39話 別の意味で付きまとわれています
「お父さま!?」
どうやら、想像通り、乱入してきた男はアレクシアの父親らしい。
ただ、今は尋常ではない様子で、顔を青くして震えていた。
「お父さま、今は来客中なので……」
「すまない、アレクシア。今はそれどころではないのだ。アストハイム家の者に見つからないうちに、早く隠れるのだ。お前をあんなところに嫁に出すわけにはいかない。そうなれば、我がイシュゼルド家は五大貴族としての力を失い……おしまいだ」
突然の出来事に驚いているらしく、アレクシアは目を白黒させていた。
ただ、それは俺も同じだ。
いきなりすぎて、なにが起きているのかまったく理解できない。
ただ、ちょくちょくと気になる単語が出てきた。
「さあ、早く逃げて……」
「おや? おやおやおや? 今、聞き捨てならない台詞が聞こえたような気がしたな」
さらに新しい人物が。
その人物は、アストハイム家の紋章をつけた剣を、これみよがしに腰に下げていた。
セドリック……ではない。
あいつに似ているが、歳は下に見える。
「この僕が……アストハイム家の次男である、テオドール・アストハイムが訪ねてきたというのに、もてなすことをせずに、あろうことか目的のアレクシア嬢を隠すと聞こえたのだが……まさか、そのようなことはあるまいね? 今なら、聞き間違えで済ませられるのだが?」
「ぐぐぐ……」
どうやら、セドリックの弟らしい。
セドリックの弟もそれなりの有名人なので……
ヤツは竜騎士になる気はないらしく、学院に通っていないとどこかで聞いたことがある。
しかし、こんなところで会うなんて。
世の中、奇妙な縁があるものだ。
「テオドールさま……」
アレクシアの顔がとても嫌そうなものに変わる。
それだけで、彼女がテオドールにどんな感情を抱いているのかわかった。
「やあ、そこにいたのかい。我が麗しの君、アレクシアよ。今日は君を迎えに来たんだ」
「……なんのことでしょうか?」
「おやおや、照れているのかな? ならば、何度でも口にしよう。アレクシア、僕と結婚してくれるかい? 僕ならば、必ず君を幸せにしてみせよう」
突然、テオドールはアレクシアの前に膝をついて、その手を取る。
そのまま手の甲にキスを……
「やめろ」
二人の間に割り込み、アレクシアを背中にかばう。
「……アルトさま……」
「うんうん、さすがアルト! ボクも動こうとしたんだけど、先を越されちゃった」
俺の行動は間違っていないらしく、アレクシアとユスティーナはうれしそうな顔をした。
対照的に、テオドールは凶悪な表情で俺を睨む。
「……誰かな、君は? 僕とアレクシアの邪魔をするということは、あれかい? もしかして、死にたいのかな? 自殺志願者かな? だとしたら、その望み、すぐに叶えてあげることにしよう。その命だけではなく、社会的にも死んでもらうことにしよう」
よほど頭に来ているらしく、口が滑らかに動いている。
どうやら、怒ると饒舌になるタイプらしい。
「自殺志願なんてものじゃない。ただ、アレクシアが嫌がっているように見えたから止めただけだ」
「嫌がる? 君はおかしなことを言うな。この僕に見初められて、嫌がる女性なんているわけがないだろう。アレクシアは世界で一番の幸せものさ」
この男……どうやら、本気で言っているらしい。
どのように育てば、そんな自信を身につけることができるのか。
まあ、セドリックの弟らしいので、ある意味では納得だ。
「さあ、どきたまえ。今なら先の不敬はなかったことにしてあげよう。僕は慈悲深いからね」
「そういうわけにはいかない。お前がアレクシアの嫌がることをするというのなら、俺はそれを止めるつもりだ」
「話がわからない人だな……だいたい、君は何者だい? アレクシアの周りに、君のような男はいなかったと記憶しているが?」
「俺は……」
「私の恋人ですわ」
「はっ?」
果たして、その「はっ?」は誰の言葉だっただろうか?
テオドールか? 俺か? それともユスティーナか?
とりあえず……
この場にいるアレクシア以外の者の目が点になった。
「ど……どういうことなんだ!?」
最初に我に返ったのはテオドールだった。
「その男がアレクシアの恋人? バカなっ、そのようなことはありえない!」
「なぜ、そう言い切れるのですか? 私は、しばらくの間、王都を離れていました。その時の行動の全てを、テオドールさまは知っているのですか?」
「それは……」
「私が愛している方はあなたではなくて、アルトさまです」
「ぐっ……」
テオドールが苦々しい顔をして……
次いで、ふとなにかに気がついたような顔になる。
「まて? アルトだと……? もしかして、そこの男はアルト・エステニアなのか……? 兄上を引きこもりにさせたという……?」
「セドリックの現在は知らないが……たぶん、そのアルト・エステニアで間違いないな」
「な、なんていうことだ……では、そちらの黒髪の少女が……」
「ふふんっ、ボクがユスティーナ・エルトセルク。バハムートだよ」
ここぞとばかりに、ユスティーナは胸を張って威張ってみせる。
「うっ……」
どうやら、セドリックと違い、テオドールはそれなりに賢いらしい。
というか、当たり前の知識を持っているらしい。
竜を……しかも、神竜バハムートにケンカを売るような愚行を犯すことはしない。
激情に震えている様子ではあるが、拳をプルプルとさせるだけで、暴れるようなことはしない。
「……アレクシア。今日は、ひとまず去るとしよう。しかし、覚えておいてほしい。君にふさわしいのは、この僕、テオドール・アストハイムであることを」
悔しそうに表情を歪めながらも、テオドールはなにもせず、そのまま部屋を後にした。
意外と理知的なところのある男だった。
こうして、解決したわけではないが、一つの問題が去った。
ただ、新しく問題が生まれる。
「アールートー……!」
「あ、アレクシア!? どういうことなのだ!? そこの男と付き合っているなんて……いや、そもそも恋人がいるなんて聞いていないぞ!?」
ユスティーナとアレクシアの父から同時に睨まれる。
俺はなにもしていないのに、どうしてこんなことになるのか?
