4話 瞬殺
俺が暮らす国は、竜国アルモートと言う。
その名前の通り、竜と共存する国だ。
竜が住まう山を背後に背負うように、山の麓に街が展開されている。
竜は最強に等しい生物と言われていて、その力は圧倒的だ。
並の魔物なら相手にならないし、人が立ち向かおうものなら簡単にやられてしまう。
最強と言われる力を持つ竜だけど、知能も高い。
人の言語を理解して、人以上の知能を持つと言われている。
また、誇りが高く欲に囚われることがないため、非常に理知的で賢い。
アルモート初代国王は、そんな竜と対話をして、同盟を結ぶことに成功した。
以来、アルモートは竜国と呼ばれるようになり……
人と竜は手を取り合い、共に歩き、栄えてきた。
そんな歴史的背景があるため、アルモートでは竜は恐れるものではなくて、友として見られている。
普段は、竜は山で暮らしているが……
たまに街に降り立ち、交流を深めている。
ただ……
人間の姿に変身して竜騎士の学院に入学するということは前代未聞だ。
ユスティーナの登場と共に、学院はざわざわとざわついていた。
「というわけで……改めて、ユスティーナ・エルトセルクです! エルトセルクって呼んでね。あだ名でもいいよ。あ、でもでも、名前は竜にとって神聖なものだから、誰彼と呼ばせるわけにはいかないんだ。その辺りはごめんね」
教室に戻り……
ウチのクラスに配属されたユスティーナが、改めて自己紹介をした。
予想すらしたことのない転入生に、みんな唖然としている。
気持ちはわかる。
俺も未だに唖然としているからな。
先生が教室を見回しながら言う。
「えっと……それじゃあ、エルトセルクさんの席は……」
「ボク、アルトの隣がいいな!」
「え? しかし、エステニア君の隣の席はすでに……」
「ねえ、ボクと席を変わってくれる?」
先生の話を聞かず、ユスティーナは隣の席の生徒に直談判する。
「え、えーと……はい、いいですよ」
「うん、ありがと! キミ、良い人だね」
「はぅ」
隣の席の男子生徒は、キラキラと輝くようなユスティーナの笑顔を向けられて、顔を赤くしていた。
それくらいにユスティーナの笑顔は魅力的だ。
ユスティーナは隣の席に座り、さきほどの何倍も綺麗な笑顔を俺に向ける。
「えへへ、隣同士だね」
「あ、ああ……」
「改めて、これからよろしくね、アルト!」
「よろしく……?」
いったい、どうなっているのか……
慌ただしい現実の流れに追いつくことができず、俺はただただ、呆然とするのだった。
――――――――――
1限目の授業が終わり、休み時間が訪れた。
途端に隣の席……ユスティーナの周りにクラスメイトたちが集まる。
「ねえねえ、エルトセルクさんって、本当に竜なの?」
「うん、そうだよ。全校集会で変身してみせたでしょ? 他の竜は無理だけど、ボクとか、一部の竜は人間に変身できるんだ。このことはあまり話していないから、知らなかったみたいだね」
「もしかしてもしかしなくても、人で例えるなら王族に等しい……最強の竜種のバハムート?」
「うん、それも正解だよ。あ、でもでも、別にボクが偉いとかそういうわけじゃないから、普通に接してくれるとうれしいな」
矢継ぎ早に質問されるけど、ユスティーナはその一つ一つに笑顔で丁寧に答えていた。
その容姿と性格もあり、あっという間にクラスの人気者だ。
「あのー……エステニアに一目惚れした、っていう話は……本当?」
「うん! もちろんだよ。ボク、アルトのことが大好きなんだ!」
そんなことを言われても……
と、正直うれしさよりも困惑が勝る。
好きになってもらうようなことをした覚えがない。
だから、いまいちピンと来ないというか……
ユスティーナの好意を受け止めることができず、どうしたらいいかわからないんだよな。
「そ、そっか……エルトセルクさんは、エステニアのことを……」
クラスメイトたちが微妙な顔をした。
俺が普通の生徒なら、きゃーと黄色い悲鳴でもあがるのだろうけど……
あいにくと、俺は貴族の息子に目をつけられている厄介者だ。
どんな反応をしていいかわからない様子で、クラスメイトたちが困惑していた。
「おいおいおい、エステニアに惚れた? 竜が? ありえねえだろ」
こんな会話を見逃すはずもなく……
ここぞとばかりにセドリックが前に出て、絡んできた。
「エステニアはどうしようもない、落ちこぼれなんだ。そんなヤツに惚れるなんて、エルトセルクさんは、ちょっと趣味が悪いな」
「むっ」
突然現れたセドリックに、ユスティーナはあからさまに不機嫌そうな顔になった。
「キミは?」
「僕は、セドリック・アストハイムさ。アルモートの五大貴族の一つ、アストハイム家の長男だよ」
「へえ……?」
ユスティーナは小首を傾げながら、とりあえずという様子で頷いた。
絶対によくわかっていないな。
「エルトセルクさん、こんなヤツを気にする必要はないぜ。一目惚れってのも、きっとなにかの勘違いさ。すぐにわかる。本当にすばらしい男は誰なのか、ってな」
「どういう意味かな?」
「こんな愚図よりも、僕の方がいいと思わないか? なあ、そうだろう?」
大胆にも、セドリックはユスティーナの肩に手を回した。
「僕が本当の男ってやつを教えてやるよ。幸いにも、キミは綺麗だ。僕の寵愛を受ける資格がある」
「あのねぇ……」
「光栄に思えよ。五大貴族の長男である、僕に見初められるなんてこと、普通ならありえない。最大級の幸せといってもいいぜ。なぁ……ユスティーナ」
「っ……!」
名前を呼ばれたことで、ユスティーナの目が怒りに燃えた。
