49話 トラブル発生
「さすがアルトさまですわ! 本当に勝ってしまうなんて……いえ、アルトさまの勝利を疑っていたわけではないのですが、やはり不安もありまして……とにかく、さすがという以外に言葉がありません!」
俺に抱きついたまま、アレクシアが喜びを表現するようにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
そんなことをしていると、その……
色々なところが当たり、困ってしまうのだが。
「むぅ……アルト、デレデレしてる」
ユスティーナが膨れていた。
「勝負に勝ってアレクシアを助けられたことはボクもうれしいけどさ……だからって、そんなにデレデレすることないのに。むううう……やっぱり、胸の大きさ? 大きい方が男の子は好き……?」
ユスティーナがじっとアレクシアの胸元辺りを凝視した。
やっかみやら色々な感情が込められている。
「アルトは大きい方がいいの?」
「……そういうことは聞かないでくれ。返事に困る」
「むぅ」
拗ねられてしまうが、こればかりは返答のしようがない。
というか、こんなところで話すようなことじゃない。
そもそも、テオドールとの決着はついたが、まだ校外試験は続いている。
しっかりとしないと、逆転負けされるという可能性もある。
まあ……テオドールの様子を見る限り、素直に負けを認めているから、今更勝負をひっくり返すようなことはしないと思うが。
ひとまずアレクシアに離れてもらい……
それからテオドールと改めて話をする。
「勝負は俺たちの勝ち……ということで問題ないか? 校外試験は明日まで続くが……」
「いや、君の勝ちで構わない。ボクが所有しているポイントは120……君は?」
「俺たちのパーティーは40だ」
「ならば、合わせて160ということになるな」
テオドールは素直にコインを差し出した。
それを受け取り、革袋にまとめる。
「残り一日と少しで160以上のポイントを集めることは難しいだろう。君が他のパーティーに負けるなどということがあれば、あるいは逆転は可能かもしれないが……やめておこう」
「いいのか……?」
「僕は君との戦いに負けた。その時に勝負はついた。一度負けたというのに、これ以上恥を重ねるようなことはしないさ」
「潔いんだな」
「僕は貴族だからね。それなりの誇りというものがあるのさ」
ホント、セドリックとは大違いだな。
兄弟なのにどうしてこれほどの差がついたのか?
ついつい気になりそのことを尋ねてみると……
「僕は落ちこぼれだからね」
思わぬ答えが返ってきた。
「落ちこぼれ? どういうことだ?」
「貴族は世襲制であり、基本的に長男が家を継ぐ。このことは知っているだろう?」
「ああ」
「だから、次男である僕は期待されていないのさ。父も母も周りの人も、皆、兄に期待を寄せる。僕に期待を寄せることはない。どうでもいいのさ、僕は。だから、家はアレクシアのような色々な意味で魅力的な相手とくっつけようとする」
「……」
「おっと、妙な同情はしないでくれよ。僕は別に自分のことを不幸だと思ったことはない。わりと好き勝手できるからね。多大な期待を寄せられることなく自由にできるから、これはこれで悪くないさ」
なるほど、と納得した。
今言ったようにしてテオドールが育ったのならば、確かに、セドリックとは異なるタイプの性格に育つだろう。
貴族である故にプライドは高いみたいだが……
それが悪い方向に働いているということはなさそうだ。
むしろ、貴族の義務をしっかり果たそうとしてて、良い方向に動いている。
「アルト君、そろそろ移動した方がいいんじゃない?」
話の腰を折ってごめんという顔をしつつ、ジニーがそんなことを言う。
「戦闘でそれなりに大きな音を立てたから、他のパーティーにバレたかも」
「そうだな、その可能性はあるな」
さすがに連戦はきつい。
それに山は慣れていない。
今度はこちらが奇襲を受けるかもしれないし、慣れた森に戻るのがいいだろう。
「行くのかい?」
テオドールがそう声をかけてきた。
「ああ。お前との決着はついたが、まだ校外試験は続いているからな。120ポイントも獲得したことだから、トップを目指してみるさ」
