37話 再会
衣替えの季節が訪れた。
冬服から夏服へ。
長袖から半袖になり、制服の生地も薄くなる。
「じゃーん、どうかな?」
寮の部屋……夏服姿のユスティーナが、笑顔でくるりと回転してみせた。
スカートがふわりと広がる。
「どうどう? ボクの夏服、似合うかな? くらっときた? 惚れちゃった?」
「よく似合っていると思う」
「はぅ……す、ストレートにくるね。ボクから話を振っておいてなんだけど、照れちゃったよ」
「しかし、なんで夏服を? 今日は、学院は休みだが」
確かに衣替えの季節になったけれど、今日は休みで、制服を着るのは明日からだ。
「ボク、人間の学院に通うなんて、今回が初めてなんだよね。だから、制服っていうシステムも初めてで、衣替えも初めてで……だから、なんか待ちきれなくて」
学生にとっての制服は、騎士にとっての鎧と似たようなものだ。
学生であることを見た目で示している。
それと、同じ服にすることで、より集団行動をとりやすいようにする……とかなんとか。
なにやら、そんな話をどこかで聞いたような気がするが、記憶が曖昧だ。
まあ、そんな感じのもの、という認識で構わない。
ただ、確かに制服は人間だけの独自の文化で、竜にはないものだ。
ユスティーナが興味を引かれるのもわかる気がした。
「ところで、アルトはどこかに出かけるの?」
俺が外出着に着替えていることに気がついたのだろう。
ユスティーナが不思議そうに尋ねてきた。
「故郷の父さんと母さんに手紙を出そうと思って」
「アルトのお父さんとお母さん!? 会ってみたいなあ!」
「俺の故郷は遠い田舎だから、気軽に会いにいくことはできないんだよな」
「ボクならひとっとびだよ?」
「……さすがにそれはやめておこう」
竜に慣れている国とはいえ、いきなりバハムートなんてものが現れたら、たくさんの人を驚かせてしまう。
それに、ユスティーナを馬車代わりに使うのはどうかと思った。
「まとまった時間がとれたら、その時は、今度は俺の両親を紹介するよ。あと、故郷も案内したい。小さな田舎町だけど、良いところなんだ」
「うんっ、楽しみにしているね!」
「それじゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃーい!」
ユスティーナに見送られて、俺は部屋を後にした。
――――――――――
国の各地を行き来する馬車の待機所にやってきた。
ここで馬を休ませたり、あるいは、客は馬車を探すことになる。
俺の目的は手紙を出すことだ。
故郷に向かう馬車を探して、いくらかの金を支払い、手紙を配達してもらう。
そのような方法がとられている。
「よろしくお願いします」
「おうっ」
故郷に向かう馬車を見つけて、無事に手紙の配達を頼むことができた。
他に用事はないし、寮に帰ることにしよう。
あまり遅くなると、ユスティーナが寂しがるかもしれないからな。
「ん?」
豪華な装飾が施された馬車が入ってきた。
馬車だけではなくて、護衛らしき騎士がついている。
見た感じ、遠くから旅をしてきた……という様子だ。
長旅のため、馬が疲れているみたいだ。
ここで馬を休ませた後、目的地へ移動するのだろう。
不意に馬車の扉が開いた。
御者や周囲の護衛の騎士が慌てているところを見ると、思わぬ出来事なのだろう。
どうしたのか?
気になってみていると、馬車から一人の女の子が降りてきた。
歳は俺と同じくらいだろう。
ただ、体は細く、こう言ってはなんだが背も低く、年下に見えてしまう。
しかし、出るところは出ていてきちんと育っている。
それ故に、同じくらいだろう、という判断をした。
顔は人形のように綺麗に整っていた。
どこか儚い雰囲気があり、触れると壊れてしまいそうだ。
ガラス細工のような、綺麗だけど儚い印象を受ける。
肌の色は白い。
まるで陶器のようだ。
淡いピンクのスカートがよく似合う。
「あの……」
なぜか、女の子は一直線にこちらへ向かい、声をかけてきた。
なにかの間違いではないかと思い、左右を見るが、他に誰もいない。
「俺……か?」
「はい」
女の子はコクリと頷いて、じっと見つめてきた。
「やはり、あの時の……」
「え?」
「以前は、ありがとうございました。そして、お礼がこれほどまでに遅れてしまい、もうしわけありません」
「えっと……? キミは俺のことを知っているのか?」
「はい、忘れたことは一日たりともありません」
女の子は熱のこもった目で俺を見ている。
物静かな印象を受けるけれど、その心に宿しているのは、とても激しい情熱……そんな印象を受けた。
「私のこと、覚えていませんか?」
「ちょっとまってくれ」
知り合いなのだろうか?