竜は家族か、それと同じくらい親しい相手にしか名前で呼ぶことを許さない。
それくらい、竜にとって名前とは神聖なものであり、大事なものなのだ。
その一線を気軽に飛び越えたセドリックは、もはや、アホというしかない。
ユスティーナの怒りが爆発……
するよりも先に、俺はユスティーナの肩に回されたセドリックの手を掴み、引き離した。
「やめろ」
「……おい、なんの真似だ?」
セドリックに睨まれると、情けないことに体が震えてしまう。
こんなヤツに負けたくないとは思うが……
今までいじめられてきた恐怖が体に染み付いてしまっている。
それを振り払うことができず、言葉に詰まってしまう。
「お前ごときが僕に逆らうつもりか? あぁ? ずいぶんとふざけた真似をしてくれるなあ……どうやら、調教が足りなかったみたいだな」
「くっ……」
「今度は、お前の実家である、あのみすぼらしい宿を徹底的に潰してやろうか? それとも、訓練で徹底的に叩きのめしてやろうか? なぁ、おい、どれがいい? 特別にお前に選ばせてやるよ」
「そんな、ことは……!」
「まあ、僕も鬼じゃない。ここで土下座をして、二度と僕の邪魔をしません、と謝罪するのなら許してやるよ。ああ、そうそう。あと、ユスティーナにも言ってやってくれ。ユスティーナにふさわしいのは自分ではなくて、この僕だ……とな」
正直に言おう。
情けないが……セドリックのことが怖い。
実家のことがなかったとしても、謝ってしまいたい。
でも。
ここで、ユスティーナを売るなんてことはできない。
彼女の気持ちに応えるかどうか、それはまだわからないが……
好きと言ってくれる女の子を売り飛ばすような真似、男ならできるわけがない!
「イヤだ」
「……あぁ? てめえ、今、なんて言った?」
「イヤだ、って言った。セドリックの言うことは聞けない」
「てめえ……」
「ユスティーナは、セドリックが手を出していい子じゃない。やめろ」
「よーし、わかった。そこまで死にたいっていうのなら、お望み通りにしてやるよ。この僕を怒らせた罪、その体にたっぷりと教えて……」
「アルトっ!!!」
セドリックを完璧に無視して……
というか、欠片も目に入っていない様子で、ユスティーナがこちらに抱きついてきた。
「うわっ!?」
突然のことに対応できず、思わず尻もちをついてしまう。
そんな俺におぶさるようにして、ユスティーナが体を寄せてくる。
その目はキラキラと輝いていた。
「ボクのために、あそこまで言ってくれるなんて……ボク、すごく感激したよ!」
「え、いや……あれは、なんていうか……」
「うん、わかっているよ。アルトは、まだ、ボクのことをどうしていいかわからないんだよね?」
「……ああ、その通りだ。悪い」
「ううん、気にしないで。ボクが強引っていうのは理解しているから。でもね」
優しく笑いながら、ユスティーナがもう一度抱きついてきた。
「それでも、ボクのことを助けてくれたアルトの気持ちは、すごくうれしいよ。ありがとう、アルト。また助けられちゃったね」
なんでだろうな。
今までの俺なら、こんな大胆なことはできなかったんだけど……
相手がユスティーナだからだろうか?
不思議と勇気が湧いてきた。
ただ……
勇気だけで全てが解決するわけじゃない。
「くだらねえ茶番を見せつけやがって」
セドリックが怒りに燃えていた。
「とりあえず……アルト、てめえは半殺し決定だ。病人食も食べられないくらい、ボコボコにしてやるよ。それでもって、ユスティーナ。俺をコケにしたヤツは、女でも許さねえ。幸い、いい顔をしてるからな。たっぷり楽しんでやるよ、へへへ」
「くっ……!」
なんとしても、ユスティーナだけは守らないと。
気合を入れて立ち上がるのだけど……
そんな俺の前に、ユスティーナが立つ。
「許さない、っていうのはボクのセリフだよ」
「あん?」
「言ったよね? 竜にとって名前は神聖なもので、気軽に呼ぶことは許さない……って」
「はっ、それがどうした? 竜だからって、俺が怯むと思ってんのか? なめんなよ、ただの小娘じゃねえか」
「あと……キミがアルトのことをいじめていたんだね? そっちの方が許せないよ……絶対に許さない!」
「ゴミを蹴飛ばしてなにが悪い! そんな愚図、俺にかわいがられる以外に使い道なんてないんだ。むしろ感謝してぐふぉおおおおおっ!!!?」
ユスティーナがセドリックをデコピンで吹き飛ばした。
巨大な鉄球でもぶつけられたかのように、セドリックの体が飛ぶ。
机をなぎ倒して、廊下に繋がる壁をぶち抜いて、さらに窓を突き抜ける。
それでも勢いが止まらず、数十メートルほど吹き飛ばされて……
そのままグラウンドの中央に落下して、ようやく停止した。
遠くだからなんとも言えないが……
わずかに手足が動いているのが見えた。
とりあえず、生きてはいるみたいだ。
「ふんっ」
ユスティーナは、汚いものに触れたというように、指先をハンカチで拭っていた。
つ、強い……
見た目は女の子でも中身は竜なのだから、それなりの力はあると思っていたが……
竜だということを考慮しても、その力は異常ではないか?
竜の全力の一撃を食らえば、人はあそこまで飛ぶのかもしれない。
しかし、ユスティーナは大して力を入れているようには見えない。
たったのデコピン一撃であんな風にしてしまったのだ。
これが、神竜バハムートの力……
ユスティーナの力……
改めて、とんでもない子に惚れられてしまったのだと思い、色々な意味で震えた。
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