41話 決闘の約束
「……決闘?」
テオドールの言葉の意味をすぐに理解できず、思わず問い返してしまう。
なぜ、俺とテオドールが決闘しないといけないのだ?
「君がアレクシアの恋人であるという話……悔しいが、信じざるをえないみたいだ」
どうやら、俺たちの作戦は功を奏していたらしく、学院の外にいるテオドールの耳まで届いていたらしい。
こうしてテオドールが行動を起こすまでに一週間のタイムラグがあったのは、なにかしら準備をしていたか、それとも、噂の真偽を確かめていたのか。
まあ、そんなところだろう。
「しかし! 真にアレクシアにふさわしいのは、この僕だ。君ではない」
「なにを根拠に、そんなことを?」
「この僕がふられるなどということは、ありえないからだ!」
……正気だろうか?
ついついそんな感想を抱いてしまう。
「アレクシア、君は騙されているのだよ。目を覚ますんだ。そして、僕のところに戻っておいで」
「お断りします。元より、私はテオドールさまのものになった覚えは一度たりともありえません」
「ふふっ、照れているのだね。素直になれない……そんなところもかわいらしいよ」
セドリックとは違う意味で、人の話を聞かないヤツだな。
「僕のアレクシアをたぶらかした罪は重い。本来ならば、アレクシアをすぐに助けるために、家の力なりを使い、どんな手を使ってでも君を罰するのだが……」
そこでテオドールは苦い顔になる。
おそらく、ユスティーナのことを脅威に思っているのだろう。
「残念ながら、スムーズに事は運ばないらしい。しかし、それで諦めるような男ではないぞ。君の悪しき魔の手から、必ずやアレクシアを取り戻してみせる!」
自分に酔っているような感じで、声を高らかに宣言した。
テオドールは顔はよく、体もスマートだ。
声もよく通るほどに綺麗で、さきほど、女子生徒たちに興味津々に注目されていたことは理解できる。
しかし、思い込みが激しいというか、性格は残念だ。
そんなテオドールの微妙なところを感じ取ったらしく、さきほどまで騒いでいた女子生徒たちは、ちょっと微妙な顔をしていた。
「さあ、アルト・エステニアよ! アレクシアをたぶらかす悪魔よ! この僕と決闘をしたまえ。見事、僕が勝利した暁には、アレクシアを返してもらおうか」
「その前に聞きたいんだが、その制服は?」
「アレクシアを取り戻し、また、一緒の生活を過ごすために、僕も竜騎士学院に入学することにしたのだ」
「なるほど」
迷惑なヤツではあるが……意外と、悪いヤツではないのかもしれない。
思考回路はややねじれているものの、その行動理念は、アレクシアのため、というところにある。
迷惑をかけるだけではなくて、すぐ他人に絡むセドリックとは大違いだ。
まあ、なにもかも自分に都合のいいように考えるところは迷惑極まりないが。
とはいえ、これは理想的な展開だ。
ここで白黒をハッキリつけて、アレクシアを諦めさせることができるかもしれない。
ちらりとアレクシアを見る。
俺に任せるというような感じで、アレクシアは小さく頷いた。
「……わかった。その決闘を受けよう」
「ふむ、悪魔にしてはいい返事だ」
「いつ戦う? 今すぐにでも、俺は構わないが」
「なにを言っているのだ?」
テオドールは不思議そうな顔をした。
その返事に、俺も不思議そうな顔になる。
「君は数ヶ月も前から学院に通っている。対する僕は、今日が初日だ。差がありすぎる。普通に戦えば、まず間違いなく僕が負けるだろう。そのようなものは対等な勝負、決闘とはいえない」
正論のような屁理屈のような……
「なら、どうするつもりだ?」
「今日は宣戦布告だけで、まだ決闘の内容は考えていない。よければ、決闘の内容は僕に任せてくれないかな? 君がアレクシアをたぶらかす悪魔だとしても、僕は正々堂々と挑むことを誓おうではないか」
「……わかった。お前に任せる」
「ふむ、物分りがいいな。さすが、兄上を倒しただけのことはある」
「俺とセドリックの関係を知っているのか?」
「もちろんだとも。兄上が引きこもりになってしまった原因を、僕が調査しないとでも思ったのかい?」
「仇を討つつもりか?」
「まさか。汚名は自らの手で返上するものだ。他人が手を貸しても意味はないだろう?」
これも意外な反応だった。
あのセドリックの弟なのだから、似たような言動をとるものかと思っていたが……
もしかして、セドリックが特殊なだけで、アストハイム家はわりとまともなのか?
