409話 五大貴族を敵に回すということ
「ん……ぅ……?」
ややあって、男が目を覚ました。
身元の調査は済んでいる。
というか、アレクシアとテオドールが覚えていた。
中級階級の貴族、ハインズ・エードリヒだ。
彼はなにが起きたかわからない様子で、目をパチパチとして……
それから、とにかくも立ち上がろうとして、コケた。
「ぐぁ!?」
そこで、両手足が縛られていることにようやく気がついたらしい。
「な、なんだこれは!?」
「おはようー、起きた?」
「貴族たるもの、どのような時でも余裕を持ち、弱味を見せるものではないよ」
焦りと怒りを同時に見せるハインズに、ユスティーナとテオドールが歩み寄る。
このハインズこそが、クラリッサ先輩を追い詰めていた黒幕だ。
故に、テオドールの顔は怖い。
普段は穏やかなのだけど、今は抜き身の刃のように鋭い。
方や、ユスティーナはにこにこと笑っていた。
しかし、目は笑っていない。
こいつ、ぷちっと潰しちゃおうかな♪
なんて考えている目だな、あれは。
なぜ、テオドールではなくて、ユスティーナまで怒っているのか?
それは……
「ねえねえ、君、おもしろいことをしていたんだね? クラリッサの友達を脅す時、ボクたち竜が味方しているんだぞ、って言っていたらしいね?」
そう……ハインズは、竜を味方につけているという、とんでもないウソをついていた。
もちろん、そんなわけがない。
竜の名前を勝手に使うことは重罪で、よほどのバカでもない限り、そんなことはしないのだけど……
ハインズは、よほどのバカだったらしい。
おかげで、ユスティーナの怒りまで買っていた。
「な、なんだお前たちは!? この俺を誰だと思っている! ハインズ・エードリヒだぞ、貴様らのような下賎な者が、本来、顔を合わすこともできないのだぞ!」
「ふぅ……君はバカなのかい?」
「なっ」
テオドールに真正面からバカと言われ、ハインズは怒りに顔を赤くした。
なにか叫ぼうとするが、それよりも先にテオドールが口撃する。
「君は一人で、身動きができない。そして、僕たちに囲まれている。この状況を理解できないほど愚かなのかい?」
「まさか……お前たちは誘拐犯、なのか……?」
「正確に言うと少し違うが、まあ、似たようなものと思ってくれて構わない」
俺たちの考えた作戦は、こうだ。
クラリッサ先輩の後をつけて、ターゲットを知る。
そして、彼女が凶行に及ぶ前にターゲットを横からかっさらう。
その後、別の場所に移動して裁きを始める……というもの。
わりと強引な作戦ではあるものの、現状、これ以上のベストがない。
多少のリスクはあったが、実行することにした。
今のところ、俺たちがやっていることはただの誘拐。
普通に罪に問われれるのだけど……まあ、そこはそれ、これはこれ。
先にハインズの罪を明らかにしてしまい、密かに捜査を行っていました、とでも後付で理由をつければなんとでもなる。
五大貴族のテオドールとアレクシアがいて、ユスティーナもいて。
その言葉を信じない者はそうそういない。
まあ、権力を利用しているため、あまりいい気分ではないが……
それで人を助けられるのだから、使えるものはなんでも使おう。
「な、なんだ、金か? 金がほしいのか? なら、好きなだけくれてやる。だから、助けてくれ!」
ハインズは、ころっと態度を変えた。
情けないように見えるかもしれないが、状況を的確に判断して、最善の行動を導き出したとも言える。
思っていたよりバカではないようだ。
「あいにくだけど、僕はお金には困っていなくてね。そもそも、そんなもののために君を誘拐したわけじゃない」
「な、ならどうして……?」
「ゴミ掃除かなー」
ユスティーナが笑顔で言う。
ちょっと怖いぞ。
「どれだけ良い政治をしても、陰の部分は出てくるからね。それは仕方ないと思うし、うまく付き合っていかないと思うんだけど……ボクたちの目のつくところまでやってきて。わざわざ友達を不幸にするなんて……これはもう、ケンカを売られているとしか考えられないよね? 売られたケンカは買うしかないよね? でないと、竜の名折れだもんね?」
「りゅ、竜だと……? ま、まさかお前は……!?」
ユスティーナの正体に気づいたらしく、ハインズがガタガタと震え始めた。
しかし、もう遅い。
こうなった以上、彼は詰みだ。
死ぬようなことはないが、人生はほぼほぼ終了してしまうだろう。
「さて……大事なクラリッサに害を成した罪、償ってもらおうか。言っておくが、こういう時、僕は欠片も容赦しないタイプだよ」
「ボクたち竜の名前を勝手に騙ったんだから、それ相応の覚悟はあるんだよね? その覚悟、見せてもらおうかな? 簡単に折れないでね?」
「ひ、ひぃ……!?」
その後……しばらくの間、ハインズの悲鳴が響いたとかなんとか。