57話 名前をつけよう
とある日の夜。
「あう♪」
エンシェントドラゴンの女の子は、いつものように、それが当たり前のように、俺にべったりだった。
ユスティーナ曰く、彼女は俺に好意を持っているらしい。
だから、離れたくないのだろう。
学院に行っている間は一人にさせてしまい、申し訳ないと思っている。
なので、好きにさせているのだけど……
「ぐぬぬぬっ!」
ユスティーナが嫉妬でどうにかなってしまいそうなのが、唯一の問題だった。
「むむむ……!」
「ふーん……」
いや、ユスティーナだけじゃなかった。
アレクシアも不機嫌そうにしているし……
なぜかジニーもおもしろくなさそうな顔をしていた。
今日は、遅れながらアレクシアの歓迎会を開くことにした。
それと、エンシェントドラゴンの女の子の歓迎会も兼ねることにした。
そのため、みんな部屋に集まり、一緒に料理を食べる予定だ。
ユスティーナとアレクシア、それとジニーの女の子組が料理を担当しているが……
時折、ちらちらとこちらに恨みがましい視線を向けていた。
「こらーっ、アルトに抱きついたらダメ! 何度言ったらわかるの!?」
我慢できなくなったのか、ユスティーナがこちらに出てきて女の子にぐるるると牙を剥いた。
「ユスティーナ、気持ちはわからないでもないし、申し訳ないとは思うが……料理の最中に離れるのは色々と危ないぞ?」
「大丈夫。あとはじっくりコトコト煮込むだけだから」
「そういうこと。しばらくは問題ないですわ」
アレクシアとジニーもこちらにやってきた。
「ちょうど1時間後くらいにできるかな? 出前も頼んでいるから、今日は豪華な夕食になるよ」
「それはいいが……」
さすがに寮の一部屋に6人はきついな……
もっと広い部屋を借りればよかったかもしれない。
「やべえ……こんな美少女たちに囲まれてるのに、全員俺に興味なくてアルトに夢中とか……うれしいような悲しいような、超複雑な気分だ……」
「に、兄さん! 私は別に……変なこと言わないでよっ」
「ぐあ!?」
ジニーに殴られてグランが伸びていた。
部屋が狭くなるから倒れないでほしい……などと、ついつい薄情なことを考えてしまう。
「それはともかく……その子があのエンシェントドラゴンなんだ。ぜんぜん、そんな風には見えないわねー」
「んぅ?」
ジニーが女の子の顔を覗き込み、きょとんとされた。
女の子は不思議そうにジニーを見返して……
それからにっこりと笑う。
「ふわぁ……か、かわいい!」
「ふぎゅっ」
ジニーの目がハートマークになり、女の子を抱きしめた。
そのまま頭を撫でて撫でて撫で回す。
最初は驚いていた女の子だけど、ジニーを優しくしてくれる人と認識したらしく、再び笑顔の花が咲いた。
「むっ」
女の子をかわいがるジニーを見て、妙な対抗心を燃やしたらしく、ユスティーナがカトラを撫でた。
カトラはくぅんと気持ちよさそうに鳴いて、もっと撫でてというようにひっくり返り腹を見せた。
ちなみにカトラというのは、この前の校外試験でユスティーナが拾った犬型の魔物のことだ。
魔物を飼うなんてとんでもないと思ったが……
完全にユスティーナに懐いているし、他者にむやみに吠えることなく、服従の姿勢を見せていた。
そのため、特別に飼育の許可が降りたのだ。
……あの時の説得は大変だった。
それはともかく。
ほどなくして料理ができあがり、二人の歓迎会が始まる。
「「「かんぱーいっ!」」」
まだ学生なのでアルコールは禁止だ。
ジュースで乾杯をして、女性陣特製の料理に手を伸ばす。
「おおっ、こいつは……」
「ねえねえっ、アルト、どうかな!? ボクの料理おいしい?」
「その肉料理は私が作ったのですが、どうでしょうか? アルトさまのお口に合えばいいのですが……」
グランがなにか感想を言おうとしたところ、ユスティーナとアレクシアに押しのけられた。
二人とも自分がなにをしたか理解していないらしい。
なんというか……すまん、グラン。
俺のせいではないはずだが、謝罪の念を覚えずにはいられなかった。
「このステーキはアレクシアが?」