できることならば、なにもかも見なかったことにして寝てしまいたい気分だった。
――――――――――
ヘルゼイ・イシュゼルド。
アレクシアの父親であり……
五大貴族の一つ、イシュゼルド家の当主だ。
どこかで聞いた名前だと思っていたが、まさか、五大貴族だったとは……
ちなみに五大貴族というのは、王に次ぐ領土を持つ者たちのことだ。
強大な力を持ち、また、特定の分野においては王を凌ぐほどの力を持つ。
ただ、その力を持って自らが玉座を得よう、という野心家はいない。
皆が王に忠誠を誓い、己の力を王のために国のために使っている。
しかし、優れた能力を持つ=聖人君子、という式は成立しない。
アストハイム家がいい例だ。
アストハイム家の当主は優れた能力を持つが、子育ての才能はないらしく、セドリックのような者を生み出した。
そして、イシュゼルド家の当主であるヘルゼイさまは、一人娘のアレクシアを溺愛しているという欠点があった。
セドリックに絡まれた後、アレクシアの身を心配して、無理矢理に学院を休学させて、自身が治める領地に戻したという。
その後、セドリックが退学したことを知り、入念な調査の後……
アレクシアに害が及ぶことはないだろうと判断されて、復学を許可されたとか。
「……なんていうか、大変だな」
「恥ずかしい限りです……」
説明を改めて聞いた後、ついついそんな感想がこぼれてしまう。
過保護は困っているらしく、アレクシアはため息をついていた。
「アレクシア! パパのことを恥ずかしいなんて、どうしてそんなことを言うんだい? パパはかわいいアレクシアのためをいつも思っているというのに……はっ!? まさか、これが反抗期!?」
困った人だった。
「それで……アルトがアレクシアの彼氏って、どういうこと!? ボク、そこのところの事情を詳しく……くーわしくぅー、知りたいんだけど!!!」
「もうしわけありません……テオドールさまに諦めてもらおうと、咄嗟にあのようなウソをついてしまいました。実は……」
イシュゼルド家とアストハイム家の先代は共に仲が良く、まるで家族のような関係だったらしい。
二人は酒の席で、酔った勢いで、将来、孫同士を結婚させようという約束を交わした。
その後……
当主が代わり、アストハイム家も変わった。
仕事はするものの、その裏で息子の暴走を許したり、横暴な振る舞いをするようになった。
そのことに呆れたヘルゼイさまは、アストハイム家との交流を断つ。
しかし、アストハイム家の次男であるテオドールは、どこからか先代の約束を聞いたらしく、自分はアレクシアの婚約者と認識するように。
なまじアレクシアが綺麗なため、テオドールは本気になり……
今回のような強引な手をちょくちょく使うようになったという。
アレクシアが家を離れていたのは、セドリックに絡まれただけではなくて、テオドールから逃げる意味も含まれていたようだ。
それにしても……
セドリックのヤツ、形式なこととはいえ、弟の婚約者に手を出そうとしていたのか。
とことん救えないヤツだな。
「父さまが何度断っても諦めてくれず……かくなる上は、私が直接お話をしようと思っていたのですが、あの様子を見る限り、それも意味はないみたいでして……」
「むしろ、逆効果だろうな。アレは、物事全てを自分の都合のいいように考える男に見えた」
「はい……そのようですね。それで、ほとほと困り果てて、つい、アルトさまのことを恋人と……私に恋人がいると知れば、諦めてくれるのではないかと思い……もうしわけありません」
ぺこりを頭を下げて、アレクシアが謝罪をした。
自分も悪いというように、ヘルゼイさまも頭を下げた。
「よくよく考えれば、そのようなことをしたら、アルトさまにご迷惑をおかけしてしまいます。相手はアストハイム家……なにをするかわかりません。明日にでも、さきほどの発言は撤回したいと思います」
「撤回なんてしないで、いっそのこと、そのまま恋人のフリをしてもらうといいんじゃないかな?」
「「「えぇっ!!!?」」」
唐突なユスティーナの提案に、俺とアレクシアとヘルゼイさまの驚きの声が重なるのだった。
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