407話 クラリッサの決意
「クラリッサ?」
部屋を出ようとすると、エレネアに声をかけられた。
クラリッサは努めて普通の顔を作り、振り返る。
「なに?」
「なに、って、それは私のセリフなんだけど。もう夜なのに、どこへ?」
「ちょっと散歩よ」
「散歩? 夜なのに?」
「夜だからこそ、普段とは違う感じがして落ち着くのよ」
「そういうものなのかな……?」
「そういうものよ」
クラリッサはにっこりと笑い、ドアノブに手を伸ばす。
「ちょっと遠くまでフラフラする予定だから、先に寝ててね」
「規則違反だよ?」
「たまにはいいじゃない。見逃してよ」
「もうっ」
エレネアは頬を膨らませるが、それ以上はなにもしない。
ただ、どこか寂しそうな顔をして、
「……早く帰ってきてね?」
「もちろんよ」
クラリッサはもう一度、笑みを見せて、部屋を後にした。
――――――――――――
歓楽街へ続く途中にある公園にクラリッサはいた。
闇夜に溶け込むように、ローブを羽織り、姿を隠している。
腰には剣を下げていた。
あらかじめ持ち出しておいたものだ。
「……」
クラリッサは物陰に潜みつつ、静かに呼吸をする。
ただ、落ち着いた表情とは反対に、心臓はバクバクとうるさいほどに鳴っていた。
それを鎮めるように、片手を胸に当てる。
もう片方の手は剣の柄に。
「大丈夫……私ならやれるわ」
暗示をかけるかのように、クラリッサはそうつぶやいた。
事前の入念な調査によると、対象は、週3日、歓楽街へ遊びに行く。
今日がその日で……
そして、公園の前の通りを使う。
時間はもうすぐ。
5分とないだろう。
「……っ……」
大事な親友を毒牙にかけようとする貴族を斬る。
覚悟はした。
親友のために手を汚して、罪を背負う。
ただ……
手の震えは止まらない。
当たり前だ。
クラリッサは、まだ17歳。
竜騎士学院に通い、日々、戦闘訓練に励んでいるとはいえ……
人を殺したことはない。
人の命を奪う。
その重さを理解できないほど、クラリッサは愚かではない。
そんなことをしてはいけないと、そう理解できるほどに聡明だ。
でも、だからこそ。
「今ここで、アイツを殺さないと……!」
エレネアは食い物にされてしまう。
そんなことは許せない。
絶対に許せない。
クラリッサの心がスゥっと冷えていく。
それに伴い、手の震えも止まった。
「……来た」
その時を告げるかのように、足音が近づいてきた。