人を笑顔にする才能があるのかもしれない。
「では、自分はこれで」
道中一緒だったククルが、ここまでというような感じでペコリと頭を下げた。
「一緒に旅をできて楽しかった。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそなのであります」
笑顔と握手を交わす。
「自分も半分はバカンスのためにやってきたので、どこかでお会いしたら、その時は一緒に遊んでいただけるとうれしいのであります」
「ああ、その時はよろしく」
「はいなのです!」
ククルはにっこりと太陽のような笑顔を見せた。
それからもう一度お辞儀をして、大きな荷物を抱えてコルシアの町並みの中に消えた。
さて……俺たちは俺たちで行動しないといけない。
まだ宿も決まっていないからな。
「とりあえず宿を探そうぜ」
「宿なら僕に任せてくれないか? いいところを知っている」
「おっ、テオドールのオススメか。期待していいたんだろうな?」
「任せておきたまえ。お手頃価格でありながら、部屋は一級品というところを紹介しよう」
自信たっぷりのテオドールに連れられて、海に近いところにある宿に到着した。
『海鳴亭』。
1階は食事処になっており、二階に部屋がある。
テオドールがオススメするだけのことはあり、部屋はとても綺麗だ。
さらに1階の奥に露天風呂もある。
かなり贅沢な作りとなっているため、値段が心配だったが……
王都にある宿とさほど変わらないという破格の値段だった。
普通ならば文句なんてでるわけがなくて、即決してしまうのだが……
「部屋が足りない?」
「はい、申しわけありませんが……」
女将と話をしたところ、空いているのは二人部屋が二つ、三人部屋が一つらしい。
これだけの好条件の宿だ。
さすがに人数分の部屋を確保するというのは無理か。
「少し相談させてほしい」
女将にそう断り、皆のところへ。
そのまま事情を伝えた。
「ふむ。ここはいわゆる穴場なのだけど……さすがに今のシーズンは混んでいるか」
「一人部屋はすでに全部埋まっているらしい。だから、分かれることにしよう。幸いというか三人部屋はあるから、男はそちらに。女性陣は二人ずつに……」
「うーん……それはどうかな?」
ユスティーナが難しい顔で反対意見を口にした。
「どうしてだ?」
「ノルンはアルトと離れたがらないと思うよ」
「あー……」
そういえばそうだ。
一度、寮の別の部屋にしてもらおうか、という話が出たことがあったのだが……
ノルンがものすごい駄々をこねて、しまいには涙をいっぱいに浮かべるようになって、慌てて中断した、ということがある。
「しかし、それならばどうするのですか?」
「簡単だよ。ボクとアルトとノルンが三人部屋! グランとテオドール、アレクシアとジニー、っていう配置でいいんじゃないかな?」
名案とばかりにユスティーナが言うが……
もしかして、これを最初から狙っていたのではないだろうか?
ノルンを理由に、旅行先でも同じ部屋になる。
ユスティーナならやりかねない気がした。
「ずるいですわ。それなら、わたしがアルトさまと一緒でも問題ありませんわよね?」
「えっと……まあ、私はどうでもいいんだけど? エルトセルクちゃんの面倒を見るのは私とか適任じゃないかな? うん、そう思うな」
三人部屋を巡り、アレクシアとジニーが参戦した。
三人の間でバチバチと火花が散る。
グランとテオドールは不穏な空気を感じ取り、すでに二人部屋でいいと女将に話を通していた。
くそ、逃げられたか……薄情者め。
「ボクはアルトと一緒の部屋なの!」
「いいえ、わたしですわ!」
「ううん、私よ!」
「「「うううーーーっ!!!」」」
……成り行きに身を任せよう。
激しい攻防を見せる女性陣に口を出せる勇気はなく、俺はそんな感じで現実逃避をするのだった。
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