5話 一緒にごはん
机がなぎ倒されたり、教室の壁に穴が空いたり、窓ガラスが割れたり……
魔法が炸裂したような有様だったのだけど、ユスティーナは特に怒られるようなことはなかった。
むしろ、ユスティーナの名前を連呼して、さらに肩を抱いたセドリックに非があると判断された。
普段はセドリックが持つ権力にヘコヘコしている先生だけど……
今はそれ以上に、ユスティーナに怯えているらしい。
まあ……ユスティーナはとんでもない力を持っているからな。
それに、人で例えるなら王女さまのような立場だ。
ユスティーナの機嫌を損ねる=竜族の機嫌を損ねる、という事態になりかねない。
そんなことになれば、アルモートは大打撃を受ける。
この国は竜と共存しているから栄えているのであって……
竜の加護がなくなれば、あっという間に滅びるだろう。
故に、セドリックよりもユスティーナを優先するのは当たり前の流れだった。
ただ……
「あう……ごめんね、アルト」
ユスティーナはやりすぎたと反省していて、しょぼんと落ち込んでいた。
今は昼休みで、ここは屋上だ。
ユスティーナに二人きりになりたいと言われて、購買でサンドイッチを購入した後、屋上へ案内した。
そこで、ユスティーナはまず最初に頭を下げたのだ。
「ボク、やりすぎちゃったよね……?」
「えっと……まあ、そうだな」
ウソをついても仕方ないと思い、素直に頷いた。
あううう、と妙なうめき声をこぼして、ユスティーナがさらにしょぼんとした。
「壁の修理とか、けっこう大変そうだし……色々とまずかったかもな」
「ごめんなさい……アルトがバカにされて……それで、あいつがアルトをいじめてた相手ってわかったら、なんかもう、どうしようもなく腹が立って……で、でもでも、一応、手加減はしたんだよ? 本気でやれば、校舎ごと吹き飛ばすことなんて、簡単にできたから」
ユスティーナなら、本気でできるんだろうな。
思わず乾いた笑いがこぼれてしまう。
「やりすぎはやりすぎだから、注意した方がいいと思う」
「そうだよね……」
「でもさ……ありがとな」
「ふぁ」
お礼というのも変だけど、ユスティーナの頭を撫でた。
「俺のために怒ってくれたんだろ? すごくうれしかった」
「当たり前だよ。好きな人をバカにされたんだもん」
「正直に言うと、スカっとしたよ」
「そうなの?」
「ああ、そうだ」
「ふふっ、アルトもいけない人なんだね」
「そうかもな」
互いにくすくすと笑う。
「まあ、反省しているなら、それでいいんじゃないか? この話は終わりにしよう」
ユスティーナはしっかりと反省しているし、これ以上、俺がとやかく言う必要はない。
それに、俺のためにしてくれたことだから……
怒ることもできない。
正直、うれしい。
誰かが力になってくれる、誰かが傍にいてくれる。
それがこんなに温かいことだったなんて……
ユスティーナのおかげで、この気持ちを久しぶりに思い出すことができた。
「さ、昼を食べよう」
「あ、その……ボクから誘っておいてなんだけど、ボクと二人きりでいいの? 迷惑じゃない?」
「迷惑なら断っているさ。それに、ユスティーナと色々と話をしたいと思っていたから」
「そうなんだ……えへへ、よかった!」
ユスティーナが笑顔になる。
うん。
やっぱり、この子は笑っている方がいいな。
周囲を温かくするというか……
そんな不思議な魅力のある笑顔だ。
「ほい、サンドイッチ」
「うん、ありがとう!」
いただきますをして、一緒に昼ごはんを食べる。
「サンドイッチ、お、おいしいね!」
「ああ、そうだな。たくさん具が入っているんだけど、お手頃価格なんだよ。だからいつも競争が激しくて、すぐに売り切れるんだよな」
「屋上、い、いいところだね!」
「ベンチがあってのんびりできるからな。あと、花壇もあるし芝生もあるし……たまに昼寝してるヤツもいるよ」
「えと、えと、えと……あううう」
なぜか、ユスティーナがぐるぐると困った顔になってしまう。
「どうしたんだ?」
「えっと、そのぉ……」
なんていうか……
今のユスティーナは、見知らぬところでビクビクと緊張する猫みたいだ。
「アルトと二人きりなのはうれしいんだけど、でも、いざとなると緊張しちゃって、なにを話したらいいかわからなくなっちゃって……アルトが色々と話題を振ってくれたのに、なんか、頭の中真っ白で……あうあう」
「えっと……緊張してる?」
「してるよぉ。だってだって、好きな人と一緒にごはんを食べているんだよ! 緊張するに決まっているよ」
「そ、そっか」
好きな人と言われてしまい、ちょっと照れた。
「えっと……実のところ、俺も緊張しているんだ」
「えっ、アルトも?」
「俺、友だちがいないから、誰かと一緒に食べるっていうことがなくて……それに相手は、その……俺のことを好きって言ってくれるかわいい女の子だし……緊張しているよ」
「か、かわいい……」
ユスティーナが照れて赤くなる。
いちいち反応しないでほしい。
そういう仕草もかわいらしくて、ついつい見惚れてしまいそうになる。
ユスティーナは竜だけど……
でも、それ以前に、一人の女の子なのだと理解させられる。
「でも……そっか、そうなんだ。アルトも緊張していたんだ。でも、そんな風には見えなかったけどなあ」
「必死になにもないフリをしていたんだ。男なりのプライド、っていうやつ」
「そっか……」
ちょうどいい機会だ。
ずっと聞きたかったことを、今、聞いてしまおう。
「あのさ……質問いいか?」
「うん、なんでも聞いて。あ、まって。やっぱり、スリーサイズとかを聞かれるのは、ちょっと恥ずかしいかも……でもでも、アルトなら……あうあう」
「き、聞かないから! そんなことは興味ないからな!?」
「興味ないんだ……むううう」
今度は膨れた。
どうしろと?
