6話 おしおき
用があると言い、ユスティーナはごはんを食べた後、早々にアルトと別れて屋上を後にした。
本音を言うのならば、アルトと一緒にいたい。
休み時間が終わるギリギリまで、一緒に過ごしたい。
できることなら甘えて、また頭を撫でてもらいたい。
しかし。
その前に、やっておかないといけないことがある。
自分は、ただ単に、アルトを追いかけるためだけに学院に入学したわけではないのだ。
もちろん、恋を成就させることは大事だけど……
それと同じくらい、大事なことがある。
それはなにか?
答えは……アルトの敵となる存在を排除することだ。
――――――――――
「それで……どういうことなのかな?」
学院長室のソファーに座り、ユスティーナは冷たい視線を下に向ける。
その先には、床に頭をつけている学院長と副学院長……それと、担任の姿があった。
揃って青い顔をして……
ダラダラと尋常ではない量の汗をかいている。
それもそのはずだ。
ユスティーナは過去最大級に機嫌が悪かった。
とんでもなく不機嫌だった。
竜を怒らせるということは、即ち死ぬことを意味する。
しかも、ユスティーナはただの竜ではない。
竜を束ねる頂点に立つ者……神竜バハムートなのだ。
まだ15歳の女の子とはいえ……
ユスティーナが本気で暴れたりすれば、アルモートはなにもすることができずに消滅するだろう。
それだけの力がある存在を怒らせたこと……
学院長たちは生きた心地がしなかった。
「この学院でいじめが行われている。そのことについては?」
「そ、そのようなことがあったなんて恥ずかしながら知らず、自分の不勉強を恥じる次第でございまして……」
「本当に?」
「え……?」
「本当に知らなかったの?」
学院長は言葉に詰まる。
「ボク、ウソをつかれるのは嫌いなんだ。だから、もう一度、聞くよ。いじめが行われていること、本当に知らなかったの?」
「も、もうしわけありませんっ!!! 本当は、し、知っておりました!」
「そうなんだ……やっぱり、知っていたんだね?」
ユスティーナからの圧が強くなる。
空気が悲鳴をあげているみたいだ。
まるで見えない壁がのしかかっているみたいで、学院長たちは呼吸をするのも困難になってしまう。
「まあ……いじめが起きていたこと、それ自体は責めるつもりはないよ? 大なり小なり、そういうことはどんなに気をつけていても起きちゃうものだからね。うん。そのことについては責めるつもりはないんだ」
ただ……と間を挟み、ユスティーナは判決を告げる裁判官のように言う。
「いじめが起きていることを知りながら放置をする……これは、どうかと思うよね」
「もうしわけありませんっ!」
「先生なんだよね? なら、生徒が困っているなら助けるべきだよね? それなのに、見て見ぬ振りをする……それは正しいことなのかな?」
「もうしわけありませぇえええええんっ!!!」
もはや学院長たちは謝ることしかできない。
土下座を続けることしかできない。
「この学院は、ボクたち竜と人間の融和の証みたいなもの。共に歩んでいくパートナーとして、協力しあう証のようなもの。だからこそ、ボクたちはその身を騎竜として差し出して、竜騎士の力になっていた」
「はい、はい! まさに仰る通りで!」
「でもね……? いじめをするような竜騎士に、ボクたち竜は力を貸すことはできない。そんなことをしたら、己の誇り、心を自分で汚してしまう。ボクは別に威張るつもりなんてないけど、人間で言うと王女のような立場なんだ。山に帰って、こう報告しようか? あの学院……延いてはアルモートは、竜が力を貸すようなところじゃない……って」
「ひぃ……!?」
その光景を想像して、学院長は悲鳴をあげた。
本気の悲鳴だ。
もしも竜の協力がなくなれば、アルモートは滅びる。
間違いなく滅びる。
それだけ竜の力に依存しているところが強いのだ。
自分たちがいじめを見過ごした結果、竜の協力が得られなくなったとしたら?
まず間違いなく処罰される。
ただの処罰ではない。
世紀の愚か者として、十中八九、死罪となるだろう。
「そ、それだけはご勘弁を! どうかっ、どうかぁあああああ!!!」
学院長は冷や汗を大量に流しながら、必死になって懇願した。
副学院長も担任も、自分が学院長と一蓮托生であることを理解しているため、同じく頭を何度も床にこすりつけた。
「もうしわけありません! 誠にもうしわけありませんでしたっ!!!」
「謝る相手が違うんじゃないかな? ボクじゃなくて、いじめられていた人に謝るべきだよね?」
「は、はい。仰る通りでして……」
「……ふぅ」
ユスティーナはため息をこぼした。
なんてつまらない人間なのだろう。
自らの保身と贅沢をすることしか考えられず、そのためならばなんでもする。
プライドというものはないのだろうか?
