35話 挨拶
竜騎士学院に入学して、三ヶ月が経った。
あっという間に時間が流れていく。
最初に一ヶ月は、大げさかもしれないが地獄のようなもので……
しかし、その後は違う。
ユスティーナのおかげで俺の生活は一変して、友達もできた。
クラスメイトと打ち解けることもできた。
楽しい……というとおかしいかもしれないが、充実した日々を送っている。
贅沢な願いかもしれないが、こんな学院生活がずっと続いてほしいと思う。
竜騎士学院は、15歳以上の健康な男女が入学することを許されている。
その後、五年間、学院で竜騎士としての戦闘技術、知識、心構えを学んでいく。
卒業後は、ほぼほぼ9割の生徒が竜騎士となり、国や領主などに仕えることになる。
俺はまだ一年なので、卒業後のビジョンは持っていないが……
目標とするところは、やはり、あの時、俺を助けてくれたような英雄になることだ。
そのために、日々の精進を欠かさず、一歩一歩前に進んでいきたいと思う。
竜の枷も再びつけてもらい、日々、訓練を続けている。
そんな風に過ごしていたのだけど……
ある日、思いもよらない試練が訪れることになった。
――――――――――
「挨拶?」
いつものように授業が終わり、部屋に帰る。
そのタイミングで、ユスティーナがとある話題を口にした。
「うん。お父さんとお母さんが、アルトに挨拶をしたいんだって」
「……なんだと?」
「お父さんとお母さんが、アルトに挨拶をしたいみたいなの」
思わず問い返してしまうと、ユスティーナは繰り返し、同じことを口にした。
聞き間違いや幻聴、という可能性はないみたいだ。
「いったい、どうしてそんなことに?」
「うーん……二人共、アルトに興味があるんじゃないかな? ボクがアルトに一目惚れしたことは、もう話しちゃったから」
「なるほど」
大事な一人娘が好きになった男。
親として、気にならないわけがないだろう。
「ユスティーナの両親はどんな人なんだ?」
「お母さんは、すっごく綺麗で優しい人だよ。いや、人じゃなくて竜? まあ、とにかく……他にも、賢くて色々なことを知っていて、それでいて偉そうにしないでおしとやかで、それにすっごく強いし、ボクのこと、たくさんなでなでしてくれるし……とにかく! お母さんはすごいんだよ!」
ユスティーナは目をキラキラと輝かせながら、子供のように母親について語った。
「ユスティーナは、母親が好きなんだな」
「うん! ボク、お母さんのこと大好きだよっ」
ユスティーナは母親っ子なのだろう。
なら、父親のことはどう思っているのだろうか?
テンプレでいくと、嫌っているというパターンが多いが……
「父親は?」
「うーん……嫌いじゃないんだよ? 好きだよ? でもね……最近、ちょっとうっとうしいかな」
見事なテンプレだった。
「お父さん、なにかにつけて私にかまってこようとするし、心配性だし……特に、最近はそういうのがひどいんだよね。ホント、困っちゃうよ」
はぁ、とため息をこぼしてみせた。
反抗期の娘という雰囲気ではなくて……
本当に父親の行動に問題があるみたいだ。
考えられるパターンとしては……娘を溺愛しているタイプか?
ユスティーナの親であり、竜の頂点に立つ存在だから、性格がねじれているということは考えづらい。
だから、ユスティーナのことを目に入れても痛くないほどにかわいがり……
それ故に、娘にうっとうしく思われているのだろう。
勝手な推測ではあるが、それなりに正しいような気がした。
「そんなわけだから、ウチに来てほしいんだけど……ダメかな?」
「わかった」
「あっさりと了承された!?」
なぜかユスティーナが驚いていた。
「ボクとしては、すごくうれしいよ? アルトのこと、お父さんにもお母さんにも知ってほしい、って思っていたから。でも、付き合ってもいないのに家族に挨拶してほしいなんて、重いかなあ……って」
ユスティーナはどこか期待を込めた眼差しで、チラチラとこちらを見た。
いっそのこと付き合う? みたいな感じだ。
その返事ができないことは申し訳なく思うが……
別に、重いとかそういうことは思わない。
「そんなに気にすることないんじゃないか? 友達の家に遊びに行くようなものだ。重いなんて、俺はそう思わない」
「よかった。アルトがそう言ってくれて」
「それで、いつにする?」
「これからでもいいかな?」
「……やたら早いな」
「二人共、早くアルトに会いたいみたいで……実は、今日、ウチに来なさいっていう手紙が届いていたんだよね。お父さんもお母さんも、こうと決めたら即実行なところがあって……ごめんね。都合が悪いなら、別の日にしてもらうけど……」
「いや、大丈夫だ。ちょっと驚いたが、特に用事はないし問題ない」
「そっか、よかった。それじゃあ、行こう」
私服に着替えた後、寮の外へ。
ユスティーナは竜に戻り、俺はその背に乗る。
そのまま俺を乗せて、ユスティーナは空高く飛び上がった。
――――――――――
「ここがユスティーナの家か……」
アルモートの裏手にある山の一角。
そこにユスティーナの家があった。
巨大な洞窟だ。
竜が暮らす場所だけあって、中はとんでもなく広い。
ところどころに明かりが設置されているため、中は意外と明るい。
ただ、その明かりも規格外の大きさで……
途中に見える調度品も、やはり巨大で……
改めて、ここは竜の家なのだろう、と思った。
「お父さんとお母さんは、この先の部屋にいるよ」
人形態のユスティーナに案内してもらい、見上げなければいけないほど巨大な扉の前に立つ。
なんだか、小人になったような気分だ。
「これは……どうやって開ければ?」
「簡単だよ。魔力をちょっと流せば……ほら」
ユスティーナが扉に触れると、魔力に反応して表面が光る。
光の線は表面を走り、それが合図となって扉が動いた。
いよいよだ。
ユスティーナの両親は、いったいどんな人なのだろう?
俺は歓迎されるだろうか?
万が一、怒らせたりしたらどうしようか?
緊張して、色々なことを考えてしまう。
そんな俺の手を、ユスティーナが笑顔で握る。
「えへへ、大丈夫だよ。アルト」
「……ユスティーナ……」
「ボクが一緒にいるからね。お父さんとお母さんが相手でも、どんなことからでも守ってあげるから」
「……ありがとう。少し、緊張が解けた」
「それならよかった。このまま、ボクが手を握っていてあげるね」
「いや、それは……」
大丈夫、と言うよりも先に扉が完全に開いてしまう。
「さあ、行こう」
「あ、ああ」
ユスティーナに手を引かれるまま、巨大な部屋の中へ。
中は暗い。
明かりが一つもないみたいだ。
本当に、こんなところにユスティーナの両親が?
怪訝に思っていると、部屋の端に小さな明かりが点いた。
さらに順々に明かりが点いていき……
光が道を作るように形成されていく。
そして……
最後の明かりが灯ると、巨大な影が現れた。
山のように大きい。
ユスティーナの3~4倍はあるんじゃないだろうか?
漆黒の鱗と空を覆う翼。
真紅の瞳。
竜を束ねる者。
その頂点に立つ絶対者。
世界の理を破壊する者。
神竜バハムート。
圧倒的な存在感を誇示して、そこにいた。
「グルァアアアアアッ!!!」
漆黒の神竜はすさまじい咆哮を響かせながら、その牙を俺に向けるのだった。
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