40話 彼女ができました(偽)
翌日。
学院に続く道を二人で歩く。
ただし、隣にいるのはユスティーナではない。
「えっと……て、照れてしまいますね」
俺と手を繋いで歩くアレクシアは、わずかに視線を落として頬を染めた。
そうして照れる姿は男の視線を惹きつける。
さらに学院の制服は、これ以上ないほどに似合っていて……
一言で言うと、ものすごく目立っていた。
そんなアレクシアの隣にいる俺も、ものすごく目立っていた。
「おいいいいいっ、アルトぉおおおおお!?」
「うぐっ」
突然、ばしんっと背中を叩かれた。
その拍子にアレクシアと手を離してしまう。
振り返ると、グランの姿があった。
なにやら怒り心頭という様子で、ものすごく睨まれている。
「おい、てめえ……エルトセルクさんというものがありながら、他の美少女に手を出すとはどういうことだ? うらやましいんだよ、このやろう!」
ひがんでいるのか。
「まったく……バカな兄さんがごめんね、アルト君」
続いてジニーが姿を見せた。
その顔は……ニヤニヤしている。
「でも、アルト君も隅に置けないなあ。エルトセルクさんにあんなに好かれているのに、本命は別にいたなんて」
「あー……」
これは、あくまでも恋人のフリということを説明したい。
……昨日のユスティーナの提案は、結局のところ、受け入れることにした。
そうでもしないと、アレクシアの問題は解決できそうにないからだ。
テオドールのような勘違い男は、放っておくとトコトン暴走するから手に負えない。
なので、ひとまずの策として、俺がアレクシアの恋人のフリをすることにした。
アストハイム家なので、無茶苦茶な方法に出る可能性はあるが……
その時は、ユスティーナが動いてくれることになっている。
どうして、ユスティーナが協力してくれるのか?
同じ人に恋する乙女として、仲間を放ってはおけないらしい。
なんだかんだで優しくて、ユスティーナらしいと言えた。
「……っていうか、ホントにどうしたの?」
ジニーが小声で尋ねてきた。
「エルトセルクさんは? あと、そこの美少女は? いきなりの展開すぎて、私たち、さっぱりわからないんだけど」
「ユスティーナは……先に学院に行く、って」
フリとわかっていても、俺と他の女の子が恋人らしいことをするところを見るのは辛いと言い、先に学院に行った。
「この子は、アレクシア・イシュゼルド。ちょっと事情があって休学していたが、今日から復学することになった」
「肝心のアルト君との関係は?」
「……アレクシアは彼女だ」
「かのっ……!? えっ、マジで?」
「マジだ」
ここで前言撤回するわけにはいかないので、ウソを貫き通した。
全てが解決した後、あれはウソでしたと、納得してもらえるといいのだが……
「そっかそっか。ついにアルト君に春が……ふふふっ、そうとなれば、たくさん話を聞かせてね? 二人の馴れ初めとか、デートの行き先とか、二人きりの時間はどういう風に過ごすのとか」
「そういう系統の質問ばかりだな……」
「くそっ、なんでアルトばかり……俺に恋してる健気な女の子はいねえのか!?」
なかなかに騒々しい兄妹であった。
双子らしく、よく似ている。
――――――――――
「みなさま、はじめまして。アレクシア・イシュゼルドと申します。諸事情により休学していましたが、今日から復学させていただきました。一期の授業をほとんど受けていないため、多々未熟なところがあると思いますが、色々とご教授いただければ幸いです。よろしくお願いいたします」
なぜか、アレクシアが俺のクラスに編入してきた。
違うクラスのはずなのだけど……
復学にあたり、恋人の俺がいるクラスの方がいいと誰かが判断したのだろう。
そういう風に妙な気を使うから、ダメだというのに……
まあいい。
一緒にいる方が噂は広めやすいだろうし、アレクシアのことを守りやすい。
「ぐむむむむむぅ……!」
……ユスティーナが複雑な感情でどうにかなりそうなのが、唯一の心配だった。
――――――――――
学院では一緒に過ごして、放課後は街でデート。
夜は部屋で一緒に食事。
そんな生活を続けていたら、わずか3日で俺たちのことは学院中に広まった。
このペースなら、一週間もすれば、俺がアレクシアの恋人として認知されるかもしれない。
学院に通っていないテオドールも、すぐに俺たちのことを耳にするだろう。
これで諦めてくれればいいが……
さて、どうなることか?