父や母から聞いた勇者という存在は、なかなかに素晴らしい人物だったみたいだが……
同じ人間とは思えない。
そんなことを考えるユスティーナだけど、人に失望することはない。
なぜなら、彼女が好きになった相手も、また、人なのだから。
怒りなどの感情は、今は表に出さないことにした。
今、自分がやるべきことは、大好きな人が安心して学院生活を送れるようにすることなのだから。
「いい? 今後は、このようなことはないようにしてね。いじめをなくせとまでは言わないけど、そういうことが起きたら、きちんと誠実に向き合うこと」
「は、はい! 肝に銘じます!!!」
学院長たちはひたすらに謝罪と了解を繰り返した。
その姿を見て、ユスティーナはちょっとだけ不安になる。
この人たち、ちゃんと人の話を聞いているのだろうか?
こちらの言いたいことを、ちゃんと理解しているのだろうか?
その場しのぎに、ひたすらに謝罪を繰り返しているだけではないか?
そんな懸念を覚えたユスティーナは、しっかりと釘を刺しておくことにした。
「それじゃあ、よろしくね」
「は、はい。もちろんです……!」
ユスティーナは学院長室を後にしようとした。
それを見て、ようやく嵐が過ぎ去ると学院長たちはほっとした。
しかし、それは勘違いだった。
くるりと、ユスティーナが扉の前で振り返る。
その顔は……にっこりと笑っていた。
「あっ、そうそう」
「な、なんでしょうか!?」
「もしも、また同じようなことが起きたら……ボク、許さないからね?」
絶対零度の声で許さないと言われて、学院長たちは魂が抜けるような恐怖を味わった。
「ボク、失敗は一度だけしか許さないからね。二度目はないよ?」
「は、はひぃ……!」
「そのことをよーく覚えておいてね。じゃあね」
ユスティーナは念押しに笑って見せて、学院長室を後にした。
残された学院長たちは、ユスティーナの笑っているのにまるで笑っていない笑顔が脳裏にこびりついて……
しばらくの間、恐怖に震えていた。
――――――――――
「くそっ、くそくそくそぉおおおおお! ちくしょう、いてぇ、いてえよぉ!!!」
保健室のベッドの上で、包帯だらけのセドリックがうめいていた。
ユスティーナの一撃でやられた後……
保健室に運び込まれて、担当医による魔法の治療が行われた。
幸いというべきか、担当医は優秀だったため、後遺症を負うことはなかった。
ただ、さすがに一日で完治というわけにはいかない
すぐに動けるような状態ではなくて、さらに痛みを軽減することもできず……
ベッドの上でセドリックは悶絶していた。
「くそっ、あの女、許さねえ……この僕をこんな目に遭わせるなんて……! 土下座させて、それから狂うまで犯してやる!」
セドリックは懲りることを知らないらしい。
デコピン一撃でやられたことも忘れた様子で、呪詛をひたすらに吐いていた。
そんな時、保健室の扉が開いて担任が姿を見せた。
「えっと……アストハイム君。大丈夫ですか……?」
「大丈夫なわけねえだろ! てめえ、目が腐ってんのか!?」
セドリックは教師にすら噛みつくが、これは日常茶飯事だった。
貴族の息子であるということに酔うセドリックは、学院の全ての者は自分にひざまずくべきだと本気で信じている。
教師はそんな彼の権力を恐れて注意することができず……
結果、セドリックが増長することになった。
ある意味で、教師の怠慢とも言える。
「あの……怪我の具合はどうですか?」
「こんな怪我なんてどうでもいいんだよ! いや、よくねえよ! くそっ、ちくしょうっ!」
「えっと……」
「おい、あの女はどうした!?」
「あ、あの女というと……エルトセルクさんのことですか?」
「そうだ、竜のボケ女だ! この俺にふざけた真似をしやがって……あいつを連れてこい! 縛った上で身動きできないようにして、俺の前に連れてこい」
「えっと……す、すみませんが、それはできません」
「あぁん、なんだと?」
セドリックに睨まれて、教師はビクリと体を震わせた。
教え子に恫喝されて震える教師というのは、なかなかに情けない。
ただ、それでもセドリックの言うことは聞けない。
「すみませんが……それは無理です。彼女に関してだけは、アストハイム君に協力することはできません……」
「なんでだよ!? 今まで、ヘコヘコと俺の言う通りにしてきたくせに……! 俺を誰だか忘れたのか!? 五大貴族アストハイム家の長男だぞ! てめえなんざ、いつでもクビにできるんだ!」
「し、しかし、相手は竜の王女なのですよ? しかも、この国を単独で滅ぼすことができる力を持った、神竜……バハムート。そんな相手を敵に回すようなことはできません」
「てめえ……なら、僕の家を敵に回すか?」
「そ、それも致し方ない……という結論になります」
「なんだと?」
「これは学院の総意なんですよ……アストハイム君の家は恐ろしい。しかし、それ以上に、エルトセルクさんの方が何倍も……何万倍も恐ろしい。彼女だけは、絶対に敵に回してはいけないんですよ……」
怯えるように言って……
教師はそれ以上セドリックと言葉を交わすことなく、そのまま保健室を後にした。
一人残されたセドリックは……
「くそっ、ちくしょうっ……このままで終わってたまるかよ」
変わることなく、恨み節をこぼしていた。
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