59話 夏季休暇の予定
「アルト、あーん」
「えっと……」
「ほら、あーん」
「いや、しかし……」
「あーん!」
「……あーん」
押し負けてしまい、俺は口をゆっくりと開けた。
するとにこにこ笑顔のユスティーナが、お手製弁当のおかずを口に運んでくれる。
「おいしい?」
「ああ、うまいよ」
「えへへ、やった! アルトにおいしい、って言ってもらっちゃった」
今は昼休み。
皆で弁当を持ち寄り、中庭で食事を食べていた。
俺とノルンの弁当はユスティーナに作ってもらっているのだけど……
俺の分の箸を忘れたと言われてしまい、こうして食べさせてもらっているわけだ。
今にして考えると、わざと忘れた可能性が高い。
「あー……う?」
ユスティーナを見たノルンが自分の弁当に視線を落として……
「んっ!」
ぎこちない手付きでフォークを肉に刺して、俺の口元に差し出してきた。
「えっと……くれるのか?」
「んっ」
「……いただきます」
「んふ~♪」
素直にいただくと、ノルンはうれしそうな顔をした。
「むぅううう……アルト、ノルンの時は、ボクの時よりも早く食べていた。ボクの時はちょっとためらったくせに」
「すまない。ただ、ノルンの場合は断りづらいというか、逆らえないというか……そういう雰囲気があってな」
「もう、アルトってば。でもでも、ちゃんとノルンのことを考えるアルトも優しくて好き!」
空気を吸うような感覚で告白しないでほしい。
こちらはそういうことに慣れていないのだから、いちいちドキドキしてしまう。
「くそ、どうしてアルトばかり……」
「そうやさぐれるでないぞ。なに、ステイルも良い男だ。この僕が保証しよう。そのうち素敵な女性と巡り会えることだろう」
「テオドール……お前、いいヤツだな!」
「はははっ、なにをわかりきったことを」
妙なところで妙な男の友情が芽生えていた。
まあ、二人は気が合いそうだからな。
良い友達になれるだろう。
「ところで、もうすぐ夏季休暇よね」
弁当の焼いたエビをぱくりと食べながら、ジニーがそんなことを口にした。
学院は3つの学期に分かれていて……
間に長期休暇が設けられている。
竜騎士を育成するための学院ではあるが……
強くなること、知識を蓄えることだけを考えていたらロクな大人にならない。
適度な休暇を設けて、そこで学生らしい時間を過ごすこと。
そうすることで健全な心を育む。
……そんな理念が設けられているため、長期休暇が設定されている、というわけだ。
そのことを説明すると、ユスティーナは感心するような顔を作る。
「へー、人間って色々と考えて教育をしているんだね」
「ユスティーナは知らなかったのか?」
「うん。ボクは元々人間に興味があって、ちょくちょく変身して忍び歩いていたんだけど……さすがに学院の中にまでは入れなかったからね。外から見るのと、こうして中から見るのとでは、色々と得られる情報量が違うよ」
「確かに」
「で……夏季休暇なんだけど、みんなはもう予定立てていたりする?」
「そうだな……一度、故郷に帰ろうと思っている」
手紙は出しているものの、学院に入学して以来、一度も顔を見せることができていないからな。
ユスティーナのこともあるし、勲章を授かったこともあるし……
色々な話を両親や、故郷のみんなにしておきたいところだ。
「アルトの故郷! ボクも行きたい行きたい!」
「あうあうっ」
ユスティーナが目をキラキラと輝かせて、それに便乗するようにノルンも俺の手をくいくいと引いてアピールした。
話、理解しているのだろうか……?