「そうだな、トップを目指すといい。そして、負けないでくれたまえ。僕を打ち破った君が負けたとなると、とても複雑な気分になる」
「努力はしよう」
テオドールが小さく笑う。
俺も笑みを返した。
もしかしたら……
テオドールとはいい友達になれるかもしれない。
そんなことを思った。
「アレクシア……いや、勝負に破れた以上、僕はあなたの婚約者ではないか。ならば、イシュゼルド嬢と呼んだ方がいいだろうか?」
「はい、そちらでお願いいたします」
きっぱりと言われてしまい、テオドールが少し凹んでいた。
「後で話をする時間をくれないだろうか? あなたのことは諦める。しかし、そのためにしっかりと僕の想いを伝えておきたいのだ。そうしなければ諦めるに諦めきれないんだよ」
「……わかりました。アルトさまが一緒でよければ、という条件付きになりますが……その時は、あなたのお話を聞きましょう」
「助かるよ、ありがとう」
「いえ……」
アレクシアはちょっと困ったような顔をしつつも……
最終的に笑みを浮かべてみせた。
しつこく付きまとわれてきたため、色々と思うところはあるみたいだが……
もしかしたら和解できるのかもしれない。
後腐れがないように、問題がうまく解決するといい。
そう願う。
「アルト君、そろそろ……」
「ああ、わかった」
ジニーに促されてその場を離れる。
そのまま山を降りようとして……
「テオドールさま」
雇われた竜騎士がテオドールにそっと耳打ちをした。
その際、ぽんと肩を叩いている。
「……」
瞬間、テオドールの瞳から光が消える。
まるで人形のような顔になり……
なんだ?
なにやら嫌な予感がする。
「うぁあああああっ!!!?」
それとほぼ同時に、遠くから悲鳴が聞こえてきた。
思わずみんなと顔を見合わせてしまう。
「今のは……?」
「悲鳴……でしょうか? あちらの方から聞こえてきましたが……」
アレクシアが東を見た。
他のパーティーの悲鳴だろうか?
それにしては切羽詰まっているというか……
まるで命の危機に瀕しているような悲鳴だった。
「アルト、どうするの? ボクたちに関わりのないことかもしれないから、気にしないっていうのも一つだと思うけど」
「……いや、様子を見に行こう」
胸騒ぎがした。
この悲鳴を放置してはいけない。
そんな予感も同時に覚えた。
「待ってくれ」
後ろから声をかけられた。
テオドールだった。
様子がおかしかったような気がしたが……
今は元通りだ。
気のせいだったか?
「僕も一緒してもいいかな?」
「なぜだ?」
「気になるからだよ。なにかしら厄介事が起きていたとしたら、その時は力を貸そう。悪くない話だろう?」
確かに悪くない話だ。
テオドールはそれなりに強い。
それに、三人の正規の竜騎士が味方になってくれるということは非常に頼もしい。
みんなを見ると、判断は俺に任せるというように頷いた。
「……わかった、一緒に行こう」
「うむ」
「なにもなければその場で解散する。トラブルだとしたら、力を貸してほしい」
「アルト君、さっきまで敵対した相手に、よく頭を下げられるね……」
「それがアルトの良いところなんだよ! えへんっ」
なぜかユスティーナが自慢気にしていた。
――――――――――
テオドールのパーティーと一緒に、悲鳴が聞こえた方に向かう。
最初は走り……
途中から歩きに切り替えて、ゆっくりと慎重に進む。
そうしたのは、とある気配を感じたからだ。
殺気。
質量すら持ち、心と体をへし折るようなすさまじい殺気があふれていた。
なにが起きているかわからないが……
命の危険さえあると考えた方がいい。
そう判断して、慎重に進むことにしたのだ。
そして5分ほど歩いて……
現場に到着した。
薙ぎ倒された木々。
それらに吹き飛ばされて、巻き込まれた様子で地面に倒れている他のパーティーらしき生徒たち。
それだけではなくて、同行していたと思われる竜までもがぐったりと地面に伏していた。
そして……
「グルルルルルゥ……!」
紅の瞳を爛々と輝かせる竜が一匹、そこにいた。
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