400話 植物園にて
それから植物園を訪れた。
クラリッサ先輩は花が好きらしく、ならば植物園がいいだろうという判断だ。
俺も植物は嫌いじゃない。
見たこともない植物を知る機会で、楽しみだ。
ただ、ユスティーナは……
「うーん」
飾られている植物を見て、ユスティーナはなんともいえない声をこぼす。
じーっと見つめているものの、その顔に笑顔はない。
なにこれ? というような感じで、とても微妙な感じだ。
「ねえ、アルト。これ、どんな植物なのかな?」
「えっと……食虫植物みたいだな。独特の匂いがあって、それに惹かれてやってきた虫を、ぱくっと食べるように挟んで消化するらしい」
近くに説明書きがあったので、それを見て言う。
「うーん」
「どうしたんだ?」
「食虫ってことは、怖い植物だよね? なんでそんなものを展示しているの?」
「珍しいから……じゃないか? 生息域が限られているみたいだから、普通に暮らしていたら見る機会はないし」
「でも、虫を食べる植物なんて、わざわざ見たい?」
「見たい人は見たいだろう」
「うーん」
納得いかない様子だった。
まあ、植物園という場所に問題があるのかもしれない。
好きな人は好きだろうが、そうでない人からしたら、ちょっと地味に思える場所だからな。
水族館の方が良かっただろうか?
「おー、おー! これは素晴らしいわ」
一方、クラリッサ先輩は笑顔だった。
子供のように目をキラキラと輝かせている。
彼女の好みにピタリと突き刺さったらしい。
一つ一つの植物をじっくりと眺めて、時折、うれしそうに笑っている。
そんなクラリッサ先輩を見て、テオドールもうれしそうにしていた。
好きな人の笑顔は心のスパイスだ。
一緒にいるだけで幸せな気分になれるのだろう。
「ねえねえ、クラリッサは植物のどこが好きなの?」
どうにも疑問をおさえられない様子で、ユスティーナがそんなことを尋ねた。
ともすれば冷めた態度に見える。
しかし、クラリッサ先輩は気を悪くすることなく、子供に教える教師のように優しく諭す。
「そうね……一生懸命に生きて、そして輝いているところかしら?」
「一生懸命?」
「植物は自分で動くことができないでしょう?」
「トレントは歩き回っているよ?」
「ふふ、あれは魔物じゃない。普通の植物は自分で動くことができない。だから、雨が降るのを待つしかない。日照りが続いても、ひたすらに待つしかないの」
植物のことを語るクラリッサ先輩はとても楽しそうだ。
本当に好きなんだな、と見てわかる。
「でも、ただ待っているだけじゃないの。そこの食虫植物みたいに、水以外の栄養源を得られるようになったり、自分の中に水を蓄えておけるようになったり、そんな進化を遂げてきたの。それって、とても一生懸命に生きている、ってことにならない?」
「そう言われてみると……なら、輝いている、っていうのは?」
「一生懸命生きている人は輝いているでしょう? それと同じで、植物も花を咲かせて輝いているの。自分はここにいるぞ、生きているぞ、って主張しているかのようで……うん、そういうところが好きなのね」
「ほへー」
ユスティーナの口から間の抜けた声がこぼれた。
一応、感心しているのだろう。
「ボク、そういう風に考えたことなかったかも。そう考えるとおもしろいかもね」
「そう言ってもらえるとうれしいわ」
「ねえねえ、もっと植物について教えてもらってもいい?」
「もちろん」
二人は楽しそうに次のエリアへ向かう。
そんな二人の後ろを、俺とテオドールが並んで歩く。
「どうやら、楽しんでくれているみたいだね。なによりだ」
「ユスティーナが植物に興味を示すのは、ちょっと意外だったな」
「クラリッサのおかげ、というのもおこがましいかもしれないが……」
「いや。事実、そうなんだろうな」
ユスティーナ一人だけなら、植物に興味を示すことはない。
俺が勧めたとしても、やはり興味を示さないだろう。
クラリッサ先輩がきちんとした情熱を持っていて……
それをうまく伝えることができたからこその結果だろう。
「僕は、彼女のあんなところを好きになったのさ」
そう語るテオドールは、とても優しい顔をしていた。
「一緒にいると楽しいだけじゃない。色々な知識を与えてくれて、それに伴う熱というか……やる気を引き出してくれる。自分の新しい一面を教えてくれる」
「なるほど」
「彼女と一緒にいると、いつも新鮮で、そして新しい自分を知ることができる。それは、とても幸せなことだろう?」
「そうだな、その通りだと思う」
テオドールはとても良い人と出会えたと思う。
ちょっとだけうらやましいと思うくらい、クラリッサ先輩は素敵な人だ。
ただ……
「ところで……ダブルデートというよりは、これ、ユスティーナとクラリッサ先輩のデートになっていないか?」
「はは……僕たちはおまけになりつつあるね。しっかりしないと、本気で置いていかれそうだ」
「がんばらないといけないな」
共に苦笑しつつ、俺たちは二人を追いかけた。