「質問はそれだけかい?」
「ああ、他にはない」
「では、詳しいことは後に連絡をしよう。逃げるようなことはしないでくれよ」
「決闘は受けて立つ」
「敵ながら見事な覚悟だ」
テオドールは不敵な笑みを浮かべて、その場を後にした。
その足は寮の方へ向いている。
中途入学したというのは本当なのだろう。
「アルト、アルト。大丈夫だった?」
どこからともなくユスティーナが現れた。
いざという時のために、近くで様子を見てくれていたのだろう。
感謝だ。
「大丈夫だ、なんともない。ありがとう」
「えへへ」
いつもの癖で、ついついユスティーナの頭を撫でてしまう。
アレクシアの恋人のフリをしているのに、軽率な行動だっただろうか?
「くっ……エステニアのヤツ、エルトセルクさんにもあんなに慕われているなんて……彼女持ちのくせに……!」
「陰キャだと思ってたら、とんでもないリア充だったわけか……!」
「エルトセルクさんも一途よね。彼女がいるのに諦めないなんて」
「でもでも、それがエルトセルクさんらしくない? むしろ、それくらいで諦めちゃう方がらしくないなあ」
みんな、特に疑問は持っていないらしい。
というか……
俺も有名になったものだ。
間違いなくユスティーナのおかげではあるが……
こうして、ちょくちょく注目を集めるようになった。
喜ぶべきか、めんどくさいと思うべきか。
なかなかに難しい。
「アルトさま」
アレクシアが俺の手を握る。
そのまま、じっとこちらの目を見つめてきた。
「それに、エルトセルクさまも……私のために、このようなことに巻き込んでしまい……改めて、もうしわけありません」
「アレクシアが気にすることはないさ」
「そうそう。ボクが好きにやっていることだからね」
「これだけの恩、どのようにして返したらいいのやら……」
「まだ問題は解決していない。それに……恩返しとか、そういうことは考えなくていい」
「しかし、そういうわけには……」
「……俺は、アレクシアのことを友達と思っている」
周囲に聞かれないように、小声でささやいた。
アレクシアが目を大きくする。
「友達のことを助けるのは当たり前だろう?」
「……アルトさま……」
「ボクも、アレクシアのことは友達だと思っているよ! あと、同じ人を好きなった者同盟! そんなアレクシアのためなら、ボクは喜んで力を貸すよ」
「……エルトセルクさま……」
アレクシアは感極まったような顔をして……
けれど、涙を見せるようなことはしない。
そんなものは今はふさわしくないというように、代わりに笑みを浮かべる。
「よろしくお願いします」
頼れる人がいる時は頼っていい。
人は、一人では生きていけない。
辛い時は支え合うものなのだから。
そんな思いが伝わったらしく、アレクシアは柔らかい顔になった。
――――――――――
テオドールの中途入学から一週間が経過した。
つまり、宣戦布告から一週間が過ぎたことになる。
驚くことに、今のところなにも起きていない。
嫌がらせをされるとか闇討ちをされるとか……
そういう可能性も考えて、常に警戒していたのだけど、なにもなかった。
思っていた以上に、テオドールは紳士……というか、普通の人だったらしい。
こうなると、本当にセドリックの弟なのか疑わしくなる。
テオドールだけ血が繋がっていないのではないか?
ついついそんなことを考えてしまう。
そんなある日のことだ。
「……一週間後、校外試験を行います」
朝の授業前の連絡で、先生はそんなことを口にした。
校外試練?
なんのことだろうか?
名前からして、学院の外に出ることは間違いないだろうが……
「みなさんも知っての通り、学院の授業は五年に渡り続きます。一年は三つの期に分けられて、それぞれ、間に長期の休みが設けられます。今は最初の期……前期過程ですね。前期過程三ヶ月なので、三回の試験が行われます。すでに二回の試験が終わっていて、残りは三回目の試験ですね」
二回目の試験は、ユスティーナが入学した後に行われた時のものだ。
11位に食い込むことができたため、今でもハッキリと覚えている。
「三回目の試験ですが、今までとは違い、実技のみになります。ただの実技ではなくて、数人のパーティーを組み、特定の課題に取り組んでもらう、というものになります」
なるほど。
おそらく、将来、竜騎士として活動することを想定した訓練も兼ねているのだろう。
「また、各パーティーに一匹、竜が同行することになります。つまり、竜の力を借りなければクリアーできないほどの課題が設けられることになります。詳しい説明はおいおいしますが、決して気を抜くことなく、今までの成果の全てをぶつけるつもりで挑んでください」
そう言って、先生は話を締めくくる。
校外試験か……テオドールの件もあるし、波乱の予感がした。
そして、こういう時に限り、その予感は的中するのだった。
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