56話 保護することになりました
エンシェントドラゴンは宝石のようなものに寄生されて、体の自由を失っていた。
そんな状態でも意識は残っていたらしい。
どうにかしようとして、どうにかできなくて……
もうダメなのかもしれないと、命すら諦めていたらしい。
突然、自分の体のコントロールが効かなくなる。
意識だけが残る。
そんな状態になれば命の危機を覚えたとしても、大げさではないと思う。
そんな時、俺たちと遭遇して……
そして、解放された。
そのことをエンシェントドラゴンは深く感謝をして……
ついで……というと言葉が悪いかもしれないが、宝石を壊した俺に対して好意を抱いたらしい。
その好意の影響からか、俺を抱きしめて、親愛を伝えたいと考えたという。
伝説と言われている竜なので、人間に変身することは簡単にできる。
エンシェントドラゴンはすぐに人間に変身して……後は見たままだ。
……そんなことをユスティーナ経由で知ることができた。
同じ竜だから、言葉が話せなくても気持ちはわかるらしい。
「でも、どうして言葉が話せないのですか?」
アレクシアがもっともな疑問を口にした。
「それがどうも、この子は街の外で暮らしてたハグレみたいなんだよね」
ハグレと呼ばれる竜がいる。
人がいる街で暮らすわけでもなく、竜が住む山で暮らすわけでもなく。
自由気ままにあちこちを旅する。
それがハグレだ。
人と共存していなくても、言語くらいは普通は知っているし、すぐに理解できるものだけど……
この子の場合は、生まれた時からハグレだったらしく、ほとんど人と接したことがないという。
「なるほど……そういう事情なら言葉を話せなくても仕方ないですね」
「こういう子はホント珍しいんだけどね。他の国ならともかく、この国なら、ハグレだとしても大抵の竜は人と接したことがあって、言葉が話せるはずなんだけど……あと、記憶が曖昧でよく覚えていないみたい」
「そうなると……困ったな」
なぜ、宝石のようなものに寄生されていたのか?
それ以前はどうしていたのか?
テオドールの異変について、知ることはないのか?
色々と聞きたいことがあったのだけど、言葉が通じないとなるとそれは難しい。
ユスティーナなら、ある程度は感情や考えが理解できるらしいが……
精密な翻訳は難しいらしく、詳細を詰めることはできないだろう。
そもそも、宝石に寄生されていた影響なのか記憶も曖昧というし……
この子から情報を得ることは厳しい状況だ。
「~♪」
頭を悩ませる俺たちとは正反対に、女の子はごきげんな様子で俺に抱きついてきた。
「むぅっ、むぅううう!」
「ずるいですわ……」
ユスティーナが膨れて、アレクシアが拗ねた。
「あー……すまない、この子は煽るとか、そういうつもりはないと思うが」
「それはわかってるんだよぉ……その子、ものすごい純粋で、文句をぶつけるなんて、さっきアルトが言ったように大人げないってわかったし……でもでも、もやもやするのーっ!」
「ですわ!」
叫ぶユスティーナに同調するように、アレクシアもこくこくと頷いた。
俺は苦笑して……
女の子はきょとんと二人を見ていた。
――――――――――
その後、竜騎士たちも駆けつけてきた。
女の子がエンシェントドラゴンであること。
しかし、なにも覚えておらず、おまけに言葉が通じないから詳細を調べることは難しいということを報告した。
「ふむ、それは困ったな……」
俺たちと同じように、竜騎士の隊長も悩ましそうな声をこぼした。
「ただ王都に戻れば竜専門の治癒師もいる。診てもらえば治療も可能かもしれない。それに彼女はエンシェントドラゴン。人々を驚かせてしまう可能性もある。彼女は我々が保護することにしよう」
竜騎士の隊長は彼女に手を差し出すが……
「ぷいっ」
猫が嫌がるような感じで彼女はそっぽを向いた。
竜騎士の隊長が、ショックを受けたようにその場でがくりと膝をついた。
年頃の娘がいて、反抗期を思い出したのかもしれない。
「んー!」
女の子は俺にしがみついた。
絶対に離れてやるものか、という感じだ。
「えっと……すいません。彼女の面倒は俺が見ることはできませんか?」
「む……いや、しかし……」
竜騎士の隊長はショックから立ち直り、俺の言葉に渋い顔をした。
