55話 3人目の一目惚れ
突然光が放たれたせいで視界が閉ざされてしまう。
いったいなにが……!?
なにが起きているのか理解できず。
どのようにしていいかもわからず。
俺はただただその場の流れに翻弄されて、空を落ちていく。
「っ……!?」
ふと、体がふわりと浮いた。
ユスティーナ……ではないと思う。
咥えられたという感覚はない。
なんというか……
真綿で包まれているような、そんな柔らかさがあった。
「これは……」
鋭い光を直視してしまった影響が薄れて、ようやくものが見えるようになってきた。
俺は……ふわふわと宙を浮いていた。
一人じゃない。
見知らぬ女の子が俺を抱きしめるようにして、一緒に浮いていた。
サラサラの髪は銀色。
光を束ねたかのようだ。
そして、その銀色の髪は、どことなくエンシェントドラゴンを連想させた。
歳は……たぶん、俺たちと同じくらいだろう。
大人と子供の間。
あどけなさを残しつつも、凛と輝いているところが見えた。
やや露出の高い服を着ている。
発育がいいせいか……その、目のやり場に困る。
そんな女の子は、目を閉じたまま、俺と一緒にふわふわと浮いていた。
そして……ゆっくりと目を開ける。
彼女の瞳は、深い朱だった。
「アルト!」
「アルトさま!」
ユスティーナとアレクシアが飛んできた。
テオドールのことは竜騎士に任せたらしく、ユスティーナの口は空っぽだ。
「大丈夫!?」
「ああ、なんとか……この子のおかげ、なのか?」
「えっと、そちらの方はいったい……?」
「あっ、もしかして……」
アレクシアは不思議そうに小首を傾げて……。
ユスティーナはなにか心当たりがある様子で、目を大きくした。
そんな中、女の子はじっとこちらを見つめている。
なにがそんなにおもしろいのかと、飽きることなくこちらを見つめている。
「えへ」
やがて、にっこりと笑った。
花が咲いたような笑みだ。
見ているだけでこちらも微笑んでしまいそうな、そんな安らぐ笑顔。
そして、女の子はさらに顔を近づけてきて……
「んっ……ちゅ」
そっと唇を重ねてきた。
「「っ!!!?!!!?!!!?!?!?!?」」
ユスティーナとアレクシアが絶句するのが見えた。
その間も、女の子は唇を重ねていて……
「……ぷはぁ」
やがて、満足したという様子で顔を離した。
それから再びにっこりと笑う。
そうこうしている間に高度はどんどん下がり……
地面にゆっくりと着地した。
「アルトっ!」
「アルトさまっ!」
飛びかかるような勢いでユスティーナとアレクシアが、それぞれ着地した。
ユスティーナは人間に変身して、アレクシアは竜から降りて……
そのまま詰め寄ってくる。
「い、いいい、今アルトさまとその方が、き、ききき、キスを……!?」
「アルト! そこどいてっ、その子、噛めない!」
魔物も逃げ出すような迫力で詰め寄られて……
「ぴぃっ!?」
女の子は怯えるような感じで飛び上がり、ササッと俺の後ろに隠れた。
それからそーっと顔を出してユスティーナとアレクシアの様子を探り……
「がるるるっ」
「ぴゃっ!?」
ユスティーナに犬のようなうなり声をぶつけられて、再び俺の後ろに隠れた。
ぷるぷると震えている。
なんというか……庇護欲をそそられる子だ。
「えっと……ユスティーナ、アレクシア。とりあえず落ち着いてくれ。この子が怯えている」
「でもでもでも、その子はボクが将来、ゆっくりとねっとりととろけるように味わう予定だったアルトの唇を!」
そんな予定を立てていたのか……?
「私はアルトさまと迎える新婚初夜でこの身を捧げ、その対価としてキスを求めるつもりでしたのに!」
勝手に人の予定を決めないでほしいのだが……
「と、とにかく落ち着いてくれ。二人が荒れる気持ちは……まあ、当事者である俺が言うのもなんだが、わかっているつもりだ。ただ、今は色々と確かめないといけないことがある。そうだろう?」
「それは……」
「まあ……」
ひとまず納得はしてくれたらしく、二人は女の子を威嚇するのを止めた。
ただ、いつでも再開できるぞ? というような感じで身構えていた。
ぷるぷると震える女の子を見ていると、大人げないぞ、という気持ちになってしまう。
「えっと……君は?」
「あぅ?」
「俺は、アルト・エステニア。君の名前は?」
「うー……あぅ!」
とりあえず危険は去ったと判断したのか、女の子はにこにこ顔になる。
ただ、こちらの問いかけに答えてくれず、意味のわからないうめき声のようなものを口にするだけだ。
「もしかして……言葉がわからない?」
「うー?」
「その可能性が高そうだな……」
まいったな。
なにが起きているのか、この子に聞こうと思っていたのだが……
「アルト、ボクに任せてくれる?」
「……脅すなよ?」
「しないよー。たぶん」
たぶんなのか。
とはいえ、ユスティーナには心当たりがある様子だ。
他に手もないので任せることにした。
「ほらほら、おいでー」
「うぅ……」
女の子はびくびくとしながらも、素直にユスティーナのところに移動した。
「ちょっと目を見せてねー」
「あう……」
ユスティーナが女の子の目を覗き込んだ。
それから治癒師のような感じで、あれこれと診察のようなものをする。
「ふんふん、なるほどなるほど……うん、わかった!」
「わかったのか?」
「この子、さっきのエンシェントドラゴンだよ」
「やはりか……」
「あれ? 驚かないんだね」
「エンシェントドラゴンが消えて、代わりにこの子が現れたからな。もしかしたら、とは思っていた。竜が人に変身する例も身近にあるからな」
「なるほど、ボクのおかげだね!」
そこでなぜ誇らしそうにするのか……?
「それで、この子のことなんだけど、えっと、なんていうか……」
ものすごく言いづらそうだ。
なにかとんでもない事実が判明したのだろうか?
思わず緊張してしまうが……
「アルトに一目惚れしたみたい」
「……は?」
予想外の事実を告げられて、俺は間の抜けた声をこぼしてしまうのだった。
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