372話 イヴの絶望
過去を語るイヴは、とても優しい顔をしていた。
それを見るだけで、彼女がウソをついていないことがわかる。
竜が恋人に。
他人事とは思えない話だ。
ただ、そんな彼女がなぜ反竜思想を掲げるように?
アベルと同じように裏切られたのだろうか?
あるいは、なにか別の要因が?
「しばらくは幸せな時間が続きました。人間と竜。価値観が違うところは多々あり、時にケンカをしました。それでも、私達は一緒にいることを選びました。選び続ける……つもりでした」
イヴの顔が曇る。
辛い過去を思い出しているのだろう。
自分を抱きしめるようにしていて、その手は、わずかに震えていた。
「私は貴族なのですが、その家に反対されました」
「竜を恋人とすることに?」
「はい。竜と付き合うなんて信じられない。なぜ、同じ人間を好きにならない? おかしい。遊びならほどほどにしろ……色々と言われましたね」
ひどい話だ。
反射的に眉をひそめてしまう。
同盟を結んでいる竜を相手に、そんなことを言うなんて。
そんな目で見ているなんて。
相手が竜だとしても、認めるべきじゃないか?
おかしい、と断定されるいわれはない。
同じ境遇だからなのか、イヴに同情してしまう。
「私の家は貴族なので……貴族だからこそ、反対したのでしょうね。貴族ともなれば、竜と接する機会が多くなる。そして、気づく。彼らの力はあまりにも強大で、そして、価値観が違う……と」
「だから反対した? 相手が、ではなくて、自分の方が釣り合わないから……と?」
「ええ、そのような感じです」
ここでイヴは、眉を大きくしかめた。
そして、吐き捨てるように言う。
「笑ってしまいますね。竜との共存を掲げながら、しかし、真に一緒にいようとすると反対する。そんなことはありえないと、一蹴する」
「……」
「結局のところ、人間は竜のことを信じていないんですよ。共に同じ道を歩む仲間と言いつつも、心の底では怯えている。強い力を持つ竜を信じていない」
そんなことはないと反論したいが……
しかし、うまい言葉が出てこない。
イヴの言うことに、ある程度、納得してしまったからだ。
彼女の言い分を全部認めるつもりはない。
ないが……
ある程度の溝があることは理解しているつもりだ。
現実として、人間と竜の違いは多岐にわたる。
姿、力、思想……ほぼほぼ違うといってもいい。
唯一、同じといえるのは心くらいだろう。
だから、国と国として同盟を結ぶことはできても、個と個で付き合うことはできない。
「私は反論しました。そんなことはない、竜を人生のパートナーとしても、うまくやっていけるはずだ。前例がないというのなら、私達が初めての例となり、成功を示してみせる……そう訴えましたが、無理でした。私と彼は引き離されて……以来、一度も顔を合わせていません」
「そう、か……」
他人事とは思えない話だ。
俺は貴族ではなくて、ただの平民だ。
でも、ユスティーナは竜の王女。
イヴの時と同じように、ユスティーナの周囲が俺達の恋に反対するかもしれない。
「そのようなことを経験して、私は気がついたんです。人間と竜は一緒にいるべきではない、と」
「引き離されたことで、竜を信じられなくなった……?」
「まさか。私は、今でも竜のことを信じていますよ。嫌いになったりしません。まあ、実家のことは嫌いになり、家を捨てましたが」
「なら、どうして反竜思想なんて……」
「一緒にいたら不幸になるからですよ」
そう断言するイヴは、とても冷たい表情をしていた。
「竜が人に牙を剥くなんて、そんなことは思っていません。彼らは、確かに強い力を持っている。しかし、その魂は高潔で、つまらないことは考えない。同盟を結んだ以上、きちんと約定を守ろうとするでしょうね」
「それがわかっているのなら、どうして」
「人間の方がダメだからですよ」
イヴは笑う。
人に対する嘲笑をする。
「同盟を結んでおきながら、竜を理解しようとしない。一定の距離を保ち、近づこうとしない。そのくせ、いざという時は恥を忘れ助けを求める。あさましい生き物だと思いませんか?」
「それは……」
「勘違いされているみたいですが、私は竜は好きですよ。嫌いなのは人間です」
過去の経験のせいなのか、イヴの口調には、人間に対する怒りと憎しみがハッキリと浮かんでいた。
「なら、どうしてリベリオンなんかに……」
「だって、竜を排除したのなら、彼らは人間なんていうものに関わらなくて済むでしょう?」
「それじゃあ、まさか……」
ここになって、ようやくイヴが本当に目指しているものに気づいた。
それは……
「私は、竜のために人間を引き離したいと思っているんですよ。そのためのリベリオンです。人間のために、なんて考えたことはこれっぽっちもありません」