「ごほんっ……えっと、話を元に戻すけど……その、どうしてユスティーナは俺のことを?」
「なんで好きになったのか、っていうこと?」
「ああ。色々と考えたんだけど、そこがまったくわからなくて……俺たち、以前に一度、会っただけだよな? 実は昔、小さい頃に一緒に遊んでいたとか、そういうオチはないよな?」
「ないよ。ボクとアルトは、この前会ったのが最初だよ」
「なら、どうして?」
「一目惚れなんだ」
ユスティーナは自分の胸元に手を当てて……
そこにある想いを確かめるように、大事にするようにしながら、そっと話をする。
「アルトはボクを助けてくれた。それに、怪我の手当をしてくれたよね? ボク、あんなに優しくされたことは初めてで……あとあと、弱いところをみせてくれたから、そこできゅんってしたんだよね」
「……そ、そうか」
「そうやって、照れてるところもかわいいんだよね」
ユスティーナは、俺を悶絶させるつもりか?
「でもさ、そういうのは全部あとづけになるんだよね」
「と、いうと……?」
「初めて見た時から……視線が重なった時から……ボクはアルトに恋をしていたの」
「それは……」
「一目惚れ、っていうやつだよね。考えれば、あれこれと理由は出てくるんだけど……でもでも、そんなものは必要ないんだ。アルトのことが好き。その気持ちだけはハッキリしてて、この胸の中にあるから」
「……そっか。うん、ユスティーナの気持ちはわかったよ」
「アルトは、その……どうかな? ボクのこと……どう思う?」
こちらを見るユスティーナの目には、期待と怯え、両方の色があった。
うまくいくかもしれない。
でも、振られる可能性もある。
両方の可能性を考えて不安になっているのだろう。
俺はどうするべきか?
答えは決まっている。
「そのことなんだけど……卑怯な答えになるんだけど、保留にさせてもらえないか?」
「保留? っていうことは、期待してもいいのかな……?」
「ああ。そういう可能性はあると……思う」
自分のことだけど、なんともいえず……
ちょっと端切れの悪い言い方になってしまった。
「さすがに出会ったばかりだから、ユスティーナのことは好きとは言えない。でも、この先もずっと好きにならないかどうか、それはわからなくて……だから、できることなら時間が欲しい。ユスティーナと向き合う時間が欲しい。一緒の時間を過ごして、ユスティーナのことを知っていって……それで答えを出したいと思う。もちろん、ユスティーナにも俺のことを知ってほしい」
「……アルト……」
「それが今の俺の答えになるんだけど……どうかな?」
ユスティーナは目を丸くして、驚いたような顔になる。
呆れられてしまったのだろうか……?
なんて不安に思っていると、今度は笑顔になる。
「ありがとう、アルト……すごく、すっごくうれしいよ。ボクのことをちゃんと考えてくれているからこその答えなんだよね……あーもう、うれしすぎて胸が爆発しちゃうかも」
「はは、大丈夫か?」
「もちろん! アルトの答えを聞くまでは、絶対に死ぬわけにはいかないからね!」
大げさな話になっているが……
ユスティーナにとって、それくらい大事なことなんだろうな。
この先、ユスティーナに対する想いがどう変化するのか、それはわからない。
なんとも言えない。
ただ、彼女の隣に立っても恥ずかしくない人になりたい。
そう思った。
本日19時にもう一度更新します。