「あ、私もそれ興味あるな」
「私もですわ」
「俺も!」
「うむ、僕も友人代表として顔を出しておく必要があるだろう」
かなりの大所帯になりそうだ。
「構わないが……なにもない田舎だぞ? 観光スポットなんてものはないし、大しておもしろくないと思うが……」
「アルトの故郷っていうところに価値があるんだよ!」
ユスティーナの言葉にみんながコクコクと頷いた。
「そうか? まあ、それならいいが……」
「アルト君の故郷ってどこなの?」
「シールロック、という村なんだが……知っているか?」
「……ごめん、知らないや」
「仕方ないさ。辺境の小さな村だからな。ここから南東に……そうだな、馬車で一週間ほどだろうか?」
「けっこうかかるのね」
「あらかじめ予約しておいた方がいいだろうな。これだけの人数となると、直前には確保できないかもしれない」
「そうね。その辺りはこれから計画を練っていきましょう」
「一つ、僕から提案があるのだが……」
なにやら思いついた様子で、テオドールが口を挟んできた。
「シールロックなら僕も知っているよ。確かになにもないところではあるが、のどかで良い村だ」
「ありがとう」
自分の故郷を良く言われることは素直にうれしく思う。
「ただ、せっかくの夏季休暇なのだ。のんびりするだけではなくて、パーッと遊びたいと思わないかい?」
「というと……?」
「シールロックの手前に、海に面した有名な観光地がある。コルシアという街なのだけど、知らないかい?」
「あ……私、知っていますわ。小さい頃、家族でそちらへ旅行に行ったことがあります。海で遊ぶことができたり、海産物をおいしくいただいたり、とても楽しい思い出がありますわ」
「ならば話が早い。コルシアにも立ち寄り、ひと夏のバカンスといかないかい?」
「「おー」」
ひと夏のバカンスと聞いて、ステイル兄妹が明るい顔になった。
いや、二人だけじゃなかった。
アレクシアも楽しそうにしているし、ユスティーナもあれこれ想像しているらしく、海で遊びたい! というような子供の顔をしていた。
「コルシアとアルトの故郷の旅行……おそらく二十日ほどかかるだろうが、なに、夏季休暇は長い。時にはこのような贅沢な旅行をしてもいいと思うが、どうだろうか?」
「私は賛成よ」
「俺もだ!」
「私も」
「うんっ、みんなで一緒に旅行したいな!」
「あうっ」
満場一致で賛成に決まる。
「ただ、旅費をどうするかが問題だな」
夏季休暇に帰省する予定だったので、馬車の料金はあらかじめ確保してある。
多めに用意しているため、コルシアに寄り道をしても問題はない。
しかし、宿代や遊ぶための金のことを考えると少し厳しい。
その辺りの問題点をテオドールに聞く。
「コルシアの物価を知っているか? 宿代や食事代がどれくらいするのか知りたい」
「国内でも有数の観光地で、国外からの観光客も多いからね。かなり物価は高いよ。普通の宿、食事場となると、この王都の2~3倍といったところかな? より高級なところになると、10倍以上になるだろうね」
「10倍……」
とてもじゃないけれどそんな金を用意することはできない。
2~3倍でも厳しい。
「なに、金のことを気にすることはないさ。それは僕が用意しよう」
「私もいくらか出すことができますわ」
「いや、それは……」
五大貴族の家に生まれた二人ならば、それくらいは簡単だろう。
しかし、さすがに申しわけない。
二人に対する負い目から、素直に旅行を楽しむことができなくなってしまいそうだ。
「ふむ、気にすることはないのだが……」
「ですが、少し配慮に欠けた提案だったかもしれません……」
「なら、みんなでアルバイトしない?」
ジニーがそんな代替案を出してきた。
「アルバイト?」
「うちの親戚がカフェを経営しているんだけど、色々とあって、今人手が足りていないみたいなの。短期のバイトをちょうど6人、募集しているの」
「カフェなのに6人も?」
「接客だけじゃなくて、色々とやることがあるみたい。今ならすぐに働くことができるし、お給料もたくさんはずんでくれると思うよ。どう?」
悪くない話だった。
やはり遊びに使う金は自分できちんと出したい。
「ボク、アルバイトしてみたいかも!」
「私も興味があります」
「俺は構わないぜ」
「うむ、たまには庶民の労働を体験することも、いい糧となるだろう」
みんな問題ないみたいだ。
ノルンはさすがにバイトはできないが……
まあ、一人分くらいならプラスして稼ぐことができると思う。
「なら頼めるか?」
「オッケー! さっそく、今日の放課後におじさんの店に行きましょ」
「早いな」
「善は急げ、ってね」
ジニーがウインクをして、にっこりと笑った。
旅行のためのアルバイト……
とても学生らしいイベントだ。
竜騎士になるための訓練だけではなくて、こういうイベントも楽しみたいと思う。
そう思うようになったのは、やっぱり、ユスティーナの影響だろうか?
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