54話 解放
「もう一度、作戦を確認しておこう」
ユスティーナの背で待機しつつ、そう語りかけた。
「みんながエンシェントドラゴンの体力を削り、注意を引きつけている間に……俺たちは超々高度からの奇襲をしかける。俺はエンシェントドラゴンを操っていると思われる宝石を破壊する。ユスティーナは、テオドールの方を頼む」
「うーん……ホントにその役割分担でいいのかな? アルト、危険すぎない?」
「まあ……否定はできないな」
竜騎士から武器を借りたものの、それでもエンシェントドラゴンを相手にして無事でいられるという保証はない。
謎の宝石に攻撃が通るかわからないし……
仮にダメージを与えられるとしても、武器を届かせるまでの間に反撃を喰らわないとも限らない。
ただ、この配置がベストなのだ。
ユスティーナは自分でも言っていたが、巨大故に細かい作業に向いていない。
エンシェントドラゴンの口の中にある小さな宝石をピンポイントに狙うなんてこと、なかなかに難しい。
人間に変身すれば精密な作業ができるようになるが……
しかし、力は落ちてしまう。
竜形態のままなら力は十分だが、宝石のある場所が場所だけに、やりすぎてしまいエンシェントドラゴンの命を奪ってしまうかもしれない。
それは避けたい。
なので、俺がエンシェントドラゴンを担当して……
ユスティーナがテオドールを抑える、という分担になったのだ。
「アルトの言いたいことはわかるんだけどね、その方が確かっていうこともわかるんだけどね。うー……でもでも、やっぱり心配だよお」
胸の内の想いを表現するように、ユスティーナがもぞもぞと動いた。
……俺が上に乗っているのだから、そんな風に動かないでほしい。
鞍もないし、下手したら落ちるぞ。
「その時はすぐに追いかけて、ぱくって咥えるよ」
俺の考えを読んだ様子で、ユスティーナがそんなことを言った。
「それはやめてほしいな」
「ならなら今回の作戦も……」
「それはやめない」
「うー」
ユスティーナが心配してくれているのはわかる。
その気持ちはうれしい。
しかし、今回は他に手がない。
そのことをユスティーナも理解しているからこそ、強硬に反対することはしないのだろう。
作戦にあたり、できる限り万全な状態で挑みたい。
ユスティーナの心のケアも俺の役目だろう。
「ユスティーナ、俺のことを信じてくれないか?」
「……アルト……」
「俺のことは信じられないか?」
「ううん、そんなことないよ! ボクはアルトのこと、一番に信じているよ! でも……それでも……」
「大丈夫だ」
ぽんぽんと背中を撫でた。
「約束する。無事にユスティーナのところに戻る。絶対だ」
「ホント?」
「ホントだ」
「……うん、わかったよ。ボクはアルトの騎竜だもんね。それなのにアルトのことを信じないなんてダメだと思うし……信じるよ!」
迷いは消えたらしく、気合を入れるように、ユスティーナは翼を大きく羽ばたかせた。
「その調子だ」
「がんばろうね、アルト!」
「ああ」
……ほどなくして、眼下で小さな光が瞬いた。
準備できた、というこちらに対する合図だ。
「行くよ、アルト」
「ああ、いつでも」
ユスティーナが眼下を向くように、体を下に傾けた。
そんな彼女の背中にしっかりと掴まる。
そして……
「ふっ……!!!」
息を吐き出すと同時、ユスティーナは一気に加速した。
眼下で輝く光に向けて、空から落ちるように突撃する。
風を切り、大気を切り、雲を切り。
重力による影響もプラスされて、音速に近い速度で飛ぶ。
いや、垂直に翔ける。
ターゲットが見えた。
距離が近くなり、その姿がみるみるうちに大きくなる。
「アルトっ、今!」
「ああっ!」
俺は……ユスティーナの背中を蹴り、その身を空に投げ出した。
槍を構えて、矢のごとくエンシェントドラゴンに飛ぶ。
一方でユスティーナも垂直落下をして、エンシェントドラゴンに乗るテオドールに迫る。
俺は槍を。
ユスティーナは爪を。
それぞれに構えた。
「まずは、ボクからだよっ!」
ユスティーナはさらに加速して、先にエンシェントドラゴンのところに辿り着いた。
。
ただ、さすがというか、エンシェントドラゴンはユスティーナの奇襲に気づいていた。
迎撃をしようとするが……
「テオドールっ!!!」
力強く呼びかけると、わずかにその動きが鈍る。
その間にユスティーナが動いた。
上から下へ一閃。
刈り取るような一撃で、エンシェントドラゴンの背中に乗るテオドールを叩き落とした
「グァッ……!?」
妙な力で我を失っているテオドールは、エンシェントドラゴンを操るほどに強くなっていたが……
さすがにバハムートの攻撃に耐えられるはずもなく、弾き飛ばされて、空に飛んだ。
そんなテオドールをユスティーナが追いかけて、ぱくりと咥えた。
色々と手加減はしていたらしく、気絶程度で済んでいるようだ。
「グルァアアアアアッ!!!」
主を失い、エンシェントドラゴンが暴れ狂う。
テオドールによって制御されていたみたいだ。
「怯むな! 押し返せっ」
しかし、この反応は想定内だ。
竜騎士たちとアレクシアが一斉に攻撃をして、エンシェントドラゴンをその場に押し止める。
さらに、顎の辺りを狙い、こちらの要望通りに首を上に向けさせた。
俺は構えた槍はそのままに、足を動かして落下の軌道を調整した。
目的地は……エンシェントドラゴンの口の中。
そのままだ。
重力に引かれるままに落下して、加速して、飛んで……
そして、突撃する。
「これでも……くらえぇえええええっ!!!」
槍を突き出した体勢のまま、エンシェントドラゴンの口内に飛び込んだ。
その勢いのまま、矛先が口内に潜む宝石に直撃する。
ギィンッ!!!
槍と宝石が激突して、甲高い音が響いた。
時が止まったかのように、ピタリと槍が静止する。
俺の体もそのまま止まる。
ピシリッと、槍の矛先にヒビが入る。
ミシミシと嫌な音を立てながら、それは槍全体に広がり……
「くっ……!?」
槍が粉々に砕け散った。
失敗か!?
思わず焦りを覚えるが……
ピシッ。
少し遅れて宝石にもヒビが入った。
ゆっくりと……しかし、確実にヒビが広がる。
そして……
ガシャアアアアアッ!!!
大きな音を立てて宝石が砕けた。
同時に宝石から伸びていた触手のようなものも消える。
よかった。
これで作戦は成功……
「っ!?」
したと思った瞬間、視界が反転した。
ぐるぐると回転して……
体が上下左右に揺さぶられる。
エンシェントドラゴンを呪縛から解き放つことに成功したが、意識を失っているらしい。
俺は上半身をエンシェントドラゴンの口内に突っ込んでいるような形なので、無理をすれば脱出することはできる。
しかし、飛ぶことはできず……
一緒に落下していく。
「アルトっ!?」
ユスティーナの声が聞こえた。
たぶん、慌てて追いかけているのだろう。
ただ、間に合うかどうか。
さて、どうするか?
絶体絶命のピンチではあるが、俺は比較的落ち着いていた。
なぜかわからないが……なんとかなるような気がしたのだ。
その時。
エンシェントドラゴンの体が光り輝き、視界が白一色に染められた。
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