432話 偏屈者の竜
その竜は、他の個体と比べると一回り体が小さい。
ともすれば幼体に見える。
ただ、その身にまとうオーラは別格だ。
歳を重ねた者だけが得ることができる風格。
そこにいるだけで周囲を萎縮させるプレッシャー。
一目見て、他の竜とは違うことがわかる。
「む? 誰かと思えば、姫様か」
老竜はユスティーナを見ると、スッと怒りを消した。
「あれ? ボクのこと知っているの?」
「直接、言葉を交わしたことはないけれど、儂ら竜の中で姫様のことを知らぬ者などおりませぬ」
「ボク、目立つのかな?」
思い切り目立つと思う。
それはともかく。
「あなたが賢者と呼ばれている竜ですか?」
「なんだ、この人間は? まずは自己紹介をするのが礼儀じゃろうに」
「すみません、失礼しました。俺は、アルト・エステニア。アルモートの竜騎士学院に通う生徒で……」
「ボクの恋人だよ♪」
ユスティーナが俺の腕に抱きつきながら、そう締めくくる。
「なっ!? ひ、姫様に恋人!? しかも人間の!?」
「それで、この子がボク達の娘のメルクリアだよ」
「よろしくお願いします」
「娘っ!?!?!?」
いや、待て。
その紹介の仕方だと、色々と誤解を生む。
事実……
「ひ、姫様に手を出すなど……に、人間が……!」
ひどいショックを受けたらしく、老竜は少しおかしくなっていた。
「あれ、どうしたのかな?」
「どうしたんだろうね?」
親子は揃って小首を傾げる。
うん。
この二人、間違いなく母と娘だ。
――――――――――
「……ふむ、そういうことか」
老竜が正気に返り……
それから、改めて現状を説明した。
呆けている場合ではないと、老竜は真面目な様子で話を聞いてくれた。
「事実は物語よりも奇とも言うが、まさか、未来から姫様の娘がやってくるとはのう……」
「信じられませんか?」
「いや、信じるぞ。このような姿を見せられては、な」
メルクリアは、ユスティーナの面影を強く受け継いでいて……
おまけに、竜の翼と角と尻尾。
これだけの要素があれば、認めざるをえないらしい。
「それで、近いうちにボクに呪いがかけられるみたいなんだけど、まったく心当たりがないんだよね」
「それで、少しでも手がかりが欲しくてあなたのところへ……というわけなんです」
「ふむ」
老竜は、考えるような仕草をとる。
「なにか心当たりはないですか?」
「……残念ながら、姫様に呪いをかけるような愚か者は知らないのう」
「そうですか……」
「というか、そのようなことは不可能なはずなのじゃが」
「と、いうと?」
「姫様は竜じゃ。しかも、その頂点に立つ、神竜バハムート。力だけではなくて、呪いに対する耐性もある」
「なるほど」
老竜の言いたいことを理解して、頷いた。
ずっと女の子の姿でいるため忘れがちになってしまうが、ユスティーナは竜だ。
最強と言われている、神竜バハムートだ。
そんな彼女に呪いをかけることなんて、可能なのだろうか?
老竜が言うように、普通は失敗してしまうはずなのに。
「姫様に呪いをかけたというのなら、その不心得者は、竜の耐性をすり抜けるような狡猾な手段を使ったのかもしれん。あるいは……」
「あるいは?」
「……姫様以上の力を持っている」