64話 旅は道連れ
聖国フィリア。
アルモートは大陸の西に位置しているが、フィリアは逆に東に位置している国だ。
その国土の大半は山で平地が少ない。
それなのに住民の数はアルモートよりも上。
おまけに天候は荒い。
そんな土地で人が生きていくのは相当に辛い。
普通ならば安全に暮らせる土地を求めて、他国に侵略をするところだ。
しかし、フィリアはそんな方法をとることはない。
むしろ新しい交易ルートなどを開拓して、他国と友好的な関係を結んでいる。
自ら戦争を起こすことはなく、逆に利己的に他国へ侵略を行う国に対しては敵性国家と見なして攻撃をしかける。
なぜそんなことができるのか?
普通ならば、生きていくので精一杯なのに。
それを可能としているのは、神の存在だ。
聖国フィリアは神の加護を得ている。
本当に神がいるのかどうか、それはわからない。
その真偽は不明だ。
しかし、実際に神に等しい力を持つ者がいて……
その者が厳しい環境でも生きていけるように、フィリアの人に力を貸していることは事実だ。
そのため、フィリアは厳しい環境にありながらも発展を続けている。
そして、神の加護を得ていることから、国の名前を『聖国』とした。
「……なるほど」
ククルが魔物を掃討して、後始末をした後……
再び旅が再開された。
ククルの馬車もコルシアを目指していたらしく、一緒に行動することになった。
ククルはこちらの馬車に乗り……
聖国フィリアについて、大体のことを語ってくれた。
「神さまの加護を受けているっていうことは、ウチと似たようなものかな?」
「だよな。俺も似てるって思ったぜ」
ジニーの言葉にグランが頷いた。
「こういうことを聞いていいのか迷うのだけど、神は本当にいるのかな? いや、すまない。僕らの国では神の代わりに竜を信仰しているようなものだからね。どうしても懐疑的になってしまうのさ」
「いいえ、気にすることはありませんぞ。テオドール殿のような考えは一般的なものであり、自分たちの考えを押しつける気はありませぬからな」
「寛容なのですね」
「神は確かにいらっしゃるのでありますが……その価値観、思想を他人に強要することは求めていないのであります。人の数ほど思想、価値観がある。故に、それを無理に乱すことはしない。それが神の教えなのです」
「なるほど……素敵な考え方だと思いますわ」
「そう言っていただけると恐悦至極なのであります」
ククルがうれしそうな顔になった。
神が褒められることを、自分のことのように喜んでいる。
心から信仰している証だろう。
「ところで、聖騎士っていうのは具体的にはなんなんだ?」
聖国フィリアを守護する12の騎士。
その力は最強。
その剣は無敵。
国と民と神を守護する絶対者。
そんな話を聞いているが、それだけではなんのことかさっぱりわからない。
なので、直接ククルに聞いてみることにした。
「フィリアでは全ての人々が神の加護を授かっているのです。そのおかげで強い体を手に入れて、病気になりにくく……日々、健康に過ごすことができるのであります。ただ、加護を得る量は全ての民が一定というわけではないのです。特別に多くの加護を得ている者が存在するのです。そのうちの一つが……聖騎士であります」
「たくさんの加護を得ている、っていうことは……それ相応の力を?」
「そうであります。常人の数十倍の力があると思っていただけたら。まあ、聖騎士といってもひとくくりにはならないため、なんともいえないところではありますが」
「数十倍……すごいな」
「それだけの力があれば、なんでもできそうですわね」
「この力は国を、民を、神を守るためにあるものなのです。個人の欲求を優先させることなど、あってはならぬことなのであります」
力だけではなくて、人格もできているらしい。
ククルの言葉には確かな心が宿っていて……
得た力を使うにふさわしい意思を持っているように思えた。
「ところで、ククルはどうしてアルモートに?」
「仕事と休暇、両方なのであります」
「休暇はわかるが……仕事?」
「はい! 自分は、アルモートの竜が危険な存在ではないか、それを見定めるために派遣されたのであります!」
竜と聞いて、ユスティーナがビクリとした。
もう一人の竜であるノルンはよくわかっていない様子で、にこにこと俺に寄りかかっていた。
なんというか……
波乱の予感がした。
――――――――――
コルシアまでは馬車で4日かかる。
コルシアで3日をバカンスとして過ごして……
その後、2日かけてシールロックへ。
そこで再び3日を過ごして……その後、一週間かけて王都に帰る、という予定だ。
途中に街や村があればそこで一夜を過ごすことができるが、そうそう都合よくはない。
大体は野宿となる。
ただ野宿といっても、結界が設置された専用の休憩所があるため、魔物の心配はしなくていい。
日が暮れ始めたところで、俺たちが乗った馬車は休憩所に入った。
今日はここで一夜を過ごす。
男性陣は念の為に周囲の警戒と、焚き火に使う木を拾いに。
女性陣はごはんの準備を。
それぞれ役割を分担して行動するのだけど……
「おっ、見つけたであります! これはよく燃えそうです」
なぜか俺はククルと一緒に行動していた。
「えっと……ミストレッジさん?」
「はい、なんでありますか?」
「どうしてこっちへ?」
「情けない話ですが、自分が料理が苦手でして……それならば、魔物の警戒や木を集める方が役に立てるかと」
「なるほど」
「それと……エステニア殿と話をしてみたいと思っていました」
「俺と?」
木をひょこひょこと拾いつつ、ククルがその状態で言葉を続ける。
「あなたのことが一目見た時から気になっていたのです」
もしかしてまた……? と思うが、
「なんていうか……強いけれど落ち着いていて、不思議な感じがして……それと、竜のことを知るのなら、エステニア殿と話をするのが一番だと思ったのです」
なるほど、と納得した。
さすがに四人続けて一目惚れ、という流れはなかったらしい。
そんなことを思う俺は、少しうぬぼれていたのかもしれない。
しかし……勘が鋭いな。
いや、観察眼に優れていると言うべきか?