記憶を掘り返してみるが、女の子の情報はなにも……いや、待て。
なにかしら引っかかるというか……
よくよく女の子を見ると、どこかで会ったような気がした。
この子は……
「……あっ」
思い出した。
学院に入学した当初、セドリックに絡まれていた女の子だ。
あの日以来、なぜか姿を消してしまったため、すっかり忘れていたが……
一目見たら印象に残るような綺麗な女の子なので、こうして顔を合わせることで思い出すことができた。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
「はい。あなたのおかげで、何事もなく……」
女の子は再会を喜ぶように笑い……
次いで、もうしわけなさそうな顔になる。
「あの時は、助けていただいたにも関わらず、満足にお礼を言うこともできず……また、そのまま姿を消してしまい、誠にもうしわけありませんでした」
「礼うんぬんに関しては、俺は別に気にしていない。だから、キミも気にしないでくれ」
「そういうわけにはまいりません。あの時のお礼は、今度、必ず……!」
気が弱そうに見えて、頑固なところがあるらしい。
「しかし、あれから学院で姿を見かけなかったが、どうしていたんだ?」
「実は……恥ずかしい話なのですが、私がアストハイム家の長男に目をつけられたことを両親が知り、これ以上、害が及ぶことのないようにと、学院を休学させられて、遠くに避難することに……」
「なるほど。だから、学院から消えたのか」
「父さまと母さまのことは好きですし、尊敬もしているのですが……過保護という困ったところがありまして。私も、父さまと母さまに逆らえないところがあり、言うとおりにしてしまうという悪癖がありまして……」
「いいんじゃないか? 両親はキミのことを心配して、避難させたわけだろう? 悪いことではないさ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると……」
女の子は安心した様子で、やわらかい表情になる。
俺にお礼を言うことができて、とても安心している様子だ。
そこまで気にすることはないのに……
真面目で律儀な子なのだろう。
「ところで、どうしてここに?」
「アストハイム家の長男が学院を退学したことを知りまして……その後、父さまと母さまを説得するのに時間をとられてしまいましたが、また、学院に通いたいと思い、恥ずかしながら戻ってまいりました」
そこまでして学院に通いたいのだろうか?
竜騎士になりたいのだろうか?
女の子の印象からは、あまり想像できないのだが……
なにかしら強い思いがあるのかもしれない。
「もうしおくれました。私、アレクシア・イシュゼルドといいます」
「俺は、アルト・エステニアだ」
ん?
イシュゼルドって、どこかで聞いたような……?
「アルト・エステニアさま……あの、アルトさまと呼んでも?」
「呼び捨てでいいさ」
「そのようなわけにはいきません。アルトさまは、私の恩人なのですから」
「まあ、その辺りはイシュゼルドさんに任せる」
「私のことは、どうか、アレクシアとお呼びください」
「しかし……」
「どうか」
「……わかった。アレクシア。これでいいか?」
「はい」
根負けしてしまい、彼女の名前を呼ぶと、とてもうれしそうな顔をされた。
どことなく、ユスティーナに似ているような気がした。
どこが似ているのか、言葉にしづらいのだけど……
なにか共通するものを感じるんだよな。
「アルトさま。この後、お時間はありますか?」
「あるといえばあるが……?」
「改めて、お礼をさせていただきたく……それと、お願いしたいこともありまして」
「お願いしたいこと? それは?」
「えっと……」
アレクシアが頬を染めた。
恥じらうような仕草を挟んだ後、爆弾発言をする。
「私……アルトさまをお慕いしております。もしよければ、私と交際していただけませんか?」
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