ああいう男は、総じて諦めが悪いと決まっている。
それに、セドリックの弟だ。
無茶な真似をしなければいいが……
わずかな懸念を抱きながら、アレクシアの恋人として一週間を過ごす。
そして、ちょうど7日目。
事件は起きた。
ここ最近の日課となりつつある、アレクシアと一緒に下校する。
そんな俺たちを見て、周囲の生徒たちがあれやこれやとヒソヒソ声で話す。
「見て見て、あれがイシュゼルド家の令嬢よ。隣にいるのが、彼氏のエステニア君ね」
「おー、なるほど。二人共美男美女だけど……うーん、こう言ったらなんだけど、イシュゼルド家の令嬢は、エステニア君のどこを好きになったのかな? かっこいいとは思うけど……」
「バカ。エステニア君は、あの歳で、金竜章を授かっているのよ?」
「えっ、うそ!? 金竜章を!?」
「そうよ。詳細は秘密みたいだけど、なんでも、国の危機を救ったとか。そんなエステニア君だからこそ、イシュゼルドさんの隣に立つことがふさわしいのかもね」
「それを聞いたら、納得ね。というか、むしろ、イシュゼルドさんだからこそ、エステニア君の隣に立つことができるのかも……」
あれこれと噂をされている。
幸いというべきか、金竜章を授かったことで、アレクシアの相手としてふさわしいという判断をされているみたいだ。
ひとまず、作戦が順調に進んでいることを喜ぶべきか。
「うまくいっているようだな」
「あぅ……」
「どうした?」
なぜか、アレクシアが顔を赤くして照れていた。
照れるようなことをした覚えがないのだが……?
恋人のフリをするため、手を繋ぐようにしているが……
最初の頃は照れていたものの、最近は慣れてきたと思っていた。
「えっと、その……こうして、色々な方に噂をされるのは慣れていなくてですね……すみません、どうしても照れてしまいます」
「慣れてくれ。いつまで続くかわからないが、偽の関係とバレるわけにはいかないからな」
「……私としては、いっそのこと、このまま本物の関係になってしまいたいのですが」
「なにか言ったか?」
「いいえ、なんでもありません」
なぜか、アレクシアは残念そうな顔をしていた。
「あら?」
ふと、アレクシアは不思議そうな顔をした。
「どうした?」
「いえ……なにやら、正門の方が騒がしいと思いまして」
「言われてみるとそうだな」
恋人のフリを周囲に見せつけるために、すぐに寮に帰らず、軽く散歩をしていたのだけど……
気がつけば、正門の近くにやってきていた。
その正門だが、なにやら騒がしい。
「あれは……」
学院の入り口に人だかりができているのが見えた。
何事かと足を止めて、遠巻きに眺めていると……
「きゃあああああっ!」
黄色い悲鳴が上がる。
何事だろう?
気になり、様子を見る。
よくよく見てみると、集まっているのは女子生徒ばかりだ。
不思議に思っていると……
ほどなくして人だかりが割れて、その中からテオドールが現れた。
テオドールは……この学院の制服を着ていた。
こちらに気づくと、テオドールはまっすぐに歩み寄ってきた。
「やあ、アレクシア。そして……エステニア殿も、ごきげんよう」
「あ、ああ」
なぜか、想定外に丁寧な挨拶をされた。
セドリックの弟というから、てっきり、罵詈雑言は当たり前と思っていたのだが……どういうことだ?
怪訝に思っていると、テオドールは自信たっぷりの顔で、俺を睨みつつ、高らかに宣言する。
「アルト・エステニア殿……僕は、君に決闘を申し込むっ!」
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