「俺のような学生に任せるというのは、確かに不安だと思います。ただ……」
ちらりと女の子を見た。
にっこりと笑う。
俺に対して全面的な信頼を寄せているのを感じて……それを裏切ることは、とてもじゃないけれどできそうになかった。
「俺が言うのもなんですが……たぶん、彼女は俺から離れないかと」
「むぅ……」
「それとユスティーナもいるから、なにか起きた時は対処しやすいと思いますが」
「えっ、ボク!?」
そんな話聞いていないという感じで、ユスティーナが驚いていた。
まあ、今か話したというか、思いついたばかりだからな。
「頼む、ユスティーナ」
「で、でもその子はアルトにキスを……」
「今度、できる範囲のことならばなんでも言うことを聞くから」
「ボクに任せて!」
ユスティーナは目をキラキラと輝かせながら、任せてというように胸をぽんと叩いてみせた。
その瞳は……ちょっと欲に眩んでいた。
竜の頂点に立つバハムートがそんなことでいいのか、若干不安になる。
「わかった。確かに、君に任せた方がいいみたいだ。エルトセルク殿もいるのならば、我々よりも安心できるだろう。無論、定期的に様子を見て、報告書をあげてもらわないといけないが……」」
「わかりました」
「うむ。ならば、手続きはこちらでしておこう」
竜騎士の隊長は部下に何事か伝えて……
部下は一つ頷くと、竜に乗り王都の方へ飛ぶ。
手続きをするために、さっそく行動したのだろう。
頼りになる。
「さて……色々と後片付けをしなければいけないな。君たちはテストの途中なのだろう? 事情は部下に説明させておいた。ひとまず、教師のところへ戻るといい」
「その前に……テオドールがどうなっているのか、知りたいんですが」
「彼は無事だ。もう意識は戻っている。ただ、その竜の少女と同じで、なにが起きたのか覚えていないそうだ」
「そうですか……」
なぜテオドールはあんなことに?
そして、この子……エンシェントドラゴンを狂わせたのはいったい誰なのか?
謎だけが残る。
とにかくも、俺たちは教師のところへ戻ることにした。
――――――――――
エンシェントドラゴンが現れるというトラブルにより、校外試験は中止になった。
事前にグランとジニーが連絡をしていたため、大きな混乱はなく、生徒の避難は完了していた。
エンシェントドラゴンに襲われたと思われる生徒たちも、竜も軽傷で済んでいた。
そのまま生徒たちは帰宅させられて……
後日、校外試験の正式な免除が決定された。
途中で中止になったため、点数を決めてしまうことはできないとされた。
また新しい試験を用意する間もないため、今回は免除という形になったという。
こうして一連の騒動は終わりを告げたが……
大きな謎を残していた。
ただ、小さな手がかりを掴むことができた。
それは……テオドールが雇っていた竜騎士だ。
テオドールの様子がおかしくなる前に、その内の一人が妙な動きをとっていた。
テオドールに近づいてなにかをささやき……詳しくは見えなかったが、なにかしらの細工をテオドールにしたように見えた。
そのことを報告して……
後日、テオドールに事情を聞いてみると、覚えていないと言われた。
ただ、その竜騎士は姿を消しており、履歴書もデタラメなものだったという。
過去の情報を遡り、調査が行われているらしいが……
未だその行方は知れない。
その目的は不明だが……
『敵』がいるということは判明した。
それだけでも、それなりの収穫になったと思う。
ちなみにエンシェントドラゴンは、話をしていた通りに俺が保護することになった。
ユスティーナがいるということ。
あと、以前に俺が金竜章を授かっていたこともプラスの方向に働いて、問題なく受理されたという。
そして今は……
「ん~♪」
「あああぁっ、ま、またアルトに抱きついているし!」
寮の部屋で一緒に暮らしていた。
「アルトはボクのものなんだから! 絶対に渡さないんだからねーっ!?」
「?」
ユスティーナが吠えて、女の子はよく理解していない様子で小首を傾げて……
「はは……」
とりあえず……
しばらくは賑やかな日々が続きそうだった。
一週間ほど更新を休みます。
詳しくは活動報告にて。