36話 親ばか
それは、紛れもない殺気だった。
空気がビリビリと震えて、息ができないほどに苦しい。
いっそのこと、気絶してしまったらどれだけ楽だろう?
神竜バハムートは矮小な存在の俺をあざ笑うように、その牙で俺を……
「こらーーーっ!!!」
「ギャンッ!?」
握っていた手を離すと、ユスティーナはぴょんとジャンプをして……
あろうことか、迫りくるバハムートの横っ面を叩いた。
いい具合に炸裂したらしく、バハムートがどこか情けない悲鳴をあげた。
そのまま犬がするような感じで、キャンキャンと鳴く。
「いきなり脅かすなんて、アルトに対してなにをしているのかな? ねえ、お父さん」
「え? じゃあ、この竜が……」
「うん。ボクのお父さん……グレイシア・エルトセルクだよ」
「えっと……はじめまして、お父さん。ユスティーナの……友達のアルト・エステニアといいます」
「貴様にお父さんと呼ばれる筋合いなんてなぁいっ!!!」
ユスティーナの父が怒りに吠えた。
いや。
どちらかというと、親の嫉妬に吠えた。
「わしのかわいいユスティーナと手を繋ぐなんて、貴様、一体全体、どういうつもりだ!? 答えろっ、この人間!」
「お父さん」
俺の代わりにユスティーナが口を開く。
呆れるような怒るような、そんな微妙な視線を父に向ける。
「そういう反応……うざい」
「うざ……!!!?」
娘に言われたくないであろうセリフランキング5位に入りそうな口撃を受けて、ユスティーナの父はショックのあまり石化した。
俺は、どういう反応をすればいいのだろうか?
色々と予想外すぎて、対応に困る。
「こんにちは」
奥の方から、さらにもう一匹、バハムートが現れた。
どこを見ても伝説のバハムートだらけで、ちょっと感覚が麻痺しそうになる。
「もしかして……」
「うん。こちら、ボクのお母さんだよ! アルマ・エルトセルク」
「はじめまして。アルマ・エルトセルクといいます。よろしくお願いします」
「あ……はい。アルト・エステニアです。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げられて、慌ててこちらもお辞儀をした。
こう言ってはなんだが、父と違い、とても落ち着いているみたいだ。
「アルマ! このような人間に頭を下げるなど……!」
「グレイシア……なにをバカなことを言っているのですか。エステニア君はユスティーナの友達なのですよ。それ相応の礼儀を持って接しないと失礼でしょう」
「しかし、こやつはわしのかわいいかわいいユスティーナと手を繋いでいたのだぞ!? 手を繋いでいたのだぞ!? 許せるわけがなかろうっ」
なんとなく理解した。
要するに、ユスティーナの父は親ばかなのだ。
ユスティーナのことがかわいくてかわいくて仕方ないのだろう。
だから、俺にきつく当たってしまう。
小声でそっとユスティーナに問いかける。
「ユスティーナは、全ての事情を両親に話して、学院に来たんだよな?」
「うん、そうだよ」
「よく許してくれたな?」
「お願いパパ♪ って言ったら、すぐに許してくれたよ」
……あざとい子だった。
「グレイシア」
「ええい、わかっておるわ」
母に促されて、父は渋々という様子でなにかを了承した。
次の瞬間……二人は光に包まれて、人の姿に変身した。
このままでは話しづらいと、俺のために変身してくれたのだろう。
素直にありがたい。
ユスティーナの両親とわかっていても、竜形態の二人を相手にするのは、なかなかに辛いものがあるからな。
「小僧……エステニアと言ったな? 今日は、貴様が真にユスティーナにふさわしいか、このわしが直々に見極めてくれよう。わしの目に叶ったのならば、今後も、ユスティーナの『友』として隣に立つことを許可しよう」
友の部分をやたらと強調していた。
「しかし! つまらぬ人間だと判明した時は、命はないと思え。その肉だけではなく、魂すらも粉々に噛み砕き、地獄の業火で永遠の責め苦をふぉぐぅ!?」
「グレイシア。竜の長とあろうものが、人間に対してそのような言い方をするなんて、感心しませんよ」
「す、すまぬ……」
今、おもいきり顔面を殴られていたような……?
母の方が強いのだろう。
二人の力関係をすぐに理解してしまう俺だった。
「ごめんなさいね、エステニア君。この人が言ったことは忘れてくださいね。今日は、ユスティーナが好きになった男の子がどんな子なのか気になって、お話をしたいと思っただけですから」
「はあ……」
「人間よ」
改めてユスティーナの父が尋ねてきた。
「お前はユスティーナのことをどう思っている?」
「今は、良い友達であると」
「ふむ……では、恋愛感情は持っていないというか?」
「それは……正直、なんともいえません」
「貴様! わしのかわいいユスティーナに不満があるというのか!?」
どうしろと?
