417話 良い匂い
「……あうー」
ノルンは眉を垂れ下げて、元気なさそうにしょんぼりとしていた。
アルトとユスティーナを困らせてやろうと男たちについてきたものの、とても退屈だ。
じっとしているだけで、なにもすることがない。
おまけにお腹が減ってきた。
いつもならごはんの時間で、おいしい料理とスイーツをいっぱい食べている。
肉汁あふれるステーキ、ふんわりふわふわのパン。
野菜の旨味たっぷりのスープに、とろけるようなクリームたっぷりのケーキ。
「あううう……」
想像したらよだれが止まらなくなってしまった。
「へへ、良い仕事ができたな。まさか、こんな上玉を手に入れられるなんて」
「こいつなら、かなりの値段で売れるぜ」
「なあ……その前に、ちょっと味見を……」
「馬鹿野郎。そんなことをしたら値が下がるだろうが」
「だよなあ……くそ、惜しいぜ」
「こいつを奴隷商に売った金で、極上の娼婦を買えばいいさ。なに、それでもお釣りはたっぷりとくるはずだ」
ノルンとは対照的に、男たちは上機嫌だった。
すでにノルンを売り払った時のことを考えていて、ニヤニヤが止まらない。
ノルンは、そんな男たちに声をかける。
「あうあう」
「ん? なんだ?」
「あうー!」
「なに言っているんだ、こいつは?」
ごはんちょうだい? と言っているのだけど、話が通じない。
仮に通じていたとしても、男たちは要求に応えないだろう。
「あうー……」
ノルンはお腹を両手でおさえる。
意識したら、どんどんお腹が減ってきた。
おいしいものをお腹いっぱい食べたい。
それと、甘いスイーツもいっぱい食べたい。
アルトとユスティーナのところへ帰ろうか?
そんなことを考えた時……
「あう?」
ふと、どこからともなく良い匂いが漂ってきた。
ノルンはすんすんと鼻を鳴らす。
「あう!」
これは干し肉が焼ける匂いだ。
店の料理と比べると、焼いた干し肉なんて味気ないものだけど……
しかし、ジャンクっぽい味は、それはそれで好きだ。
「あうー……」
匂いにつられてノルンは外に出てしまう。
男たちはあれこれと金の話をしていたため、それに気づくのに遅れた。
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「あうー……」
ほどなくして、少し離れたところにノルンの姿が見えた。
「ノルン!」
「ほ、本当に出てくるなんて……」
無事にノルンを発見できたものの、ユスティーナはとても複雑そうな顔をしていた。
竜が食べ物の匂いにつられてしまう。
同じ竜として、色々と複雑なのだろう。
「ま、まあとにかく……ノルン!」
「あう!?」
強く呼びかけられたことで我に返ったらしく、ノルンがびくりと震えた。
俺とユスティーナがいることに気がついて、あわあわという顔に。
そんなノルンに向けて、俺は……
「帰ろう?」
そっと手を差し出した。