「はい。ソースは木の実などを使い、あえて甘みを足してみました。それから……」
「焼き加減も絶妙だよな。柔らかくてとろけるみたいで、こんなに上手に焼くこと、なかなかできないと思う」
「はふぅ……アルトさまにそう言っていただけるなんて、私、幸せです」
アレクシアがキラキラ笑顔になった。
「ユスティーナは、この揚げ物を?」
「うん。それなりに手間をかけているんだけど……どうかな?」
「うまいよ。野菜と一緒に揚げることで旨味がプラスされているし、ホントにユスティーナは料理が上手だな」
「えへ、えへへへぇ♪ アルトに褒めてもらっちゃった、褒めてもらっちゃった♪」
ユスティーナが笑顔でくねくねとした。
「ねえ、アルト君」
「なんだ、ジニー?」
「アルト君って、たらし?」
「なんのことだ? 俺はただ、素直な感想を口にしているだけだが……」
「天然なのね。まったく、厄介な……こういうところ、たまにドキッとさせられるし……」
「今、なんて?」
「な、なんでもないから!」
なぜか慌てるジニーだった。
「あふ~♪」
口の周りをソースなどでべとべとにしたエンシェントドラゴンの女の子が、うれしそうな感じでこちらに寄りかかってきた。
スプーンやフォークを使えないせいか、手もべとべとだった。
「そんな風に汚していたらいけないぞ」
「あーう?」
「ほら、じっとしているんだ」
ナプキンを手にして、女の子の口元と手を拭いてやる。
女の子はどこかうれしそうな感じで、ずっとニコニコとしていた。
そんな俺たちを見て、ジニーがぽつりと言う。
「なんか、親子みたいね」
「そうか?」
「そうよ。その子、アルト君にものすごく懐いているし……アルト君はアルト君で、その子の面倒を甲斐甲斐しく見ているし……親子っぽい」
この歳でそんなことを言われる日が来るなんて。
微妙にショックだ。
「ところで、アルト」
ユスティーナが思い出したように口を開く。
「その子の名前をつけてあげたら?」
「名前を?」
「その子、軽い記憶障害で自分のことも覚えてないみたいで、名前もわからないでしょ? だから、アルトがつけてあげたらいいんじゃないかな、って」
「しかし、竜にとって名前はとても大事なものなんだろう? それを俺がつけるわけには……」
「アルトだからこそ、だよ。他の人だと、その子は納得しないと思うよ。ボクでもダメ。その子が一番好きなアルトに名前をつけてもらえたら、きっと喜ぶよ。あ……一番好きとか言ったらむうううってなってきちゃった」
自分の台詞に自分で嫉妬していた。
「名前か……君はどう思う? 俺に名前をつけてほしいか?」
「んっ!」
俺の言葉の意味を理解しているのかいないのか、女の子は笑顔で頷いた。
それから、なにかを期待するような感じで、キラキラとした視線を向けてくる。
ユスティーナの発言でもあるし、なんとなく、こちらの意図は理解しているみたいだ。
その上で、俺に名前をつけてもらうことを喜んでいるみたいだ。
「なら、考えてみるか」
とはいえ、誰かの名前をつけたことなんて一度もない。
相手はエンシェントドラゴンで……しかも、かわいい女の子。
下手な名前はつけられない。
どんな名前がいいだろうか?
「難しく考える必要はないよ。アルトが決めた名前なら、この子はどんなものでも喜ぶと思うからね」
「……わかった」
ユスティーナの助言のおかげで、迷いは消えた。
思い浮かんだ名前を女の子に告げる。
「ノルン……なんていうのはどうだ?」
確か、『祝福』とされている竜言語だ。
どこかでそんな知識を得た覚えがある。
「ノルン……ノルン……ノルン……」
女の子は何度か繰り返して……
「ノルン!」
にっこりと笑い、これが私の名前なんだ、というように誇らしげな顔した。
「よし、今日から君はノルン」
「んっ、ノルン!」
女の子……ノルンはにこにこしながら、名前をつけてくれたことを喜ぶように俺に抱きついてきた。
そのせいで、ユスティーナとアレクシアが膨れてしまうが……
今回だけは勘弁してほしい。
今日から更新を再開します。
またよろしくお願いします。