俺の近くにはユスティーナとノルンがいるわけで……
竜のことを知るのならうってつけ、と言えるだろう。
「アルモートでは……というよりは、エステニア殿は竜のことをどのように思っているのですか?」
「それは……答えても構わないが、その前に一つ聞いていいか? 質問に質問を返して悪いが……」
「いえ、構わないのでありますよ。なんでしょうか?」
「フィリアは、どうして今頃になって竜の調査を?」
アルモートと竜が協力関係を結んだのは、国が起きてからのことだ。
つまり、もう何百年も前のこと。
それなのに、今頃になってフィリアが動く理由はなんなのだろうか?
「ああ、いえ。なんとなくわかりましたが……エステニア殿が考えているような、大げさな調査というわけではないのです。なにかしら問題は起きていないか、というような定期検診、というような感じでありますか」
「定期検診?」
「竜が人々を虐げていないか。また、人が竜を悪事に利用していないか。そのことは、ずっと昔からフィリアは観察、監視してきました。そのために定期的に調査が行われるのです。今回は、自分がその役目を与えられたのであります」
「なるほど」
今になってどうこう、というわけではなくて、前々から続いている定例行事というわけか。
以前のカルト集団のような出来事が繰り返されるのでは? という懸念を抱いたが、そんなことはなさそうだ。
過敏に反応する必要はないだろう。
「もっとも、今回の調査は例外なのでありますが」
「どういうことなんだ?」
「数ヶ月前に、とても強力な反応があったのです」
ん? 数ヶ月前?
「普通の竜ではなくて、伝説級の竜の反応……それがアルモートの市街地の中に、突如として現れて……しかも、その反応はそのまま続いたのです。このようなこと、異例なのであります」
市街地にそのまま……
「さらにさらに、もう一つとても強力な反応が現れて、同じく市街地にとどまったのです。しかもしかも、よくよく調べてみると最初の反応と同じ場所に」
それは、もしかしてもしかしなくとも……
「このようなことは今までに一度たりとも起きたことがありません。異例中の異例なのです。なので、聖騎士である自分が自ら足を運び、調査をする流れとなりました」
……どう考えても、ユスティーナとノルンのことだよな。
無関係だと思っていたら、おもいきり当事者であることが判明して、なんともいえない気まずさに襲われる。
今のところ、ククルはユスティーナとノルンが竜であることに気がついていないみたいだが……
本当のことを知ればどうなるのか?
調査目的だから、討伐などという事態に発展するとは思えないが……
それでも厄介な事態に発展することは間違いないだろう。
それも結果が想像しにくい事態に。
二人のことは黙っておこう。
ククルには悪いが、そんなことを決意した。
「それで、自分の質問に話を戻してもよいですか?」
「ああ、そうだな。すまない。話をそらしてしまった」
「いえいえ、気になさらず。友好国とはいえ、聖騎士が派遣されてきたら何事かと思うのは当然のこと。エステニア殿の疑問には、なるべく答えたいと思うのであります」
ククルはまっすぐな表情をこちらに向けている。
うん。
このような子がなにかを企んでいるようには見えない。
本当に調査のために訪れたのだろう。
ユスティーナとノルンのことは、トラブルを避けるために話すことはできないが……
それ以外のことは協力してもいいし、せっかくの縁だから仲良くなれればとも思う。
俺はククルに対しての警戒を解いた。
「えっと、俺が竜のことをどう思っているか、という質問だったよな?」
「はい、そうであります」
「そうだな……」
じっくりと考えて答えを出す。
「友達かな」
「友達……でありますか?」
「いつも隣にいてくれて、助け合い支え合い……一緒の時間を過ごす。俺にとって竜は、そんな隣人なんだ」
「なるほど……とても興味深い意見です」
フィリアの人にとって竜が隣人という見方はないらしく、ククルは少し驚いたような顔をしていた。
ただ、俺の言葉を戯言と一蹴するようなことはせず、一つの意見としてしっかりと受け止めている。
やはり素直で真面目な子だ。
「調査に対する協力、ありがとうございます!」
びしっと敬礼をして、それからククルは小さな笑顔を見せるのだった。
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