34話 甘えてほしいから
ジャスと戦い、無事に勝利を収めて……
カルト集団を撃破して、勲章を授かり……
そして、後日。
「「かんぱーい!」」
俺とユスティーナの部屋にグランとジニーが集まり、ラクスティンとの決闘の祝勝会が開かれた。
サプライズだったらしく、部屋に帰るとたくさんの料理と飲み物が用意されていて……
すごく驚いたのを覚えている。
「しかし、アルトはすげえな。ホントにラクスティンに勝つんだからよ」
「なによ、それ。兄さんはアルト君の勝利を信じてなかったの?」
「ぶっちゃけると、ちょっと厳しいとは思ってたな。おもいきり特訓したものの、なにせ、時間がなかったからな……あと、俺らのこともあったし、難しい戦いになるんじゃないか、ってのが正直な感想だった」
「呆れた……アルト君の友達を名乗っておきながら、信じてあげないなんて」
「そう怒らないでくれ。そういう、グランの正直なところは好ましいと思うからな」
「まあ、アルト君がそう言うのなら……」
不満そうな顔をしつつ、ジニーは鶏肉をタレで焼いたものを食べる。
その瞬間、目を大きくした。
「うわっ、なにこれ。めっちゃくちゃおいしいんだけど……」
「あっ、それはボクが作ったんだよ。気に入ってくれた?」
「ものすごく! なになに、エルトセルクさんって、料理も上手なのね」
「ジニーも見習ったらどうだ?」
「うっさい、バカ兄さん。私はいいの、これから上手になればいいんだから。でも、これ、ホントにおいしい」
ぱくぱくとジニーが鶏肉を食べる。
どこにそんな量が入るのか?
みるみるうちに鶏肉がなくなっていく。
ただ、まだまだ他にもたくさんの料理がある。
選び放題で……というか、みんなで挑んでも食べ切れるかどうかわからない。
「でも……あいつ、おとなしく引き下がるかしら? ラクスティンってかなり歪んでいるから、またアルト君に絡んでくるような気がするんだけど……」
「そのことなら平気だよ」
ユスティーナが自信たっぷりに言う。
「あの人間なら、すぐに学院を辞めると思うよ。それで、そのまま家に引きこもるんじゃないかな?」
「……ユスティーナ。いったい、どんなおしおきをしたんだ?」
「ちょっとね」
ユスティーナは輝くような笑顔を見せていた。
一仕事やり遂げたという感じで、とても満足そうにしていた。
どうやら秘密らしい。
「おしおきをした後、家の人に引き渡す時、しっかりと釘を刺しておいたから、家の人が仕返しにくるっていうこともないと思うよ」
「家はそのままなの?」
「んー……家ぐるみでアルトをいじめていた、っていうのなら許さないけどね。ラクスティンにだだ甘だったみたいだから、責任はないとも言えなくはないけど……ギリギリ許容範囲かな? やたらめったら潰していったら、この国が成り立たなくなっちゃうからね。それに、良識ある普通の大人ならボクにケンカを売るなんてこと絶対にしないから……今回のおしおきは、バカ息子だけにしておいたんだ」
意外と細かいところを考えているんだな。
「ちょっと、アルト。なに、その顔? 意外と細かいことを考えているんだなあ、っていう顔をしているよ」
「すまん、その通りだ」
「認められた!?」
ユスティーナが子供のように頬を膨らませる。
私は怒っていますよ、とアピールしていた。
「すまん。つい」
「アルトの意地悪……」
「俺が悪かった、許してほしい」
「……頭をなでてくれないとダメ」
「これでいいか?」
「んふ~♪」
言われた通りに頭を撫でると、ユスティーナはすぐに笑顔になった。
元々、大して怒っていなかったのだろう。
俺に甘えるための口実、という感じなのだろう。
「おー、おー。見せつけてくれちゃって。ったく、こちとら独り身だってのによ」
「ふふっ。でも、微笑ましい感じになるわね。二人共、お似合いよ」
「やだなー、もう。ボクとアルトが前世から結ばれる宿命にあって、未来永劫幸せになるところしか想像できないなんて、言い過ぎだよ」
本当に言いすぎだ。
二人共、そこまでのことは一言も言っていないぞ。
「ちくしょう、うらやましいヤツだ。こうなったら、飲まずにはいられねえ!」
「ちょっと、兄さん!? それ、お酒じゃない」
「祝勝会なんだから、酒はセットでついてくるってものだろ。飲めない歳でもないし、二日酔いにならない程度なら問題ねえよ」
