60話 アルバイト
放課後になり、ジニーの親戚が経営しているというカフェを訪ねた。
その場でジニーがアルバイトについての話をすると、ジニーの叔父……マグナ・ステイルは快諾をした。
ユスティーナやアレクシアのような美少女がいれば、カフェの花になるし、ぜひともお願いしたいと言われていた。
……ちなみにジニーは、私はどうなの? と、ややキレ気味にマグナさんに詰め寄っていた。
ジニーをないがしろにしたつもりはないだろうが……
女性はこういう件には敏感なのだな、と一つ学ぶことができた。
力仕事も必要だったらしく、俺とグラン、テオドールも無事に採用された。
ノルンは言葉が通じないので、さすがにアルバイトはできない。
ただマグナさんの好意で、店の一角を利用して待機していていいと言われた。
感謝しかない。
「こんなところか?」
奥の更衣室を借りて、店の制服に着替えた。
男の制服は黒のズボンに白のシャツ。
その上に黒のベストとエプロン、というような格好だ。
「おっ、似合ってるじゃねーか」
「ふむ。さすがはアルトだな。僕の次に美男子と言えるだろうね」
奥から店の制服姿のグランとテオドールが出てきた。
俺のことを似合っているというが、二人もよく似合っている。
特にテオドールはきっちりと店の制服を着こなしていて、普段とは違う男前の魅力が出ていた。
これならば、看板娘ならぬ看板男子になれるのではないだろうか?
テオドール目当ての女性のお客さんがたくさん来るような気がした。
「じゃーん!」
そんな楽しそうな声と共に、ユスティーナが姿を見せた。
女子の制服は、男と同じく黒と白を基本としていた。
ただ、スカートにフリルがついていたり、胸元にリボンがあしらわれているなど、全体的にかわいらしい作りになっている。
頭の上に乗っけられた帽子が良いアクセントだ。
「えへへっ、どうどう? ボク、かわいい?」
ユスティーナが自身の制服姿を見せつけるように、その場でくるりと一回転した。
ふわりとスカートが広がり、胸元の長いリボンが揺れた。
「ああ、かわいいと思う」
「やったやった! アルトにかわいいって言われちゃった!」
「エルトセルクさんだけずるいですわ」
「着替えるの早いね」
アレクシアとジニーも出てきた。
「アルトさま、わたしはどうでしょうか? 似合っているでしょうか……?」
「えっと……アルト君がどう評価するのか、そこは気になるかな?」
二人がアピールするように制服姿を見せてきた。
アレクシアが制服を着ると、不思議と清楚な印象が強調された。
それでいてかわいらしさが残されていて……純粋に綺麗だと思う。
ジニーは元気な印象が大きくなっている。
笑顔の似合う看板娘という感じだ。
「二人共、よく似合っていると思う」
「やりましたわ! アルトさまに似合っていると……ふふっ」
「まあ、その……ありがと」
俺の褒め言葉などでもうれしいのか、二人はにっこりと笑顔になっていた。
「やあやあ、みんな似合っているじゃないか」
最後にマグナさんが姿を見せた。
俺たちを見て、ユスティーナたちを見て……その制服姿に満足がいくものだったらしく、機嫌良さそうな感じでうんうんと頷いていた。
「これは想像以上だね……うん。女の子たちはもちろん、男の子たちもかなりいい。これを逃す手はないな。交代制で一人ずつ表に出して……それと、ちょっとしたサービスなんかもすれば……」
「叔父さん、叔父さん」
ジニーが呆れた様子でマグナさんのことを呼ぶ。
何度か呼びかけた後、はっと我に返った様子でマグナさんがこちらを見て苦笑した。
「いやー、すまないね。商売のことになると、ついつい考えすぎてしまう癖があって……」
「いえ、気にしていませんから」
「そう言ってくれると助かるよ。さて、仕事についてだけど……ちょっと変更させてもらってもいいかな? 男子は基本的に力仕事ということだったけど、交代制で、一人ずつ表に立ってほしいんだ。事前の説明と違ってしまうけれど……もちろん、その分給料は弾むよ。どうかな?」
「俺は構わないが……」
「ああ、俺もいいぜ」
「うむ。僕も問題はない」
「よかった。じゃあ、まずは表の仕事の説明からしようか。この中で料理ができる人はいるかな?」
「簡単なものならば」
そう条件を口にして、俺は手を挙げた。
グランとテオドールは沈黙だ。
それから女性陣が全員手を挙げた。
特に補足もない。
みんな料理は上手だからな。
この前の歓迎会でそれを知った。
「ふむふむ、なるほどなるほど……それじゃあ、基本的な仕事を説明しようか。男子は二人は裏で倉庫の整理と、店の状況に応じて食材などの補充を。残り一人は表に立つ」
仕事についてのメモを取る。
