369話 通行止め
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
体が重い。
思うように動くことができなくて、まずで水の中にいるみたいだ。
一歩進むのに普段の倍以上の時間がかかり……
何十キロも走った後のように息が切れていた。
歩くだけでこの有様だ。
走ることなんてできないし、戦闘はもっての他だろう。
「でも……いかないと!」
展望台の方から、絶え間ない戦闘音が響いてきていた。
ただの戦闘音じゃない。
巨大な魔物が暴れているかのような、それくらいに大きな破壊音。
間違っていてほしいと願うのだけど、たぶん、ユスティーナが暴走しているのだろう。
目の前で刺されて、落ちたからな。
俺が死んだと思い……それで、激怒しているのだろう。
間違っていたら、笑い話で済ませることができる。
でも、予想が正しいとしたら……
ユスティーナも、フィリアもどちらも危ない。
「止められるのは……俺、だけだ……!」
遠のきそうになる意識を必死に繋ぎ止めて、展望台に続く道を一歩ずつ歩いていく。
「くそ……遠いな」
まともに動くことができないため、展望台がとても遠くに感じた。
すぐにでも駆けつけたいのに、それができない。
あと何分かかる?
それまでに、ユスティーナやみんなは無事でいてくれるだろうか?
嫌な考えが次から次に浮かんでしまう。
でも、それはすぐに打ち消した。
こういう時こそ、絶望に染まってはいけない。
希望を抱いて、どこまでも前に突き進んでいかないといけないんだ。
「……驚きですね」
「あなたは……」
行く手を遮るように、イヴが現れた。
どこか呆れた様子で俺を見ている。
あの状態で生きていたことを、別の意味で感心しているのか。
それとも、せっかく拾った命を捨てるような真似をしていることを、呆れているのか。
たぶん、後者だろうな。
「私が与えた傷は致命傷ではありませんでしたが……しかし、展望台から落ちて無事でいられるわけがありません。運が良くて再起不能、普通に考えて即死。いったい、どのような手品を?」
「さて、な……素直に教えるとでも?」
「では、こちらは教えてくれるでしょう? その傷で、いったいなにをしようと?」
「決まっているさ」
迷うことなく即答する。
「みんなを……ユスティーナを助けるためだ」
「……」
「あんたの野望は、ついでに……止める!」
「やれやれ、ついで扱いですか……」
イヴは苦笑した。
ただ、どことなく楽しそうだ。
俺の答えを聞いて、それなりに楽しんでいるのかもしれない。
「あなたはおもしろい人ですね」
「俺が?」
「ええ。竜の王女の寵愛を受けたのならば、普通、増長するものですよ? なんでもできる、なんでも望みを叶えることができる……とね」
「ユスティーナに甘えっきりになるわけにはいかない」
「普通の人間は、そうは考えないのですけどね」
二度目の苦笑は、とても苦々しいものだった。
なにを考えているのかわからないが、嫌な過去を思い返しているのだろう。
それはなんなのか?
なにがイヴを突き動かしているのか?
こんな時ではあるものの、それが気になった。
「さて……暴走した竜が正気に戻るなんて事例、聞いたことはありません。ですが、あなたたちは幾度となく奇跡を起こしてみせた。故に、油断はしません。万が一の可能性を考えて、ここで死んでもらいます」
イヴは両手に短剣を構えた。
これが彼女の本来の戦闘スタイルなのだろう。
俺は、武器なんてものはない。
あったとしても、今の状態ではまともに扱うことはできないだろう。
徒手空拳で挑む。
その前に……
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」