370話 わかりあえなくても
「今回の事件、あんたが裏で全部を操っていたんだろう?」
確信を込めて問いかける。
そんな俺の様子を見て、ごまかしても無駄だと悟ったのだろう。
イヴは小さく頷いて、わりと素直に黒幕であることを認めた。
「はい、そうですね。認めましょう」
「理由を聞いてもいいか?」
「理由ですか? 今更ではありませんか。私の正体も、大体、気づいているのでしょう?」
「リベリオン……だな?」
「はい、その通りです」
竜の排除を掲げるテロ組織。
今までに何度か衝突を繰り返した。
壊滅させるには至っていないが、それなりの打撃を与えたことは確か。
こんな事件を起こせるなんて思っていなかったが……
それは、俺が甘かったのかもしれない。
「今回の作戦は、あなたを狙うことによって……」
「いや、そこはいい。大体、予想はできている」
俺を傷つけて、ユスティーナを暴走させる。
そうすることで、竜は危険なものと認識させて、両種族の間に修復不可能な溝を刻み込む。
ものすごく簡単にまとめると、こんなところだろう。
その際、フィリアが滅びたとしても。
竜の怒りが自分に向いて、死んだとしても。
本来の目的に到達するのならば、そこはどうでもいいのだろう。
自殺志願者に似た、メチャクチャな思考回路だ。
とても真似できるものじゃない。
「なら、なにを知りたいのですか?」
「あなた自身の目的だ」
「? おかしなことを言いますね。私は、リベリオン。反竜を掲げる組織。その目的は竜の排除であり、他に……」
「そういう建前はいいよ」
「……」
すぅっと、イヴの表情が冷たいものに切り替わる。
今まではすました顔をして、余裕を見せていたのだけど……
それがなくなった。
人間らしく、感情を全面に出した顔で睨みつけてくる。
「いくらかリベリオンの連中とやりあったことがあるけど、全員、竜に対してなんらかの想いを抱いていた。ある者は畏怖を抱いて、その力を利用しようとして……ある者は復讐心を抱いて、排除しようとした」
「……」
「でも、あんたからはそういうものは感じられない。竜のことはどうでもいい……そういう風に考えているように見えるんだ」
「……ふふ」
イヴが小さく笑う。
「少し一緒にいただけなのに、私のことをそこまで……人のことをよく見ているのですね」
「個性豊かな友達が多いから、自然と観察眼が鍛えられたんだ」
「楽しそうですね」
「ああ、楽しいよ。だから……」
イヴを睨みつける。
「俺の平穏を壊そうとするのなら……みんなの笑顔を奪おうとするのなら、絶対に許さない。何度でも立ち上がり、何度でも邪魔をしてやるさ」
「勇ましいですね」
「俺が戦う理由は、こんなところだ。で……あんたの戦う理由も教えてくれないか?」
「さきほども言いましたが……という言葉ではごまかせないのでしょうね」
「そうだな」
「まあ、私は時間稼ぎが目的ですからね。話しても構いませんが……なぜ、そんなことを気にされるんですか?」
「……なんでだろうな」
どうして、こんなことをしているのか。
その理由を尋ねられると、答えに迷ってしまう。
正直なところ、俺自身、具体的な理由があるわけじゃない。
ただ、イヴがなにを考えているのか、なにを思っているのか、知りたいと思ったのだ。
理解できないからと切り捨てることは簡単だ。
でも、俺達は言葉がある。
相手を理解することができる。
俺が絶対的な正義ではなくて……
イヴが絶対的な悪というわけでもないだろう。
その上で、俺は俺の信じる道を進み、相手の信念や理念を叩き潰す。
なればこそ、その想いを知っておくべきだ。
わかりあえなくても、わかりあう努力はするべきなのだ。
それが、人間だと思うから。
「変わった人ですね」
「よく言われる」
「出会いが違っていたら、あるいは友達になれていたかもしれませんね」
イヴは苦笑して……
それから、ゆっくりと己の過去を語り始めた。