「あら。ユスティーナは、まだエステニア君と付き合っていなかったの?」
意外そうに言われた。
「エステニア君を追いかけて、人間の学院に入学したのが数ヶ月前だから……私はてっきり、もう付き合っているものかと。孫の顔を見るのを楽しみにしていたのですが」
「お、お母さん!?」
「ま、孫……あばばば……」
大胆な発言にユスティーナが赤くなり……
ユスティーナの父は、その場面を想像して心に深刻なダメージを負ったらしく、泡を吹いて倒れた。
「えっと……」
ユスティーナもその母もまるで気にしていない。
介抱をする様子すらない。
放っておいていいのだろうか……?
そんな俺の考えを読んだらしく、ユスティーナの母はにっこりと言う。
「グレイシアのことなら気にしなくて構いませんよ。どうせ、起きていてもまともな話はできませんし……寝ているなら、その方が都合がいいですね」
「それでいいんでしょうか……?」
「いいのですよ」
きっぱりと、ものすごくいい笑顔で断言されてしまった。
ユスティーナの父に同情する俺だった。
「それでは、奥の部屋でお話をしましょう。おいしいお茶とお菓子を用意していますよ」
「ありがとうございます」
「ただ、その前に……」
ユスティーナの母が、こちらの顔を覗き込んできた。
そのまま、じっと目を見つめてくる。
「えっと……?」
怪訝に思いながらも……
とりあえず、目を逸らしては失礼だと思い、まっすぐに見つめ返す。
「なるほど……はい、合格です」
ユスティーナの母は、しばらくして離れると、にっこりとそう言った。
「どういう意味ですか?」
「エステニア君は、とても綺麗な目をしています。心が澄んでいる証拠ですね。そんなあなたにならば、ユスティーナを安心して預けることができます。これからも、ユスティーナのことをよろしくおねがいしますね」
「えっと……こちらこそ、というのもおかしな話かもしれないですが、しっかりとユスティーナのことを支えられるようにがんばりたいと思います」
「ふふっ。やはり、私の目に間違いはなかったみたいですね。さあ、こちらへどうぞ」
ユスティーナの母は機嫌良さそうに笑い、先に奥の部屋に消えた。
俺は……その反応がよくわからず、ついついぽかんとしてしまう。
認められた、ということでいいのだろうか?
「すごいね、アルト!」
ユスティーナが、どこか興奮気味に話してきた。
「どうしたんだ、そんなに興奮して」
「だってだって、あのお母さんがアルトのことを認めたんだよ!? アルトなら、仲良くなれるんじゃないかなー、なんて思っていたけど……でもでも、まさか、お母さんに認められるとは思っていなかったよ」
「それは、そんなにすごいことなのか?」
「とんでもなくすごいことだよ!」
ユスティーナはさらにテンションを上げる。
「お母さんに認められた人間なんて、非公式の場だとしても、ここ数十年は出たことがない、って聞いているよ。あとあと、お母さんに認められた人は、すごい竜騎士になるって話なんだよ」
「それは……光栄だな」
「なにしろ、お母さんは昔、魔王をタイマンで倒したことがあるからね! そんなお母さんの目だから、すごくしっかりとしていると思うよ」
……そういえば、ユスティーナの母は、生きる伝説だったか。
そんな話をチラリと聞いたことがあるが、まさか本当だとは。
しかし、そんな人に認められるなんて……正直、実感が湧かない。
というか、なぜ俺? と思ってしまう。
もちろん、英雄になりたいとは思うし、認められたことはうれしいと思う。
ただ、まだそれほどの力はないわけで……
いさかか戸惑いを覚えてしまう。
「大丈夫だよ、アルト」
こちらの考えを理解しているかのように、ユスティーナがにっこりと笑い、俺を認めてくれる。
「アルトなら、きっと英雄になることができるよ。お母さんだけじゃなくて、ボクも認めているんだから」
「ありがとう」
ユスティーナの言葉がなによりも深く、心に響いた。
――――――――――
その後……
三人で和やかに談笑をして、挨拶は終わりとなった。
ユスティーナの父は最後まで気絶したままだったが……
もしも、ユスティーナを本気で好きになったのなら、いつか向き合わないといけないんだよな。
そのことをしっかりと心に留めて、俺は竜の山を後にした。
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