「でも……」
「それと、勲章をもらったから、その祝いもしないとな。こんなこと滅多にねえぞ? 今日くらいハメを外しても構わないだろ」
「それは、まあ……」
「というわけで、飲め飲め。ほら、アルト」
「ああ、いただこう」
せっかくだし、断るのも失礼な気がした。
グランに酒を注いでもらい、グラスを重ねた。
それから軽く口をつける。
「これは……」
けっこう強い酒だった。
一口飲んだだけなのに、すぐに体が火照ってくる。
「ちょ……兄さん。これ、どこから持ってきたの? こんな酒、街で買うとかなりの値段になると思うんだけど」
「なーに。親父の店から、ちょろっとな」
「呆れた……怒られる時は兄さん一人で怒られてね。私は関係ないから」
「そんなことは後で気にすればいいんだよ。今は楽しもうぜ。ほら、エルトセルクさんも」
「うん、いただきます」
ユスティーナは、どこか期待するような感じで、グランから酒を注いでもらっていた。
そういえば、ユスティーナが酒を飲むところは見たことがない。
「ユスティーナは、酒は平気なのか?」
「けっこう強い方だと思うよ。ボク、竜だからね。アルコールにやられるほど、弱くないよ。人間の作る酒はあまり飲んだことがないから、なんとも言えないけどね」
……まあ、平気か
ユスティーナは、本人が今言ったように竜だから、深酔いすることはないと思う。
それに、せっかくの祝勝会だ。
酒を止めるという野暮は止めて、無茶が出ない限りは、場の流れに任せよう。
――――――――――
祝勝会が始まり、どれくらい経っただろうか?
俺はぼんやりとしていて、思考がくるくると回転している。
上を向いているのか横を向いているのか、よくわからない。
どうやら、かなり酔ってしまったみたいだ。
友達と一緒に酒を飲むなんて、この学院に限らず、初めてだからな……
少しハメを外してしまったらしい。
でも……なんだろうな。
横に寝ているのだけど、頭に柔らかい感触が。
これは、なんだろう?
その正体を確かめるべく、俺はゆっくりと目を開けた。
「あ……起きた? おはよう、アルト」
すぐ目の前にユスティーナの顔があった。
えっと、これは……?
「……膝枕?」
「うん。アルト、酔って少し寝ちゃっていたから。だから、ボクの膝を枕代わりにしてもらおうかな、って」
「すまん……迷惑をかけて」
「ううん、迷惑だなんて、そんなことはないよ。むしろ、うれしいかな。こうしていると、アルトの寝顔を独り占めできるもん」
「……そうか」
寝たことで酔いも少し覚めたらしく、頭がハッキリとしてきた。
羞恥心も戻り、なんともいえない気持ちになる。
……そういえば、グランとジニーの姿が見当たらない。
「グランとジニーは?」
「二人ならもう帰ったよ」
「そっか……礼を言いそこねたな」
「どうしてアルトがお礼を言うの?」
「祝勝会を開いてくれたから……」
「そんなことでお礼は言わなくてもいいんだよ」
「そういうものか?」
「そうだよ」
友達がいなかったからか、どうも、人付き合いの距離がわからない。
「ゆっくり学んで、アルトなりのペースで進んでいけばいいと思うよ」
俺の心を読んだように、ユスティーナがそう言う。
聖母のように優しい顔をして、俺の頭を撫でる。
子供扱いされているみたいで、やや恥ずかしいのだけど……
でも、心地よかった。
素直に、もう少し、こうしていたいと思う。
「俺は……ユスティーナに迷惑をかけていないか?」
「どうしたの、急に?」
「色々と助けてもらっているけれど、俺はなにも返すことができない。それが……」
「そんなことはないよ。ボクは、アルトからたくさんのものをもらっているよ」
「そう……なのか?」
「うん、そうだよ」
ユスティーナが笑う。
ひだまりのような優しい笑みを見せる。
「それにね? 女の子は、好きな男の子には甘えてほしいものなんだよ」
「それは……初耳だ」
「ふふっ。だから、たくさん甘えてほしいな。アルトの色々な顔を見せてほしいな。ボクは、それがすごくうれしいから」
「なら……今は、もう少しだけ」
「うん♪」
温かい時間に浸るように、俺はもう少しの間、ユスティーナに触れていた。
次話から一週間に3回の更新になります。
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