ユスティーナは頭で覚えているらしく、熱心に話を聞いていた。
「女子は店に出てくれるかな? 交代で一人は厨房に立ち、僕のサポートをしてほしい。残り二人はお客さんの注文を聞いたり、できあった料理を提供したり、食器を片付けたり……そんなところだよ。一応、簡単なマニュアルを作成しておいたから、これに目を通してほしい」
マグナさんから数ページだけのマニュアルを受け取った。
一通りの仕事内容が説明されていた。
ふむ……これなら特に問題はなさそうだ。
まあ、思わぬトラブルというものが起きそうだから、油断はできないが。
「本来なら研修をしてもらい、しっかりと仕事を覚えた上で臨んでもらうんだけど……いつもの子たちが急病や急用で、みんな一斉に休んでしまってね。その時間もとれないんだ。大変かもしれないけど、がんばってほしい。きちんと給料は弾むからね」
「「「はいっ」」」
――――――――――
正直に言おう。
俺は接客業というものを甘く見ていた。
特別な技能はいらない。
ただ愛想よく笑い、誰にでもできるような当たり前のことをするだけでいい。
そんな風に考えていた。
しかし、それは大きな間違いであることを思い知らされた。
「4番テーブルさん、オーダー待ちだよ!」
「はい!」
「それからこれ、6番テーブルさんの料理ね。熱いから気をつけてください、って言うこと」
「は、はい!」
「あと、6番テーブルさんの料理の提供が終わったら、1、2番テーブルを片付けてきて。その後は、店の外で待っているお客さんを店内に。あと、会計が混み始めているから、合間を見てヘルプに」
「は……はいっ!」
今はグランとテオドールが裏手で、俺が表に出ていた。
アレクシアが厨房に立ち、ユスティーナとジニーと一緒に店内を駆け回っている。
文字通り、駆け回っている。
なんだ、この忙しさは……?
1秒たりとも止まることは許されず、常に動き続けていないといけない。
さらに店全体を見て、状況を瞬時に把握して、その時々に応じて臨機応変に動かないといけない。
しかも、その上で笑顔を絶やさずに、弱音なんて欠片も表に出してはいけない。
まさか、接客業がこれほどのものだったなんて……
甘く考えていた過去の俺に説教をしたい気分だった。
「店員さん、注文いいですかー?」
「はいはーい、少々おまちくださーい!」
その点、ジニーは見事だった。
いつも笑顔を絶やすことはなく、しかもテキパキと仕事をこなしている。
「……ジニーはすごいな」
どうすればうまく仕事ができるのか?
そのコツを教えてもらおうと、わずかな合間を見つけて、そっとジニーに声をかけた。
「え? なんのこと?」
「仕事、完璧にこなしているじゃないか」
「えー、そんなことないって。私なんてまだまだだよ?」
「また謙遜を」
「ホントだって。私、何度かここに来てるからわかるけど、ベテランの人たちは私なんかの数倍は良い動きをしているよ」
ジニーの数倍……もう想像すらできない。
「私は今回だけじゃなくて、以前もここで何度かバイトをしたことがあるからね。そのおかげで、アルト君たちよりはちょっとだけ慣れている、っていうだけだから」
「そうなのか……いや、しかし、それでもすごいと思う」
「そ、そう? そう言われると……ふふ、照れちゃうな」
「仕事のコツなんてものはないか? あれば教えてほしい」
「コツ? アルト君、そんなもの必要なの? けっこうちゃんとやっていると思うけど……」
「顔に出していないだけで、実はかなりいっぱいいっぱいだ。このままだと、いずれなにかやらかすかもしれない。それを避けるためにも、効率のいいやり方などがあれば教えてほしいんだが……」
「うーん、効率のいいやり方ねえ……」
ジニーは考えるような仕草をとり……
それからにっこりと笑う。
「やっぱり、笑顔でいることかな」
「笑顔で?」
「そ。接客業は笑顔が大事でしょ? だから、常に笑顔でいること」
「しかし、それはなかなかに難しく……」
「それでもがんばらないとね。難しいことだけど、でも、笑顔をキープできたらいい仕事もできると思うよ。笑顔でいないとダメ、って意識するだけで色々と気が引き締まるから」
「なるほど……そう言われてみるとそうだな」
ジニーの言うとおりだ。
難しいことではあるが……みんなとの旅行のためだ。
がんばろうと思う。
気合を入れ直して、必死に仕事をこなしていく。
ジニーのアドバイス通りに笑顔を保つようにしていると、それなりにうまくこなせるようになってきた。
この調子なら無事に乗り切ることができるかもしれない。
そんな時、トラブルが起きた。
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